モンキー的映画のススメ

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主に新作映画について個人の感想、意見を述べた文才のない男の自己満ブログ

映画「フェラーリ」感想ネタバレあり解説 マイケル・マンが伝えたい「男の美学」とは。

フェラーリ

ブラックハット」から8年ぶりの新作となるマイケル・マン監督の映画。

ここ1ヶ月、彼の初期作「刑事グラハム」や「ザ・クラッカー」、代表作「ヒート」に「コラテラル」などの過去作を、おさらいを兼ねて見ておりました。

 

とにかく男をカッコよく見せることに関しては、右に出る者はいない。

というのが、再見して思ったことです。

あと、夜がエロい。

エロいというと語弊がありますが、とにかく夜景が美しいのです。

 

北野武には「キタノブルー」ってのがありますが、マイケル・マンにも「マンブルー」がどの映画にもあるんですよ。

特に「刑事グラハム」の夜景と青さは、ホント美しかった。

 

ぶっちゃけ話に関しては色々思うところもありますが、様々な部分でディテールに拘る彼が、今回エンツォ・フェラーリという男をどれだけカッコよく描けてるか。

そこに視点を向けて観賞しようと思います。

早速鑑賞してまいりました!!

 

 

作品情報

元レーサーにして、カーデザイナー、そして自ら立ち上げたフェラーリ社をイタリア屈指の自動車メーカーへと成長させた稀代の経営者エンツォ・フェラーリが、59歳だった1957年を舞台に、波乱と激動の1年を描く姿を、「ヒート」や「コラテラル」、自身が手掛けたドラマを映画化した「マイアミ・バイス」などの作品を製作・監督したマイケル・マンが、構想30年を経て完成させた。

 

私生活と経営問題で苦しんでいたフェラーリの創業者である主人公が、イタリアの子王道レースで起死回生に挑む姿を、演者の表情から雄大な景観に至るまでダイナミックな構図で描くと共に、細部にまで目を光らせる監督の拘りが随所に見える美術デザインなど、当時の風景と興奮を見事に再現して映し出す。

 

アメリカでは不毛の地とされてきた「F1」が、今空前のブームを起こしている。

それにあやかってなのか、現在ハリウッドではF1映画への製作が急務とされる傾向があり、現にブラッド・ピット主演でF1映画が製作中だそうだ。

そんな中、「フォードVSフェラーリ」の製作総指揮を務めたマイケル・マンが手掛けた本作は、「情熱はあるが、レースでもビジネスでも苦戦し続ける新興自動車メーカー」だったころのフェラーリに焦点を絞り、稀代の男の知られざる真実を描きながら、栄冠を再び勝ち取るまでの執念を、臨場感たっぷりのレースシーンと共に見せていく。

 

主演には、「マリッジ・ストーリー」や「最後の決闘裁判」、「ハウス・オブ・グッチ」など名だたる監督の下で起用されてきたアダム・ドライバーが、マイケル・マンと初のタッグに挑む。

他、フェラーリの共同経営者にして妻である役に、「それでも恋するバルセロナ」、「ボルベール」のペネロペ・クルス、エンツォの不倫相手役に、「ダム・マネー ウォール街を狙え!」のシャイリーン・ウッドリー、レーサー役に「不屈の男 アンブロークン」、「マネー・モンスター」のジャック・オコンネル、「魔法にかけられて」、「サンクスギビング」などに出演し、レーシングドライバーとしても活躍するパトリック・デンプシーらが出演する。

 

当時は知らせていた車を3Dプリンタを用いて複製するなど、これまで以上にディテールに拘ったとされる本作。

時代を作った男の生き様に惚れる一作。

 

 

 

 

あらすじ

 

1957年。

59歳のエンツォ・フェラーリ(アダム・ドライヴァー)は、妻ラウラ(ペネロペ・クルス)と立ち上げたフェラーリ社をイタリア屈指の自動車メーカーにまで成長させたが、会社は経営状態の悪化で買収の危機に瀕していた。

 

1年前の息子ディーノの死により家庭も破綻しており、さらに、ひそかに愛し合うリナ・ラルディ(シャイリーン・ウッドリー)との子供ピエロを彼は認知することができずにいた。

 

会社経営と私生活の両方で窮地に立つエンツォは、再起を懸けて公道レース「ミッレミリア」に挑む。(シネマトゥデイより抜粋)

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感想

会社のために心を鬼に、一方家族や失った人には情け深く。

そんな両面を徹底して見せる、マンらしい男の物語。

カッコよさも感じるが、お話はそこまでグッと来ない。

以下、ネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

前に立つ男は、悲しい背中見せたらいかんのです!

会社の経営危機、妻との不和、不倫相手との間に生まれた子を認知するのかしないのか。

全てを解決するには公道レース「ミレッミリア」で優勝するしかない。

さてさてどうするフェラーリ!!

 

そんなお話でございましたが、単刀直入に感想を申し上げますと、カッコよかったけど話はそこまで面白いとは思えない映画でした。

 

というのも、マイケル・マンの過去作、ぶっちゃけヒートとコラテラル以外、そこまで面白いと思ったことがないんですよ。

なんというか、ディテールに拘りすぎていて物語自体を二の次にしているような作りをしているというか。

 

マン監督の映画には常に男の美学が詰まっているのは周知のとおりで、こういう時男はどう在るべきか?みたいな姿を、「有害な男らしさ」と揶揄されてもやり続ける心意気みたいなものは、前時代的なカッコよさを今でも求めてしまいがちな俺には、時に眩しく思えたりするんですよね。

 

もうだってさ、マイアミバイスやブラックハットみたいな夜の風景をバックに髪をなびかせるイケメン見たら、そりゃ「う~わ、かっこよ!」ってなるじゃないですか。

ああなってみたいわけですよ。マン映画にはそういう気持ちにさせる瞬間があるんですよ。

 

じゃあこの映画でそういう瞬間があったのかっていうと、劇中のフェラーリの年齢が60歳手前ってのもあって、ルックス的なカッコよさってのは感じなかったわけです。

 

でもだ、「経営がどれだけ傾こうとも、朝帰りして妻から銃を発砲されても、「俺は走るために車を売るんだ!!」っていう気持ちね。

そういうところが熱いって思えるわけですよ。

 

やはり経営者ってのは、従業員を背負って立つわけですし、自分が完遂したい目標ってのを持ってるもんだから、そこにいちいち顔色窺ったり気持ちがぶれちゃいけないと思うんですよ。

 

実際劇中では最愛の息子を亡くしたことを機に、心に壁を作ることを決心したフェラーリ。

冒頭では毎朝花を持って息子の墓参りに行き、涙に暮れながら息子に語りかける姿を映し出された後、最速記録を叩きだしたマセラティを越すべくテストドライブを実行するんですが、事故によってドライバーが死んでしまう光景に見舞われるんですね。

その時に、たまたま挨拶に訪れたドライバーに、代わりとして打診するんですよ。

 

これを冒頭で見せることで、フェラーリという男が一体どんな人物なのかを表現してるわけです。

 

コメンダトーレ(社長)としての顔と、家族だけに見せる顔。

息子を失ったことで生まれてしまった野心的な面と悲しみに暮れながらも愛情を注ぐ面の両方を、本作はずっと映し出していくことで、目標を達成するために犠牲を払ってでも突っ走る=ブレーキなんて踏んでる場合じゃねえ!って姿が、カッコよく見えるんですね。

 

彼は過去にレーシングドライバーとして活躍していたみたいですが、その夢は立たれエンジニアとして精を出す道を歩んでいったようで、その結果がこの「フェラーリ」という自動車製造会社だと。

様々な経営難になりながらも、車を売ってレースの資金を稼ぐのではなく、あくまで車は走らせてこその精神で、レースに勝って車を売るというポリシーを貫き、今日に至るという。

 

そのためには心を鬼にしなきゃならんていう男の話だったんですね。

 

そして彼の側面には慈悲深さというのがありました。

冒頭のテストドライブで命を落としたドライバーの恋人には妻も驚きの25000ドルを渡すという太っ腹。

金にシビアな奥さんはしかめっ面をしますが、やはり失った者の悲しみを十分に理解してるからこそできる決断とでもいいましょう。

 

あぁ人間て一面だけでは理解できない面があるんだな、本作を見てそんなことを思いましたとさ。

 

一貫し過ぎてて面白みがない。

時に、物語の主人公手のは最初と最後で180度変わるってのがお約束ってもんで、その方が成長譚として感情移入できるし、何より物語としてわかりやすく見やすいってのがあります。

個人的にはそういうタイプの映画の方が好きです。

 

しかし本作のフェラーリは、そういう過程がほぼないんですよね。

最初から最後まで一貫してるんですよ。

誰かか影響を受けて態度を変えるとか、衝撃的な出来事に見舞われたことをきっかけに改めていくみたいな変化が、まるでないんですよね。

 

どちらかというと、上でも書いた通り、あまり世に知られてない側面が実はあった、みたいな内容になってるわけです。

 

そもそもおれ自身フェラーリなんて人物の名前と車の存在しか知らない素人なわけで、いざ本作を見て、「そんな一面があったんだ…」とは思わないんですよ。

一応これ伝記映画って括りになるので、そういう点では内面を掘る、知られざる実話って意味では機能してると思うんですけど、それがいまいち面白いとは思えなかったんですよね。

 

実際あらすじでは、会社の経営難、妻と別居状態、不倫相手の息子を認知するのかしないのかって問題が山積みなわけですよ。

それを「ミレッミリア」というレースに賭ける、っていう流れで、レースに勝てば全てが解決するのか?って思ったら実はそうでもないっていう。

 

経営難を逃れるために、新聞記者にガセネタ書かせて、フィアットだかフォードに揺さぶりかけるような計算高い面も見えましたけど、別にそれがドラマチックな展開にもなってないし、不倫相手と彼女との間に生まれた息子の存在を妻に知られて修羅場になると思ったら、口論だけで終わってしまうわけで。

 

問題解決の糸口がレースの結果に繋がるような物語になってないのが、個人的にはどうもしっくりこなかったんですよね。

 

基本全部、フェラーリの考えが変わることなく、みんな彼に丸め込まれてるだけにしか見えないんですよ。

 

妻にも「お前のせいで子供が死んだんだ!」と怒りをぶつけられましたけど、「俺だって車以上に医学を学んで徹底的に看病したんだよ、それでもダメだった、俺のせいだ」って言い返すわけですよ。

妻も本気で旦那が殺したなんて思ってないのは当たり前で、煮え切らない思いをぶつける相手が夫しかいないわけですよ。

しかも別の女性との間に子を授かって、10数年も黙ってたわけですから、そりゃ怒りは収まらない、普段思ってもないようなことを言わない時が済まないって気持ちが理解できます。

 

だからといって、フェラーリが心の内をぶちまけてその場を収められてもなぁって思ってしまいましてね。

夫婦の問題を第三者が、しかも未婚独身の俺がちょいとかじったような正しさを武器にジャッジしてもって話で、何を言っても俺の言うことは間違ってないみたいな口調で、こうあるべきじゃない?みたいなことを言っても意味がないんですけど、妻はホントにその場はそんな形で丸め込まれてもいいの?と。

 

とはいえ、共同経営者という立場で支える肝の座り方は最高だったな、フェラーリという男の裏ではこういう人が支えてたんだなぁという面は見ていて清々しかったですね。

本来なら「おかしいだろ!」ってツッコミったくなる関係ですけど。

 

 

最後に

ミレッミリアっていう公道レース、全然聴いたことないなぁと思ってたら、1957年に終了してたんですね。

そのきっかけになったのが本作で描かれたレースだったなんて、見終わって調べて知りましたよ。

 

道理でデ・ポルターゴっていうドライバーのサイドストーリーをやたら挟んできてるなぁと。

彼が信号待ちのフェラーリに挨拶をしたり、テストドライブに顔を出したり、コーナーを曲がる際に相手の車との接触を避けるためにブレーキをかけたことで、フェラーリが腹を立てドライバー後退させられたり、女優の恋人がちょいちょい出てきたり、ミレッミリアの前夜にどう手紙を書けばいいか苦悩してる姿を見せたりなどなど、とにかく彼の物語がフェラーリと同時進行しながら描かれてたわけですよ。

 

その結果が、彼が起こした事故によってギャラリー9人が亡くなってしまうという。

まぁこのシーン、めっちゃCG感のある事故の瞬間だったわけですけど、事故後の姿がまぁ悲惨で。

もげた足が転がってたり、血を流しながら倒れている人たちを思いっきり直視させる映像なんですよね。

これっこうきつかったですね。

直前には車が大好きな少年が食事中家を飛び出してギャラリーに参加してるシーンが挿入され、見事に事故に遭うという悲しい光景が映るわけですよ。

 

これは辛かったなぁ。

でも、レースは死と隣り合わせという言葉が、そういうところでも重くのしかかる、その覚悟をちゃんと持っているというのがフェラーリという男なんだなと。

 

まとめると、音や細部にこだわるマン監督ならではの興奮度MAXなレース展開は見ごたえ抜群ですし、峠や行動を走るシーンの景観は壮観ですし、相変わらず銃声音はバカでかいし、ペネロペ・クルス演じる妻の心に影が満載な暗い表情はじめ、フェラーリにとにかく当たりまくる彼女の演技派フェラーリよりも印象深かったわけで、部分部分を語ればいいところがいっぱいなんですけど、全体的な物語を見ると、正直パッとしなかったなぁというのが主な感想ですかね。

 

僕は彼が映す夜の風景が大好きなんですが、今回はそこまで夜のシーンがなく、夜に始まるレースの始まりも、過去作と比べるとあまり見栄えするというか一目置くようなものではなかったのが残念でした。

 

余談ですけど「私の銃を返して」って言った後におっぱじめるシーンは笑ってしまいましたねw

銃ってそっちのことかよとw

 

いつもより短めの感想ですが、今回の映画を見るにあたり過去作を見返したり、初期作を鑑賞できたことは非常にいい経験になりました。

ザ・クラッカーはホントかっこいい映画なんだって。

というわけで以上!あざっしたっ!!

満足度☆☆☆☆☆★★★★★5/10