ベイビー・ブローカー
「万引き家族」の世界的評価によって国外で製作を続ける是枝裕和監督。
基本的には「家族」をテーマに様々な作品を作っているイメージですが、ここ数本は「子供の取り違え」や「疑似家族」、「貧困」など社会問題を強く投影した作品が多く見受けられます。
そして今回テーマにするのが「育児放棄」です。
「誰も知らない」でも近いテーマだったように思えますが、本作はさらに一歩踏み込んだ内容に感じます。
この世に生を受けたにもかかわらず、親の身勝手な都合で、さらには困窮していく社会のせいで捨てられてしまうなんて。
監督は本作にどんな思いを込めたのか。
超有名韓国人俳優たちを起用して製作された本作、早速観賞してまいりました!!
作品情報
「万引き家族」でカンヌ国際映画祭最高賞となるパルムドールを手にした是枝裕和監督が長年温めてきた企画を、米アカデミー賞作品賞を手にした「パラサイト/半地下の家族」で主演を演じたソン・ガンホら韓国人俳優たちを起用し製作した意欲作。
赤ちゃんを売りつける裏稼業の2人、赤ちゃんを一度は放棄しようと考えた母親、そして彼らを検挙しようと執拗に追いかける刑事たちの視点から、それぞれの正義が交錯しながら小さな命と向き合っていく姿を描く。
ソン・ガンホ以外にも「新感染半島」のカン・ドンウォン、是枝作品に出演経験もあるベテラン女優ペ・ドゥナ、K-POPクイーンのイ・ジウン、そして「野球少女」、「梨泰院クラス」でブレイクを果たしたイ・ジュヨンなど豪華キャストが集った。
赤ちゃんポストという社会性や問題提起、様々な人間模様といった監督が得意とするテーマ性はもちろん、養父母探しの旅がやがて殺人事件が絡んでいく展開など、サスペンスとしての一面ものぞかせ、エンタテインメントとしてすぐれた作品にもなっている。
第75回カンヌ国際映画祭ではコンペディション部門に演出され、ソン・ガンホが韓国人初の最優秀主演男優賞という快挙を成し遂げた。
世界に通じる俳優の演技と、世界を代表する監督の演出。
アジアを代表するタッグによる「命をめぐる旅」の果てに、何が待ち受けているのか。
あらすじ
古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、〈赤ちゃんポスト〉がある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)。
ある土砂降りの雨の晩、彼らは若い女ソヨン(イ・ジウン)が〈赤ちゃんポスト〉に預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。
彼らの裏稼業は、ベイビー・ブローカーだ。
しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンが、赤ん坊が居ないことに気づき警察に通報しようとしたため、2人は仕方なく白状する。
「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という言い訳にあきれるソヨンだが、成り行きから彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。
一方、彼らを検挙するためずっと尾行していた刑事スジン(ぺ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は、是が非でも現行犯で逮捕しようと、静かに後を追っていくが…。(HPより抜粋)
監督
本作を手掛けるのは、是枝裕和。
「万引き家族」、「そして父になる」など数々のヒット作及び世界的評価を得ている監督。
前作ではフランス人俳優を中心にキャスティングした「真実」を製作。
キャストが日本人でなくとも、物語も演出も是枝節炸裂な作品だったのが印象的です。
今回も韓国人俳優のみでキャステイングされており、「真実」を同じような印象を受けそうな予感です。
本作を製作する前にベイビーボックス(赤ちゃんポスト)出身の子供たちに取材をした監督。
彼らは自分の生を肯定できないまま大人になっていく辛さを抱えていたそうです。
「生まれてきてよかったのか」、「自分が生まれたことで誰かが不幸になってやしないか」と。
罪悪感を抱えながら生きている子供たちに、監督はどんな言葉を本作を通じてかけたのか。
そして、我々大人たちが考えなくてはならないことは何なのか。
そんなことを念頭に置きながら観賞したいと思います。
キャスト
子供を横流しするブローカー、ハ・サンヒョンを演じるのは、ソン・ガンホ。
「パラサイト/半地下の家族」で一躍知名度を上げたソン・ガンホ。
映画ファンからしたら「殺人の追憶」や「グエムル」などポン・ジュノ監督作品で認知してるので何をいまさらですが、そもそも国内における韓国映画でいえば歴代興行1位を樹立した作品なんですよ、パラサイトは。
だから今回の予告を見たライトユーザーが「あ!パラサイトの人だ!」という声も多く出ると思うんですよ。
それってめちゃめちゃ嬉しいことじゃないですか。
寧ろパラサイトを見て彼の過去作を見て見たって人も多いでしょうし、そういう意味では是枝監督の作品としてでなく、ソン・ガンホの作品として見に行くって人も結構いるんじゃないでしょうか。
正直韓国映画自体をそこまで好んで見てないモンキーですが、それでも彼の作品で好きなのは「タクシー運転手~約束は海を越えて~」ですかね。
1980年に韓国で起こった光州事件を世界に伝えたドイツ人記者と、彼を現場まで送り続けたタクシー運転手の実話を基にした映画です。
韓国にとって忘れられない悲劇ではありますが、言語の違う二人の全くかみ合わないながらも心を通わせていく姿や、時に見せるユーモアセンス、韓国映画特有のエンタメ精神も忘れない演出がされており、誰もが笑い涙する感動作品になってます。
この中でソン・ガンホは、政治には無関心で金に執着するけど、娘を思う気持ちを忘れない善き父親として非常に親近感の湧くキャラなんですね。
本作ではどんなキャラクターを演じるのでしょうか。
彼の持つ下町風情で人情味あふれるキャラクター像が、本作でも活かされてそうで楽しみです。
他のキャストはこんな感じ。
ユン・ドンス役に、「新感染半島/ファイナル・ステージ」、「ゴールデン・スランバー」、「華麗なるリベンジ」のカン・ドンウォン。
アン・スジン役に、「空気人形」、「リンダリンダリンダ」、「クラウドアトラス」のペ・ドゥナ。
ムン・ソヨン役に、「ペルソナ-仮面の下の素顔-」、IUの名でアーティスト活動もしているイ・ジウン。
イ刑事役に、「野球少女」、Netflixドラマ「梨泰院クラス」のイ・ジュヨンなどが出演します。
万引き家族で描いたテーマから、もう一歩踏み込んだかのような雰囲気。
「真実」でも感じたように、海外の俳優を使っても是枝節は持続するのか。
ここから観賞後の感想です!!
感想
#ベイビーブローカー 観賞。
— モンキー🐵@「モンキー的映画のススメ」の人 (@monkey1119) 2022年6月24日
捨てるのが悪いのか、売るのが悪いのか、買うのが悪いのか、受け取るのが悪いのか。
誰が、何が悪いのでなく、子供の未来を考えようではないか。
是枝ショット満載過ぎて韓国映画に見えん。 pic.twitter.com/le3gz6jnf7
韓国映画なのに、是枝映画。
扱っている題材は暗いのに、主要人物は皆優しい。
みんな、生まれてきてくれてありがとう。
以下、ネタバレします。
実は本作のテーマって奥深い
韓国を舞台に「赤ちゃんポスト」に子供を捨てたことから始まる「疑似家族」の物語は、赤ちゃんを売る者、捨てた者、捕らえる者らによる視点を絡めることで、誰もが正しく誰もが「自分優位」の考えを突きつけながらも、「万引き家族」の一歩先を行く「捨てられた者たち」の絆を結んでいくことによって、生まれてきた子供たちにとって「何が」一番大切なことなのかを見出し描いた、非常に有意義な時間を過ごせた作品でございました。
子供もおらず、気ままに独身生活をのほほんと生きてる身にとって、本作は正直自分と重なる要素は一つもなく、ただただじっくり是枝映画を楽しもうというスタンスで臨んで観賞しましたが、さすがの一言に尽きます。
観る前までは、産んだ子供を捨てるなんて親じゃない!なんて考えを持ってましたが、本作を見ると「誰が悪い」なんていう自分の正義とかそんなことどうでもよくないか?と改めなくてはいけないと思うまでになりました。
要は何をするにも「理由」が存在するわけです。
サンヒョンには借金がある、施設育ちのドンスには養子縁組されなかった過去から、誰かに育ててほしい思いがある。
ウソンを捨てた母親ソヨンは、「人殺しの子」のレッテルを貼られたくないから。
スジン刑事は、産みたくても産めない身体故に、産んだ子を捨てる親に嫌悪感を抱いている。
其々の環境や境遇によって生まれた価値観があり、皆それぞれが自分の事しか考えてないように見える節が、序盤では存在していました。
いいひとに育ててもらいたいというのは建前で、実は金のため、自分の保身のため、職務のため、正義のためだと。
でも物語が進むにつれ、子供を育てたことだったり、いつか母親が迎えに来ると思ってたことだったり、実は愛情を注いでたりといった側面が見え隠れしていく。
時に衝突したり裏切ろうとしたりするけれど、皆が皆ウソンを自分の子供のように抱きかかえ身を案じる姿が非常に微笑ましく、気が付けば彼らが「血の繋がってない家族」になっていく。
最後に出した答えは、「子供の未来を考えよう」ということ。
そして生まれてきたことを讃えること。
皆が皆「愛」に飢えているのに、いや「愛」に飢えているからこそウソンに「愛」を注いでて、誰が悪いとかそんなことどうでもよくなっていくんですよ。
そんなことを思いながら彼らを見守り、気づくと自分の心に静かに「優しさ」がこみ上げ、自ずと笑みがこぼれていく。
そんな映画だったように感じます。
また、本作のテーマは「育児放棄」だったり、「人身売買」、「養子縁組」、「赤茶案ポスト」といった社会問題を扱っていたわけですが、実は根底には「問題」をどう解決していくのかってことがテーマだったようにも思えるんですよね。
それこそSNS然りテレビや雑誌といったメディア然り、問題を取り上げては「善悪」で答えを出そうとする節があります。
事件性の高い問題や、スキャンダル、政治もそうですけど、白黒つけるような議論も大事かもしれないけど、未来を守るための解決策をもっと話し合うべきじゃないかって言ってるような気もしたんですよね。
例えば社会を震撼させる事件があったとして、加害者を一方的に攻撃する発言ばかりして次の話題に映りがちですけど、なぜ加害者が事件を起こしてしまったのかなどを追求していくことで、その裏に潜む大きな問題が絶対あるわけです。
二度とそんな悲しいことが起きないためには、何を改善すればいいのか、何を変えるべきなのか、それを変えるには何をすべきかと。
本作同様、これからを担う子供たちがステキな未来を送るためには、こうした議論だったり皆で話し合って考えることが第一歩なのではないかと。
話がそれましたが、捨てた母親が悪い、関与しない父親が悪い、捨てた子供を誰かに売りつけて金もうけするのが悪い、そもそも赤ちゃんポスト自体が悪い、結局これ何も解決してませんから。
生まれてきた子供は既にすくすくと育っていて、誰かが親を務めなくてはいけない。
子どもが物心ついて「私は本当に生まれてきてよかったのか」などと考えないために。
そんな未来を無くしたいと願う監督の願いが込められた作品だと思います。
是枝ショット連発
監督の前作「真実」では家族をテーマにした愛憎劇でした。
カトリーヌ・ドヌーヴやジュリエット・ピノシュ、イーサン・ホークなど著名な俳優陣を集めて描いたのに、是枝色満載の映像や構図だったので非常に驚いた記憶があるんですが、それでも西洋人の顔ということで、どこか違和感はあったんですよね。
でも本作は韓国ロケで韓国人俳優を扱ったことにより、日本と同じアジア人という似たような顔から、過去の是枝監督作品と何ら変わらない「見慣れた感」と「安心感」を持ちました。
もちろんフィルムの質感もこれまでの監督作に近い温かみのある質感で、韓国なのに街も海も日本のどこかに感じてしまうほど。
技術的な面は素人なのでよく分かりませんが、肌感覚でそんなものを感じました。
また、1シーン1シーンが非常に印象に残るシーンばかりだったのは眼福です。
施設に立ち寄り、道中でひと時の休息をする一行。
ソヨンと誰が悪いかで口論になったドンスが、施設の後輩と夜な夜な海の近くで空き瓶をどちらが多く当てられるか缶を蹴り合い語り合うシーンでは、夜と海の薄暗さ、そこ薄く光る灯りを背景に、二人がカメラに背中を向け合う姿は正に映画的。
翌朝雨の上がった施設の室内でソヨンが謝罪するのに対し、「なんのこと?」と優しく微笑みを返すドンス、垂れる雨粒を手ですくうショットもまた、前夜の対比の如く穏やかな気持ちにさせてくれます。
この施設で養子になりたいと願うサッカー少年ヘジンが加わることで、彼らの間にギクシャクした空気が一変していきます。
ボロボロのワゴンのため後ろのトランクが開いたまま走行していたことで警察官に職質されてしまいますが、ヘジンの屈託のない子供らしい対応によって、これまで虚勢を張り合っていた大人たちが真実を明かし合うんですね。
このシーンによって、この後立ち寄るガソリンスタンドのシーンがものすごく映えてい来るんです。
助手席に座るヘジンが洗車をしている最中にも関わらず、窓を開けてしまい皆が水浸しになるんですが、これまでにないじゃれ合いと笑顔を見せながらずぶ濡れになっていく姿を、車外からスローモーションで捉えていくんです。
光の具合と水の流れも相まって、それはそれは美しい瞬間だったように思えましたし、これから深まっていく「疑似家族」の最初の思い出の一つとして刻まれたであろうシーンでもありました。
他にも観覧車の中でヘジンが高所恐怖症のために青ざめた表情で下を向くシーンでは、子育てをしたことのあるサンヒョンならではの愛情を注ぐ場面として印象的でしたし、序盤ではいがみ合っていたソヨンとドンスが、互いに心を許し合っていく過程も素晴らしく、「なぜ子供を捨てようとしたのか」という真実を話し涙を流すソヨンを、ドンスは手で目を隠して「こんな風に報道されるのかな」と茶化すんですけど、これが「泣いてる顔を見せない」ための優しさだったりする映像になってるのも素晴らしい。
また、4000万ウォン出してウソンを養子に迎えたいと依頼した夫婦に会うために、警察の追手を撒いて高速鉄道に乗ったシーンでは、車両と車両の間で話し合うサンヒョンとソヨンが、ふと本音を漏らすんですね。
走行音で聞こえないことになってますが、互いが「育てたい」、「今からでも遅くはない」とセリフを発してるんですよ、暗い時だけ。
でも再び光が差し込むと「なんでもない」と。
こういう演出も神がかってるなぁと思った瞬間でしたね。
最後に
万引き家族のようなとてつもないインパクトのある映画ではなかった気はするんですが、どちらかというと本作の方が「もう一度見たい」と思わせてくれる優しさと温かさがあった作品でしたね。
特にこの中で一番価値観を変えるのがペ・ドゥナ演じるスジン刑事。
彼女の「産むなら捨てるなよ」って言葉から始まるんですが、具体的なことは避けながらも彼女と旦那さんの間に子供がいないことを示唆するシーンや、ソヨンとの会話の中で「産んでから捨てるより、生まれる前に殺した方が罪にならないの!?」という言葉に何も言い返せない中で、彼女が最初からは全く予想できない答えを出すのが良かったですね。
あとはなんだろな、一応彼らの裏で進行している「ある殺人事件」が勃発するんですけど、この概要をちょっとずつセリフの中で明かすことで、見てる側が組み立てられる作りになっていたのも面白かったですね。
そうすることで説明調のセリフにならないというか。
そもそも是枝作品ですから、大事なことを言葉でなく表情や仕草といった映像で見せるわけです。
出来事に関しても、こうやって明かしていくことで説明的にならないし、ちょっとしたミステリーにもなる。
それが本作のエンタメ的なところでしょうか。
とにかく良いモノ見させてもらいました。
生まれ来る子供たちのために、何を語ろう。
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆☆☆★★★7/10