フェアウェル
母型の祖母は、自分が年頃の頃から入退院を繰り返していた。
子供の頃は母に連れられてお見舞いによく顔を出したものだが、中学、高校と上がると家族とどこかへ出かける回数が極端に減った関係で、見舞いにすら顔を出すことも減っていった。
さらには、上京したことも加わり、数年間祖母の顔を見ることはなかった。
祖母の調子がかなり悪いということで、地元へ戻り家族総出で見舞いに出かけた日のこと。
祖母は僕と妹の顔を見るなり、「久しぶりだね」、「大きくなったね」、「今日は調子がいいんだ」と、事前に母から聞かされていた病状とは正反対の元気な姿を見せ、寝たままの状態から足を上げたり下げたりの運動を見せたり、起き上がって「そばで顔を見せておくれ」と頼んだりと、子供の頃親しんだ祖母との会話を楽しんだ。
表向きは久々の再会と元気な姿を見れたことを嬉しがる表情を見せながら接していたが、内心は違う。
自分が上京する前に会った祖母の姿からは想像もつかないほど痩せた姿に、心が固まってしまったのだ。
表情だけは明るくしようと一生懸命振舞ったが、心だけは驚きを隠せず、現実を受け入れることを拒んでいた。
帰りの車の中で母は、普段の見舞いで見せた態度と正反対の態度を今日は見せていたそうで、孫のチカラってのは本当にすごいんだな、とぼやいていたのをよく覚えている。
生前の祖母を見たのはそれが最後で、数か月後に亡くなった。
今回鑑賞する映画は、ガンを宣告された祖母に真実を伝えるべきか否かに葛藤する主人公と、絆を確かめていく家族の姿を描いた作品です。
僕が抱いたような葛藤とは違うけれど、主人公の視点から何か救われるようなことが、もしかしたら…そんな気持ちで鑑賞してまいりました。
作品情報
第77回ゴールデングローブ賞のミュージカル・コメディ部門で外国語映画賞と主演女優賞にノミネートを果たした作品。
全米でわずか4館からのスタートを切ったにもかかわらず、鑑賞した人たちの熱い感動が伝わったことで上映館が拡大。
公開3週目でTOP10入りを果たし大ヒットを遂げた。
NYに暮らす中国系の家族が、ガンを宣告された祖母に最後に会いに行くために帰郷。
祖母に病気であることを悟られないように、家族たちはある「嘘」をつくことに。
真実を伝えるべきだと訴える主人公と、悲しませたくないと反対する家族の、感情のぶつかり合いと慰めあいを繰り返しながら絆を深めていく家族と、たどり着いた答えを描いていく。
2019年注目すべき監督10人に選ばれた監督と、彼女が手掛けた作品をめぐっての争奪戦を見事勝ち抜いた新進気鋭の映画スタジオ「A24」、そして「TIME」誌で次世代の100人に選ばれた多彩な才能を見せる役者によって作られた、見る者の胸を熱くする、感動傑作です。
あらすじ
NYに暮らすビリー(オークワフィナ)と家族は、ガンで余命3ヶ月と宣告された祖母ナイナイ(チャオ・シュウチェン)に最後に会うために中国へ帰郷する。
家族は、病のことを本人に悟られないように、集まる口実として、いとこの結婚式をでっちあげる。
ちゃんと真実を伝えるべきだと訴えるビリーと、悲しませたくないと反対する家族。
葛藤の中で過ごす数日間、うまくいかない人生に悩んでいたビリーは、逆にナイナイから生きる力を受け取っていく。
思いつめたビリーは、母に中国に残ってナイナイの世話をしたいと相談するが、「誰も喜ばないわ」と止められる。
様々な感情が爆発したビリーは、幼い頃、ナイナイと離れて知らない土地へ渡り、いかに寂しく不安だったかを涙ながらに母に訴えるのだった。
家族でぶつかったり、慰め合ったりしながら、とうとう結婚式の日を迎える。
果たして、一世一代の嘘がばれることなく、無事に式を終えることはできるのか?
だが、いくつものハプニングがまだ、彼らを待ち受けていた──。
帰国の朝、彼女たちが選んだ答えとは?(HPより抜粋)
監督
今作を手掛けるのは、ルル・ワン。
北京生まれ、マイアミ育ちと、中国からアメリカへ移住した彼女。
本作が長編映画2作目とのこと。
本作は監督自身がモデルになっているそう。
実際に主人公もアメリカナイズされたアジア人として描かれているんだとか。
個性豊かな家族を持つことなども着想を得たそうで、それらをユーモアに描きつつ、どの家族にも複雑な事情があることや、不満と同時に喜びもあることを描きたかったと語っています。
キャスト
主人公ビリーを演じるのは、オークワフィナ。
クイーンズ生まれのアジア系アメリカ人。
もともとはラッパーとして活動しており、YouTubeにアップしたMVから人気が出たそう。
音楽活動以外にも女優、脚本家など多彩な才能を持っており、今後もすべての分野において注目を集めそうですね。
彼女の特徴はなんといっても表情豊かな喜怒哀楽とコメディセンス。
これまで「オーシャンズ8」、「クレイジー・リッチ」、「ジュマンジ/ネクスト・レベル」と大きな作品に出演し、しっかりした演技で爪痕を残しています。
特にジュマンジではゲームキャラに扮して演じており、ドウェイン・ジョンソンら大きな体格の出演者に囲まれながらも、存在感を発揮していたのが記憶に新しいですね。
今後は、MCU映画フェイズ4にあたる新キャラクターの誕生譚「シャン・チー&レジェンド・オブ・ザ・テンリングス(原題)」に出演予定とのこと。
公開は2021年夏の予定です。
他のキャストはこんな感じ。
ビリーの父、ハイヤン役に、「ムーラン」、「メッセージ」のツィ・マー。
ビリーの母、ルー・ジアン役に、ダイアナ・リン。
ビリーの祖母、ナイナイ役に、中国で映像芸術の母と呼ばれている女優チャオ・シュウチェン。
嘘の結婚式の花嫁アイコ役に、中国を拠点に活動する日本人女優、水原碧衣などが出演します。
死ぬことを伝えるべきか否か。
残される家族としての答えとはどんなものなのでしょうか。
またアメリカに移住してきた主人公の気持ちも絡んできそう。
ここから鑑賞後の感想です!!
感想
時には「良い嘘」も必要。
死期が近い祖母のために家族全員が重荷を背負う文化なんてのがあるんですね。
以下、ネタバレします。
ビリーの暗い表情が切ない。
余命宣告をされた祖母に真実を伝えず、親族全員で嘘の結婚式を丁稚上げて会いに行く主人公らの姿を、全般スローなテンポと時折挟まれるシュールな描写、誰もが真実を言わずに祖母と接しなければいけない重荷を背負うことで蔓延る悲哀、久々の全員集合に気合が入りまくる祖母の喜びのギャップが静かな涙を誘う、A24らしい作品でございました。
まず率直な感想から先に申し上げますと、公開延期してしまったことで期待値が高まっていた自分にとって、少々期待外れの作品だったな、というのが大きな印象です。
この手のドラマならもっと効果的な演出を入れることで笑いと涙のふり幅をもっと大きくできるし、その分感情が揺らぐことでドラマらしい作品にできるのに、と思ったからです。
作品自体に大きな波や緩急はなく、ひたすら低空飛行のテンポの中で、祖国と移住先との文化の違いに悩まされたり、死期が近づいている祖母に人生の何たるかやたくさんのエールを与えられ、勇気づけられたり落ち込んだりと葛藤を繰り返すビリーの姿に一喜一憂できるわけですが、わかりやすい演出や過度な展開は用意されておらず、ただただ肩透かしを食らう気分になりました。
とはいえ、本作の一番の魅力は何といってもオークワフィナ演じるビリーの姿に尽きます。
6歳という物心つかない状態のまま、祖父の死を唐突に伝えられ、しかも移住先では家族以外の親戚もいないという環境の中で育ち、アメリカの酸いも甘いも経験しながら育った彼女ならではの価値観。
西洋では個人の余命を伝えないと「違法」にあるほど、個人を尊重する文化の中で育った関係から、祖母の余命宣告は伝えるべきだと主張する点や、本心が顔に出てしまう点から、ビリーは両親や親族から来訪に反対される立場に。
親に黙って中国へやってきて祖母にあった瞬間、うつむき加減で黙り込むビリーの姿は、言いたいことが言えない状態に加え、ここで急に泣きだしたら気持ちを悟られてしまうという息苦しい状態。
さらには祖母との久々の再会なのだから100%スマイルで抱きしめるくらいの喜びもみせなくてはいけないという中々のミッション。
そんな心が雁字搦めの中で、どう振る舞えばいいのか模索しながら、とりあえず我慢!な心境を、観てるこちら側に真顔の表情のみで伝えるオークワフィナの芝居が神がかっていました。
その苦しそうな気持ちの中で祖母と触れていくにつれ、少しづつ心を和らげていきながら、父や母の葛藤に気付き、さらには自身の幼少の頃から抱いていた不満をぶつけていく。
ハスキーボイスが心地よいオークワフィナの丸まった背中から漂うざわついて仕方ない心境と、なんでもかんでも真実を伝える事だけでが全てではないことや、東洋と西洋の文化の違いを徐々に受け入れていく心境の変化を、「外国」になってしまっている中国で時に切なく時に激しく見せてくれています。
時には嘘も必要だ
劇中では、祖母のガンを聞かされた親族が、真実を言わない代わりに、従兄が中国で結婚式を挙げるという嘘をでっちあげることで会いに行く口実を作り、残り僅かな祖母のためにステキな思い出を作ってあげるという姿が描かれています。
上にも書いた通り、東洋では「がんではなく、恐怖に殺される」という言い伝えがあることや、もうすぐ死ぬということを本人に伝えることが、かえって重荷を背負わせることになるため、決して真実を伝えず口を紡ぐんだそう。
祖母は家族の一人であることに変わりはないが、家族にとって祖母は家族の一部であり社会の一部である、だから祖母が死ぬという重荷は残される家族が背負わなくてはいけない、と叔父が語っています。
中国人であるにもかかわらずアメリカ国籍であるビリーにとっては、文化の違いを突き付けられると共に、東洋の文化を学ぶきっかけになったわけですが、彼らの姿を見て感じたのは、それが東洋だ西洋だ関係なしに、辛い気持ちにさせて死を待つのだったら、嘘でもいいから楽しい日々を作ってあげて笑顔で残りの人生を送ってもらった方が、その人にとっては絶対良いに決まってるよなぁと。
仮に自分がガンの宣告を知らされずに過ごしたとしたら。
体の異変に色々勘付くかもしれないけど、心の面ではそこまでの重さのない状態で日常を送るだろうし、何より本作のように家族が急に総出でやってきたら、少々鬱陶しくも感じるだろうけど、内心は嬉しいに決まってるだろう。
そして多分、何かを悟ることだろう。
自分に何か予期せぬ事態が起きるということに。
あ、もしかしたらおばあちゃんは、みんながついた嘘に気付いたのかもしれない。
顔が青ざめている息子の姿を見て、後から単身でやってきた孫娘の晴れやかでない表情を見て。
あまりにも急な結婚式に違和感を持っていたかもしれない。
でも折角こうして集まったのだから、みんなの嘘に乗ってあげようと、あえて騙されたふりをしていたのかもしれない。
大体みんな嘘をつくのが下手すぎる。
久々の再会にも拘らず全員がどこか浮かない表情をしていたり、誰も思で話に花を咲かせない辺り、結婚式での叔父のスピーチは息子と日本人の嫁が主役なのに、段々方向が変わって母を讃えるスピーチになってしまってるし、肝心の主役である従兄はゲームでひたすら負けてベロンベロンになり泣き出し、集合写真でも上手く笑えない始末。
それでも決して真実を言わない姿はどこか滑稽でありながら、優しさで溢れていました。
これらをまとめていくと、お互いが優しさで溢れていた作品にも見えてきた気がします。
あくまで妄想の域ですが。
最後に
物語の結末は正に嘘が実を結んだ結果が描かれていることもあって、嘘という行為自体が決して人を騙すという面以外の必要性があるということを教えてくれます。
そして冒頭の話に戻りますが、僕が抱いていた複雑な心境は、ぶっちゃけ祖母にとってはどうでもよく、姿を見せたことに意味があるのかなと。
固い表情でも無理矢理見せた笑顔は、病床に伏せ続けていた祖母にとって、ささやかな安らぎを与えてたのかな。
あそこで泣き出していたら、祖母は多分余計に悲しんで苦しめたかもしれない。
そういう意味ではある種僕は嘘をついていたわけで、それのおかげで一時元気になれたのだから、それでいい、それでよかったと。
映画の話に戻すとして、どうもA24作品とは相性の良くない僕でして、特に新進の監督さんとなると、余計に撮影方法とか演出面とかが気になってしまう性分でして、なんでこんなテンポで、なんでこんな撮り方で、っていう「意味」とか「意図」を探ってしまいがちで。
実際カメラを固定して微妙に被写体を外すあたりとか、部屋に訪れる鳥の意味とか、エピソードを急にぶつ切りにしたりとか、何か斬新なことをしたいという風にしか受け取ることができない不可解な「ハズシ」が妙に引っかかって。
それがユーモアというのなら、単純に監督との「笑い」にズレがあったんだなと勝手に解釈しております。
しかし、メシはウマそうでしたね。
なんですかあの肉餅って。
そしてどれも高カロリーな食べ物ばかりでよだれが・・・w
とりあえずザックリ自分の過去に絡めたり自分の当てはめたりした映画の感想になりましたw
実は父方の祖母が亡くなった葬儀の日が自分の誕生日だったという少年時代の哀しい過去を持っているモンキーでした。
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆★★★★★5/10