ドント・ウォーリー・ダーリン
昨今、アメリカでも日本でも女優が映画監督に挑戦する傾向があります。
男優が映画監督をやるパターンが多い中、女優も監督をできる環境になったのはうれしいことです。
日本だとここ最近では池田エライザやのんの若手勢、黒木瞳といったベテラン女優らが映画監督に挑戦しています。
アメリカでも、アンジェリーナ・ジョリーやジョディ・フォスターといったベテラン女優らを筆頭に、最近ではアカデミー賞監督賞にノミネートを果たしたグレタ・ガーウィグや、「ロスト・ドーター」で絶賛されたマギー・ギレンホールなどが女優出身監督として今後も期待されています。
そして忘れてはならない女優出身監督がもうひとり。
勉強ばかりしてきた女性二人が一夜で最高の楽しみを取り戻そうと奮闘する「ブック・スマート 卒業最後のパーティーデビュー」で絶賛評を得て鮮烈デビューを飾ったオリヴィア・ワイルドです。
正直女優としての代表作といわれると「どれ?」となるキャリアではあるものの、「リチャード・ジュエル」での野心的なジャーナリスト役や、「カウボーイ&エイリアン」でのヒロイン役などが印象的。
ブックスマートを見たときは、いかにもスクールカースト上位階級なルックスからは考えられないような物語で、内容はもちろん、映像編集センスや配慮されたキャラ描写、メッセージ性に脱帽しました。
そんな彼女の最新作は、1950年代を舞台にしたある夫婦の物語、というか妻の物語。
前作とは打って変わってゴリゴリのスリラーみたいですが、果たして前作以上の満足度は得られるのか。
・・・どうもこの映画、外側のスキャンダルの方で賑わってるようですが、気にしない気にしない・・・。
早速観賞してまいりました!!
作品情報
「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」映画監督デビューするやいなや、「新たなる青春コメディ映画の革命」とまで絶賛されたオリヴィア・ワイルド。
その卓越されたセンスによってこれからを期待された彼女が、次に選んだのは「ユートピアスリラー」。
1950年代のカリフォルニア州のある街を舞台に、完璧な生活が保証されたユートピアのような街に暮らす一人の妻が、あることを境に不気味な現象を目の当たりにしてしまうスリラー。
「ミッドサマー」で強烈な演技を見せて以降、「ブラックウィドウ」や「ストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語」など着実に知名度を上げているフローレンス・ピューが、徐々に正気を失い恐怖にさいなまれていくアリスを熱演。
他、「ダンケルク」で俳優デビューを飾り、MCUにも参戦が決まった元ワン・ダイレクションのハリー・スタイルズ、「スター・トレック」シリーズのクリス・パイン、「エターナルズ」のジェンマ・チャンなど旬の俳優陣が集結。
世にも奇妙なユートピアスリラーを彩っていく。
しかし本作はトラブルやスキャンダルが続出。
当初夫役にシャイア・ラブーフがキャスティングされる予定だったが、素行問題などにより降板。
代わって抜擢されたハリーが、まだ離婚手続きの済んでないオリヴィアと交際、そのオリヴィアの姿やインタビューでの発言に対しピューが違和感を持ち、映画祭での記者会見をキャンセルするなど、不仲説や問題でも話題となっている。
シンメトリーな構図、モノクロのバレリーナ、赤い服の男たち、無数の鏡、そして街のルール。
主人公が見る世界は、果たして現実か悪夢か。
あらすじ
完璧な生活が保証された街で、アリス(フローレンス・ピュー)は愛する夫ジャック(ハリー・スタイルズ)と平穏な日々を送っていた。
そんなある日、隣人が赤い服の男達に連れ去られるのを目撃する。
それ以降、彼女の周りで頻繁に不気味な出来事が起きるようになる。
次第に精神が乱れ、周囲からもおかしくなったと心配されるアリスだったが、
あることをきっかけにこの街に疑問を持ち始めるー。(HPより抜粋)
【街のルール】
●夫は働き、妻は専業主婦でなければならない
●パーティーには夫婦で参加しなければならない
●夫の仕事内容を聞いてはいけない
●街から勝手に出てはいけない
監督
本作を手掛けるのは、オリヴィア・ワイルド。
冒頭でも書いた通り「ブックスマート」で映画監督として絶好のスタートを切った彼女。
青春コメディとして新たな1ページを生んだ前作から、今回はユートピアで幸せに暮らす一人の妻に起きる不可解な現象を描いたスリラー。
監督曰く本作には「支配、巧妙な操作、抑圧、恋愛関係、性的空想など、たくさんの異なる力関係が描かれている。完璧な人生をどのように維持し続けるか、そして人生が完璧でなくなったとき、どう対処するのかを描く作品です」と語っており、主人公アリスはそんな力関係に翻弄されていくであろう内容になっています。
特に街には4つのルールが存在したり、クリス・パイン演じるフランクが先導するビクトリープロジェクトなど、かなり奇妙な雰囲気を感じます。
多様性がすでに当たり前なコミュニティにもかかわらず、これまで抱いていた勝手な思い込みから脱却していく姿を見せた「ブックスマート」に対し、本作は幸せだと思っていた世界から脱却を図ろうとする姿を描くような予感です。
キャスト
主人公アリスを演じるのは、フローレンス・ピュー。
「ブラック・ウィドウ」や、「ストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語」ではやんちゃながらも姉を慕う姿が印象的なフローレンス。
ですが本作の予告編を見る限り、「ミッドサマー」で起きた悪夢を再び体験してるかのような追い込まれ方に見えて仕方ありませんw
彼女が苦しんでいる姿を見るとどうしてもそれを思い出してしまうほど、あの映画はインパクトがあったってことですねw
それを上書きできるかどうかが本作の分かれ目になるんでしょうか。
他のキャストはこんな感じ。
アリスの夫ジャック役に、「ダンケルク」、「エターナルズ」のハリー・スタイルズ。
バニー役に、「リチャード・ジュエル」、「クーパー家の晩餐会」のオリヴィア・ワイルド。
シュリー役に、「エターナルズ」、「クレイジー・リッチ!」のジェンマ・チャン。
そしてフランク役に、「スター・トレック」シリーズ、「ワンダーウーマン」のクリス・パインが出演します。
幸せだったはずの世界が、ある出来事によって一変し、どんどん精神をむしばまれていく主人公。
一体彼女に何が起きたのか。
てか、名前がアリスかぁ…。
ここから観賞後の感想です!!
感想
#ドントウォーリーダーリン 東京国際映画祭にて。
— モンキー🐵@「モンキー的映画のススメ」の人 (@monkey1119) 2022年10月31日
完璧が保証された世界って何に対して?
オリヴィアはやっぱり上手いすね。映像的な意図も面白いし答えも一つにしない。演技力乏しいハリーに負担をかけない配慮に対しピューにがっつりライトを当てる。
しかしこれあの映画とそっくりじゃ… pic.twitter.com/gRrxZwKFEL
エンタメ映画としては見ごたえありですが、スリラーとして見ると不穏さと着地が乏しい。
しかしながらオリヴィアとピューちゃんの仕事ぶりは見事。
フェミニズム的であり古き良きアメリカ批判な映画。
以下、ネタバレします。
ほんとにここはユートピア?
1950年代のアメリカを思わせる街を舞台に、完璧が保証された世界で「妻」として献身的に「夫」を支える主人公に起きる数々の不思議な出来事、そしてそこからの脱却を図ろうと奔走する主人公の姿を、伏線的であり意図的な演出はもちろん、スキルに差のある演者を巧くカバーした脚本、「女性にとっての幸せとは」に「偉大なアメリカをもう一度」への批判を追求したスリラー映画でございました。
皆小奇麗な服を身に纏い、昼から酒をカッくらいながらプールで泳いだり、夜は会社の同僚家族らとゲームしたり踊ったりしながらパーティー。
夫との夜の営みも盛り上がる一方で、朝もしっかり会社へ行く旦那を見送り、妻は掃除に選択に食事に時間を作ってショッピングやお出かけやらバレエのレッスンやらと、こんな幸せなな日々はないというほど充実した夫婦生活を送るアリス。
一見現代のアメリカというよりも、一世代二世代前のアメリカといった風景。
街を飛び出せば埃飛び交う砂漠地帯ですが、ビクトリーという会社を仕切るフランクによって築き上げられた街のおかげで、皆が幸せに暮らせる環境が整っているんですね。
では果たしてここは本当に現代のアメリカが舞台なのかと言われると少々疑問。
誰もスマホを持ってないし、来ている服もエレガントだけどどこか古い。
家の中の家具や家電製品もソファーやベッドやテーブルは一見普通ですが、オーブンにTVに固定電話などが、明らかに昔のモノ。
じゃあ結局昔の時代の話なの?と言われると、変な話あれだけ差別社会だったアメリカにも拘らずお隣さんは黒人夫婦ですし、同僚はインド系。
何で色んな人種の人たちが同じ生活をしてるの?と。
見た目は50年代ですけど、あのころはまだ白人優位社会でなかったはずでは?
そんな時代背景がよくわからない中で、アリスは少しずつおかしな現象を目にしていきます。
まず最初は「卵の中身が入ってない」。
目玉焼き作ろうとして卵を割るも、中身が空なんですね。
さらにはお隣さんが「だまされないで」とぼやく。
終いには喉を自ら掻っ切って遺影の屋上から飛び降りる始末。
まだまだあります。
TVをつけてもラジオをつけてもフランクの演説がずっと流れている。
ただでさえ目がロボットのような目つきのフランクなのに、みんなに「何を望む?」と質問し、みなが「チェンジザワールド」とおまえらクラプトンかよ!とツッコみたくなるほど口を添えろえる統率感。
それをまとめるフランク。
さらには聞いたことのない歌をひたすら鼻で歌い始めるアリスが、お隣さんのおかしな言動を気になり出し、一人お出かけ中に飛行機の墜落を見かけ、その場所に行ったことを皮切りに、幻覚の度合いが増していくんですね。
バレエレッスンに鏡の前にお隣さんが立っていて、ひたすら頭をぶつけて鏡を割ろうとしてくるし、ふと水中に潜り込んだと思ったらカーテンだったり、風呂に入って潜るんだけど鏡にアリスが映ったまんまだし、急に自分で顔にサランラップ撒きだして苦しんだりとおかしな現象や行動をしがちになっていきます。
また、夫はビクトリー社でシステムエンジニアをしてると自称しますが、何の仕事をしているか教えてくれないし言ってはいけない決まりになっていると。
このように、男は仕事に精を出し、女は家で夫に尽くすというしきたりをフランクが作り上げ、それを「完璧が保証された世界」だと皆に口酸っぱく言って刷り込ませているわけです。
ここはホントユートピアなの?
誰にとってのユートピアなの?と首をかしげたくなることがたくさん描かれているのです。
自分の幸せは自分で掴め
色々見ていくと、本作が言いたいことが分かってきます。
1950年代のいわゆるアメリカンドリームを可視化させたこの場所から察するに、かつてトランプ元大統領が掲げていた「Make America Great Again」のような生活ぶりなんですよね。
中流家庭が一軒家と車を持ち、夫は仕事女は家庭という古臭い生活こそがアメリカンドリームだってのを揶揄した世界なわけです。
そんな世界にしたら女性の幸せってのは、結局仕事もしないで家庭にいることなの?ってのを言いたい映画だと。
ある種のフェミニズム映画ってことですね。
それを扇動するのがフランクなわけで、彼の会社の名前がビクトリー=栄光っていうくらいだから、あの頃の栄光をもう一度!と、もろトランプのような存在だってことです。
男が作り上げた社会の中で女性は幸せになっていくって、もうこれのどこがユートピアなのさ、そんな社会や環境の中で私は幸せになんてなりたくない!って脱出を図るのがアリスなわけです。
これでもかっていうくらいふんだんに鏡が映っているうえに、主人公の名前がありすっていうくらいですからサッシのつく方も多いと思いますが、もちろんこの世界は作りモノです。
仮想現実であり拡張現実です。
そんな世界にジャックはありすを閉じ込め、彼が望む世界で二人で過ごす仕組みになっていたのであります。
タイトルは僕としてはジャックが行ってるようにも聞こえるし、ようやくこの世界から抜け出したアリスがジャックに向かって言っている言葉にも聞こえます。
女の幸せは男によって決まるわけではなく、自分で選ぶもの。
それこそが幸せな人生だと言っている一方で、決してアリスのような選択だけが正しいわけではないというのも本作の面白い所。
彼女のよき理解者とされるバニーは、最初こそアリスと仲良くしていたものの、アリスがこの世界のカラクリに気付き、夫の出世をぶち壊し始めるや否や「あなたはここにふさわしくない」とか「あなたは何様なの」くらい激オコしはじめます。
その反動を受けて、アリスはフランクとの一騎打ちをするためにバニーを自宅パーティーに呼ばないなどして接触をしないようにしますが、クライマックスでバニーはアリスの前で「この世界の事を実は知っていた」と暴露。
しかも一緒に逃げようというアリスに対し、私は残ると宣言するんですね。
要するに、この世界が望ましいと思う女性もいるということを示唆したキャラクターだったんですよね。
理由は子供の存在が大きいようで、恐らく彼女は現実世界では子供を望めない暮らしをしていたのでしょう。
だからビクトリータウンこそが私にとっての現実だと。
実際問題、現実世界でも別に「男で成り立っている社会で生きてても平気」という女性はいるはず。
そりゃ金持ってるし、自分の買いたいものはダンナの稼ぎで買えるわけだから、ちゃんと家の事すればあとは優雅ってわけで、それを望む層も一定数いるわけです。
こういうのを否定しないって意味でも本作は立派だと思うんです。
とはいえ作品的には。
自分の簡潔な感想を申し上げると、クリティカルヒットだった「ブックスマート」と比べると、全体的なテンポの悪さやスリラーとしての強度、答えを提示するまでの点と線の回収具合が弱く、やはり女優出身の映画監督2作目というキャリアの少なさが目立ってしまった印象があります。
上映時間2時間という昨今の映画では比較的短い分類に入る本作ですが、主人公がずっと抱える「Why?」を少しずつ散らばらせていく段階で答えが結構見えてしまってることで興味がそがれてしまい、音楽による不穏さは光っていたものの画的な不穏さは一定の域を越えない演出だったのが非常に勿体なかったです。
また、「女性の幸せは女性自身で掴むもの」というテーマ性に関してですが、一生面系この世界から脱出したいと奔走するアリスに中々感情が湧いてこないのが難点。
彼女の現実パートを見ても、本当に彼女はあの重労働な日々に戻りたいのだろうか?と疑問が湧き、仮に彼女があれが幸せな日々=自分で選んだ人生だと仮定しても、こちらからしたらいっそのこと男性の隷属的扱いでも優雅で愛のあるユートピアの方がましなのでは?と思ってしまうんですよね。
そうさせないための工夫=アリスが正しい、アリスに幸せになってほしいというユートピアと現実の差を明確に表現すべきだったのではと感じました。
しかしながら主演のアリスを演じたフローレンス・ピューが「ミッドサマー」よろしく、相変わらず不幸な目に遭っていく感情むき出しの芝居は最高で、一瞬顔芸でもやってんじゃないかと思うほどショッキングなことをしてるし、その対比とも言うべきジャックとの愛のあるシーンでは吐息を漏らしながら唇を重ね乱れていく姿はさすがです。
その分ハリー・スタイルズにあまり台詞を多く与えず、感情的になるところはしっかりフォーカスを当てるという脚本にすることで、彼の乏しい演技力で作品をぶち壊さない配慮をしていたのも良かった一因だったと思います。
他にも「この世界、なんかおかしい」という映像は、色々と伏線として活かされているうえに、1950年代のミュージカル映画を思わせるシンクロナイズドなダンスを踊るブロンド女性たちや、中身の入っていない卵、サランラップを顔に巻き付ける姿、窓掃除をしていると徐々に押し付けてくる窓ガラス、バレエレッスン時に映る近隣住民の姿、そしてこれでもかと強調してくる鏡の数など、主人公の名が「アリス」という時点で色々察しがついてしまう物の、答えが提示されると「なるほど」と思わせるメタファーがたくさん混じった演出だったように感じます。
クライマックスもやや平面的な映像ですが、追手から逃れようと必死に逃走するアリスの姿をカーチェイスや爆破、そして疾走シーンと段階を踏んで面白く盛り上げていたので、教科書的なやりかたでもありますが、しっかり「エンタメ映画」として機能していた作品だったと思います。
最後に
意外性が弱いという点においては、プロット自体が「ステップフォード・ワイフ」そのまんまな部分や、テーマ性の部分においても社会問題が類似している意味で「ゲット・アウト」や「アス」といったジョーダン・ピール的なスリラーになってしまっていること、また、仮想現実を現実と捉えるか否かという点においても「マトリックス」や「バニラ・スカイ」という具合に、過去作を見てる人にとっては既視感が強く出てしまい唸るような作品に慣れてないんですよね。
そういう悪い意味でもいい意味でも教科書的な作り方しかまだできないオリヴィア・ワイルド監督の力不足な点が強く出てしまった作品だった気はします。
ただそれを差し引いたとしてもライティングやコントラストといった映像表現も見事でしたし、演出面でも自分が見せたいものを見せていたと思います。
あくまでエンタメ的に面白いのであって、テーマ性や展開の仕方などはまだまだ。
今後はアメコミ映画にも挑戦するらいいですから、個人的にまだ応援した厭う意味も込めて甘めの満足度で締めたいと思います。
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆☆★★★★6/10