ハムネット

「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」
シェイクスピアの四大悲劇のひとつ「ハムレット」の中の有名なセリフです。
父の逝去により王位を継いだ父の弟とすぐさま結婚した母、幽霊となった父が現れ、「弟が私を殺した」と知った途端復讐の鬼と化す息子の物語が「ハムレット」。
ケネス・ブラナーの映画「ハムレット」でしかこの物語に触れてないんですが、このケネス・ブラナーが超ケネス・ブラナーすぎて(カッコつけてるとかナルシストとかで)もう見てられなくてw
舞台の人だから仕方ないんだけど、ほかの映画でもケネスが全面に出てるような「カッコつけ」映画は好きではありませんw
話を元に戻しましょう、今回鑑賞する映画は、この「ハムレット」にまつわる物語。
何故この悲劇が作られたのかを、シェイクスピアの妻とされるアン・ハサウェイ、劇中ではアグネスと呼ぶそうですが、彼女の視点で描かれるとのこと。
アグネスの視点で記された原作も存在するそうで、これをあのクロエ・ジャオ監督が務めるという。
何が楽しみってね、主演が俺のゴリ推し女優ジェシー・バックリーその人だから!!
彼女はいずれ絶対オスカーを獲ります!
もしかしたらハムネットで!!
今回東京国際映画祭にて鑑賞してまいりました!!
作品情報
2020年に発表され、英⼥性⼩説賞・全⽶批評家協会賞を受賞したマギー・オファーレル著の同名小説を、「ノマドランド」でアカデミー賞作品賞を受賞、「エターナルズ」でアメコミ映画の可能性を拡張させたクロエ・ジャオの手によって実写化。
16世紀、イングランドの小さな村を舞台に、ペスト禍に揺れる当時の人々の姿や、アグネスの視点から映し出される夫ウィリアム・シェイクスピアの存在、そして「ハムレット」という戯曲が生まれた背景にある悲劇と愛の物語が描かれる。
スティーブン・スピルバーグやサム・メンデスなどが製作に名を連ねる本作。
クロエ・ジャオ監督は難航していたラストシーンが、主演を務めたジェシー・バックリーから送られた歌詞によってひらめいたことを告白。
監督とキャストの信頼関係の上で生まれたラストは、悲しい物語を書くことの意味を肯定するような結末となったと語る。
シェイクスピアの妻アグネス役には、「ウーマン・トーキング 私たちの選択」、「MEN 同じ顔の男たち」、「ザ・ブライド!」に出演し、本作で第98回アカデミー賞主演女優賞を受賞したジェシー・バックリー。
そしてシェイクスピア役には、「異人たち」「グラディエーターⅡ」のポール・メスカル。
他にも、「ブルータリスト」のジョー・アルウィン、「奇跡の海」のエミリー・ワトソンなどが出演する。
トロント国際映画祭で、ギレルモ・デル・トロの「フランケンシュタイン」などを抑え見事観客賞を受賞した本作。
アカデミー賞作品賞はじめ8部門にノミネートした本作が、私たちをどれだけ感動させるのか注目だ。
あらすじ
16世紀イングランドの小さな村。
薬草の知識を持ち不思議な力を宿したアグネス・シェイクスピア(ジェシー・バックリー)は、作家としてロンドンで活動する夫ウィリアム(ポール・メスカル)が不在のため、3人の子どもたちと暮らしている。
ペスト禍のなかで子どもたちを守り奮闘するアグネスだったが、不運にも11歳の息子ハムネットが命を落とし、家族は深い悲しみに包まれる。(映画.comより抜粋)
感想
#ハムネット 東京国際映画祭にて鑑賞。誰もがみんな幸せなら悲劇なんて生まれないさ。だから世界よもっとこの物語を広めたまえ。
— モンキー🐵@「モンキー的映画のススメ」の人 (@monkey1119) 2025年11月5日
圧巻のジェシー・バックリー。オーバーアクトと紙一重な迫真の演技。息子を失った悲しみ、森の息遣いに同化する姿、そしてラストの表情。
ちゃっかりノアジュプ&弟。 pic.twitter.com/PTlO8BU1z2
ノマドランドほどの感動は感じなかったが、物語に救われていく人たちの姿は感動もの。
森の息遣い、アグネスの叫び、彼らの痛い思いや辛さが、心に残る。
以下、ネタバレします。
まずは原作者の思いを知る。
本作を語る前に原作者のマギーオファーレルさんは、何故ハムレットから着想を得てこのような小説を書いたのかを紐解きたい。
ウィリアム・シェイクスピアは、18歳のときに8歳年上のアン・ハサウェイ(劇中ではアグネスと呼ばれる)と結婚したそうなんですが、2人の結婚に至る背景やアン・ハサウェイに関する記録がないせいか、歴史学者を含む多くの男性学者は「売れ残りの女性が若い男をたぶらかして結婚にもちこんだ」といった、アグネスのことを悪いニュアンスで伝えてきたんだそう。
高校生の時に『ハムレット』に惹かれた少女マギーは、どうしてもこの解釈に疑問を感じたのがおおきなきっかけ。
シェイクスピアの父親は革手袋の生産販売で成功した商人だったが借金を作ってしまい、裕福な暮らしではなかった様子。
映画ではシェイクスピアが父の借金返済のため近所の子供たちにラテン語を教えたり、食事中父に向って借金の件を小馬鹿にしたようなことを言えば平手が飛んでくるなどのシーンが描かれてました。
一方のアンの家族は羊農家として生計を立てていたほか、亡くなった父から受け取った財産もあったこと、それに当時の女性にとって26歳は結婚適齢期だったようで、18歳で手に職のないシェイクスピアよりもアンのほうが結婚に関しては有利な立場にあったのだそう。
また歴史学者たちは、シェイクスピアは家族を故郷に残して単身でロンドンに行ってしまったことに対し、「妻への愛情のなさだ」と解釈したそうですが、実際に彼は家族にお金を送り続け、引退後には故郷に戻って妻と一緒に暮らしたそう。
そうなると、2人の間には、私たちが知らない深いつながりがあったのではないだろうか?と、マギーは、様々な疑問に対するひとつの答えをフィクションにして、この物語を書いたらしいです。
さらに、映画の冒頭で文字表記されるんですが、物語の舞台となるエリザベス朝時代では、どうやら「ハムレットもハムネットも綴りも発音も同じ」だったらしい、さらに全く記録が残っていないシェイクスピアとアグネスの息子が11歳で亡くなったことを、病死なんて当時では「よくあること」として片付けてることに苛立ちを覚えたマギーは、歴史の空白の部分に想像力を働かせ、この物語を完成させたんだそう。
普段原作者が執筆に至った経緯なんて調べもしなかったんですが、タイトルが「ハムレット」ではないことに疑問を持ったことがきっかけで、こうしたエピソードを知ることができました。
まぁ、原作読めって話なんですけど、洋書は一回も読んだことがなくて…w
森の魔女・アグネス
映画は、アグネスとウィリアムとの馴れ初めから、家族を作っていく姿、ウィリアムの苦悩と単身赴任、そしてペスト菌によって病気に苦しむ子供たちの姿と懸命に看病するアグネスの姿、やがて夫婦の間に「悲しみに対する溝」が生まれ、ウィリアムはアグネスのために、そして自分のために「ハムレット」を作ってくという流れになっています。
冒頭、森にある大きな木の下にある穴でうずくまるアグネスは、空を舞う鷹を口笛で呼ぶなどして自然と戯れていた。
そんな鷹匠のごとくふるまう彼女の姿を、シェイクスピアは子供たちにラテン語の授業を教える傍らで見つめていた。
アグネスと出会ったシェイクスピアは、鷹に触れてみたり名前を聞き出そうと距離を縮めるアピールしますが、唇に触れた時に発した一言が彼女の癪に障ったようで、怒らせてしまいます。
しかしながら、森で戯れる彼女に再度近づいたシェイクスピアは、苦手な会話の代わりに「オルフェウス神話」を語るなどしてアピール。
やがて彼の子どもを身ごもったアグネスは、継母に追い出され、弟の仲介のもとシェイクスピア家に嫁ぎに行くのであります。
このアグネス、恐らく実際にそうだったわけではなくフィクションの範疇だと思うんですが、非常に不思議なキャラクターでした。
どうも、一族に伝わる習わしで、やたら薬草に詳しいという設定。
母から教わった薬草を、よくわからんまじないを唱えながらこしらえる姿が映ったり、それを子供たちに教える姿が描かれます。
ヨモギをシェイクスピアのおでこの傷口に塗ったり、子供たちと草をこねこねしながら「これはローズマリーの香り」などとあてっこする姿が印象的です。
これは「九つの薬草の呪文」というアングロサクソンイングランドに伝わる呪文だそう。
また「ハムレット」にも薬草や鷹に言及する部分があるらしく、なぜシェイクスピアはその方面に詳しいのかという疑問を、「それは彼の妻が詳しかったから」という一つの答えとして本作で提示してるのが面白いところ。
アグネスはほかにも、森の声を聴けるような姿もしばしば。
風がざわめくと何か悪いことが起こるのではと察し、子供たちを外から出さないよう命じたり、子供が生まれそうな際は、一人森に行って一人で生むというシーンまで。
二人目の子どもは双子なんですが、堤防が決壊して外に出れない状況の中、森へ行って産もうとするなど、常人では理解できない行動もするなど、常人離れな人でもあります。
シェイクスピアに対しても、彼の心の奥が見えるようで、大きな穴があるとか語ってましたね。
予知能力のようなものなんでしょうか、実際この「穴」が最後まで見てくとなんとなくわかってくると思うので、それが何だったのか色々考えてみてもいいと思います。
僕は「先見の明」みたいなものなのではと思ってますけどね。
本作で一番素晴らしかったのは、このアグネスを演じたジェシー・バックリーです。
冒頭でも書いた通り僕が大好きな女優でして。
正直尋常離れの美人というタイプではなく、田舎がよく似合う女優といいますかw
笑った時は思いっきり口が曲がるような顔立ちなんですけど、とにかく愛嬌が良い。
「ワイルド・ローズ」の彼女なんて超最高です。
また妙に艶のある表情もするのがいいんです。
本作で言えば、冒頭でのうずくまっている表情、妙に艶っぽかったです。
そんなジェシーが今回は、「産みの苦しみ」、「喪失の苦しみ」、「夫とのすれ違いによる苦しみ」と様々な苦しい姿を表現しています。
色んな女優さんが出産シーンを演じてると思いますけど、どこか違う。
例えば今回双子を産むんですけど、さっきも言ったように「森で産みたい」んです。
だから這いつくばってでも外に出たい、だけど義母たちがそれを阻止するんです。
彼女的には家で産むとろくなことが起きないというお告げでもあったのか、そうした抵抗から産まざるを得ない状況に苦悩する表情を、何か憑りつかれでもしたのかというほど発狂しながら演じてるんですね。
いきむ声も魂の叫びのような声でしたし、一人目を産んで時間差で二人目を産もうとするときも、えげつない声と真っ赤な顔をして演じてましたね。
多分このシーン、結構長回しでやっていて産んでからの落ち着き具合とか、そう簡単に切り替えられんだろというくらい、いとも簡単に切り替えてましたね。
さらにジュリアスがペストにかかってしまった時の看病も、「絶対に死なせない!」という母の強い思いがあふれていたように思えます。
色んな薬草を飲ませたり、ゼリー状にしたものを飲ませたりと、なかなか口に含んでくれないジュリアスに懸命に「お願いだから飲んで…!!」と今にも泣きそうな顔で、神に祈るような表情で子供を見つめる彼女を見て、心が動かないわけがない。
アグネスが看病でぐったりしている中、心配したハムネットが「死神に気づかれないように入れ替わる」とジュリアスが寝ていた場所に自分が寝てしまう。
翌朝ハッとして目覚めたアグネスは、ジュリアスが元気になっていたことに喜びますが、その代わり今度はハムネットが苦しみだすという一難去ってまた一難の状態。
こっちはもうジュリアスの比ではないくらいハムネットが苦しむので、もっと必死です。
なんでって、水も薬草もゼリーも全く飲んでくれない、ただただ苦しくて叫ぶ我が子に、これまで発揮してきた力も機能しない。
ぎゅっと抱きしめて苦しみを和らげることでしかできない。
正直中盤は、泣き叫ぶ姿を寄って撮影してるせいで、若干オーバーアクト、というよりは撮影に工夫をしてほしかった印象がありましたが、この迫真の演技を見ればきっと心がざわつくと思います。
それからというもの、魂が抜けたような表情で暮らすアグネス。
ハムネットが亡くなったというのに、ロンドンへ戻らなければならない夫に怒りをぶつける始末。
気持ちはわかる。最愛の息子だぞ、あんたがハムネットに「男なら勇気をもって家族を守れ」と言ったんだぞ、そんな優しい子が妹を守って命を落としたんだぞ、なんだそのそっけない態度は、仕事のせいにすんのか、あ?
久々に夫が帰ってきても、ルビーのついたブレスレットを土産に買ってきても、そっけない態度。
もちろん夫を怒ってるのはなく、未だ喪失感をぬぐうことができない。
序盤でのはつらつとした、天真爛漫で無邪気な表情はもはやなく、ジェシーだからこそできる感情のふり幅が現れた作品だったと思います。
女性として、妻として、そして母としての佇まいとその都度訪れる感情を、惜しみなく発揮したジェシー・バックリーなしでは描けない物語とも言えるでしょう。
何故悲劇を描いたのか。
後半はアグネスに黙って、息子と同じ名前の戯曲「ハムレット」を上演。
夫に会いに弟と共にロンドンへやってきたアグネスは、そのチラシを見て憤慨する。
死んだ息子の名前を付けるなんてどうかしてる、いったい何を考えてるのか。
公演を覗きにやってきた二人は、父であるハムレット王の息子ハムレットの姿を見て、思わず声を荒げてしまう。
そんな息子の前に、シェイクスピア自身が父の幽霊役として現れる。
まさかハムネットの身代わりを彼が演じてるのか?
それに気づいた途端、アグネスは息を潜め劇に没頭する。
全ての黒幕である叔父は、手下にハムレットとフェンシングの試合を命じ、毒を塗った剣でハムレットに攻撃をする。
試合に勝ったものの、オフィーリアは毒を飲んで命を落とし、さらに自分にも命の危険を感じたハムレットは、叔父を一刺しする。
息も絶え絶えに最後の言葉を語るハムレットに、アグネスは客席から手を差し伸べる。
やがて観客も同じように手尾を伸ばし、悲劇を観劇しながら、そこにいるすべての人たちが救われていく。
ぶっちゃけて言うと、めちゃめちゃ感動した…わけではなく、少々ぽか~んとしちゃったんですよねw
もちろん誰もいない舞台で彷徨うハムネットの姿を時折挟みながら劇が進んでいくので、アグネスはハムレットに自身の息子を重ねてみていたに違いない。
そして夫もまた、序盤でアグネスに伝えた通り、会話よりも「物語」を語った方が伝わると思っていた。
だからこの悲劇を通じて、決して悲しんでなんかいないわけじゃない、自分の中にもアグネスと同じくらい辛く、悲しい思いでいっぱいだと。
何度も「読み上げるのではなく、語るのだ」と演者にセリフの指導するも、どこか思い悩むシェイクスピアが渾身の思いで書き上げたハムレットは、気づけばアグネスだけでなく観衆全員の悲痛な思いを浄化させるほど魅力的ものとなっていました。
ハムレット自体よくわかってない俺ですが、いわゆる復讐劇としてこれまで語られてきた悲劇「ハムレット」を、こういう視点で見せると最後の言葉「あとは沈黙」の意味が、変わってくるのかもしれません。
また、この世でないどこか(舞台の仮設の森だと思いますが)で彷徨うハムネットが、最後振り返って森の奥へ進むかのような閉じ方は、冒頭でシェイクスピアが語った「オルフェウス神話」に基づく姿だったのかもしれません。
このように解釈できたものの、なぜか心に響かなかった本作。
今思い返せばノマドランドでもザ・ライダーを見た時も、実はそんな感じだったことを思い出す。
頭で理解はできるものの、心で受け止めることができない、それが俺にとってのクロエ・ジャオなのかもしれない…。
最後に
ハムレットの劇を見て、そしてエンドロールを見て驚く。
この劇の主人公ハムレットを演じたのは、「フォードVSフェラーリ」や「クワイエット・プレイス」などで見事な演技を披露した子役のノア・ジュプ君でした。
だいぶ大人になったなぁ、子役あがりは大成しないっていうけど、ちゃんとこういう映画で爪痕残してんだよなぁ。
そんな、まるでお盆休みにしかあえない従弟たちの成長にほくそ笑む叔父の如く眺めていたわけです。
ですが、エンドロールで彼と同じ苗字の子がひとり。
ジュプなんてめずらしいですからね、思わず鑑賞後に海外サイトで調べましたよ。
なんと、ハムネットを演じたのは、ノア・ジュプ君の弟ジャコビ君だったんです。
弟が演じたハムネット、ハムレットを演じた兄。
もうこれは意図的です。
ハムネットが死に、ハムレットが生まれる。
そんな冒頭の文字の裏には、こうした意図的な配役もあったわけです。
またラストでは映画「メッセージ」でも使われたマックス・リヒターの曲「On the Nature of Daylight」が流れます。
恐らくこの曲は「メッセージ」と同様、死は永遠であり、価値のあるものだと伝えるための選曲なのではないでしょうか。
何故物語は作られるのか。
それはもしかしたら誰かを救う価値のあるものだからかもしれないし、それは時に作り手にも同じことが言えるのかもしれない。
僕らが映画に惹かれるのも、どこかで「救われたい」という気持ちが理由だったりするのかもしれません。
本作にもし、アグネスのように悲しみに暮れる人を救う力があるのなら、ぜひもっと世界に広まってほしい映画ですね。
ただごめんなさい、最後はぽか~んとしちゃったんです…。
というわけで以上っ!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆★★★★6/10

