マチネの終わりに
「出会ってしまった事実は、なかったことにはできない」
中々こんなこと口にするような大恋愛をしたことのない私モンキーが、今回鑑賞した映画は、久々の大人のラブストーリーです。
いきなりなんですけど、洋邦問わず、ここ最近大作級の恋愛映画、なくないですか?
もしかしたら僕が興味なくてスルーしてるだけかもしれないんですけど、今作を見るにあたって、久しく見てないなぁってことに気付きまして。
いわゆるキラキラ映画とかは「センセイ君主」以降見てないですし、中高生が登場人物の恋愛モノになると、青春の要素が色濃く出てる気がして、恋愛のみの映画ってホント手を出してないなぁと。
洋画でも恋愛映画はヤングアダルト系ばかりが公開されてるイメージで、それしか見てない気もして。
ぶっちゃけ僕も結構な大人なので、こういう世代の恋愛映画も噛みしめなきゃいけないんだよなぁ、なんて、今更ながら感じております。
今回の映画、世界の風景をバックにしてる感じとか、佇まいとか切ない表情、悲哀さとか悲恋っぽいところが、なんとなくですけど90年代の大人のラブストーリーっぽく見えません?
今の時代っぽくない質感とか。
というか設定が「ビフォア~」シリーズ想像してしまう・・・。
その辺はきっと監督の作風から意識してるのかなぁ、って勝手に想像しております。
とにかく、肌寒くなるこの季節ぴったりの大人のロマンス映画、早速鑑賞してまいりました!!
作品情報
パリ、ニューヨーク、東京の情緒あふれる三つの街を舞台に、人生半ばを迎える二人の男女の出会いと葛藤、抑えきれない愛を描いた恋愛映画。
芥川賞作家・平野啓一郎が、ラブストーリーでありながら、人生の苦悩や世界で巻き起こっている分断や対立といった、社会的な部分も取り入れ、登場人物の心情の変化を緻密に描くことで、6年に渡る物語を濃密なものにさせた代表作を映画化。
惹かれあっているにもかかわらず、二人の間を「運命」が遠ざけていく。
情熱と現実のはざまで揺れ動く、二人の愛の行方は。
音楽家とジャーナリストのたった三度の出会いがもたらす、切なくも美しい愛の物語です。
あらすじ
世界的クラシックギタリストの萌野聡史(福山雅治)は、公演の後、パリの通信社に勤務するジャーナリスト・小峰洋子(石田ゆり子)に出会う。
ともに四十代という、独特で繊細な年齢を迎えていた。
出会った瞬間から、強く惹かれあい、心を通わせた2人。
洋子には婚約者がいることを知りながらも、高まる想いを抑えきれない萌野は、洋子への愛を告げる。
しかし、それぞれを取り巻く目まぐるしい現実に向き合う中で、萌野と洋子の間に思わぬ障害が生じ、二人の想いは決定的にすれ違ってしまう。
互いへの感情を心にしまったまま、別々の道を歩む2人がたどり着いた、愛の結末とは——(HPより抜粋)
監督
今作を手掛けるのは、西谷弘。
主演の福山雅治とのタッグで複数のヒット作を手掛けてきた監督。
僕のイメージとしては、ヨーロッパの名画を現代的に取り入れているような作風、切ない心情をパッケージした映像と物語性、そして海外ロケw、って感じです。
フジテレビの社員さんてことで、これまで福山雅治と織田裕二を主演にした、社運をかけた作品が結構あるなぁってのも特徴でしょうか。
そんな彼の代表作をサクッとご紹介。
フジテレビのドラマ部で数々の作品を手掛けた実績を買われ、県庁のキャリア公務員が、三流スーパーで様々な違いを肌で感じることで、本当に大切なことを学んでいく「県庁の星」で監督デビュー。
その後も、冴えない人生を送る天才数学者の無償の愛故のトリックに、天才物理学者の主人公が挑む頭脳戦を描くと共に、犯人の切ない心情が深い余韻を残す「容疑者Xの献身」や、開発計画に揺れる海辺の町を舞台に、殺人事件に隠された悲しい過去と切ない人間模様を描いた「真夏の方程式」といった、大ヒットTVドラマ「ガリレオ」の劇場版を務めたことで有名に。
また、イタリアの世界遺産を舞台に、少女誘拐事件の解決に奔走する一人の外交官の活躍を壮大なスケールで描いた「アマルフィ 女神の報酬」、スペインを舞台に、インターポールの捜査官とともに巨大な国際犯罪に立ち向かうことになる外交官の姿を描いた「アンダルシア 女神の報復」など、「踊る大捜査線」シリーズの織田裕二が、新たなキャラを確立した作品にも一役買っています。
最近では、互いに妻と夫をもちながらも不倫を重ねる男女の情事と運命を描き、話題を呼んだTVドラマのその後を綴った「昼顔」も手掛けています。
どれもドラマと映画で差別化を図っているかのような作風が印象的な監督です。
登場人物紹介
- 蒔野聡史(福山雅治)・・・世界的なクラシックギタリスト。若くして国内外で認められる演奏家となったが、デビュー20周年を迎えた今、自分の音楽を見失い苦悩する。
- 小峰洋子(石田ゆり子)・・・パリの通信社に勤務するジャーナリスト。知性と正義感を持った優秀な記者で、繊細な感性を併せ持つ。日系アメリカ人の婚約者がいる。
- リチャード新藤(伊勢谷友介)・・・洋子の婚約者。アメリカで経済学者として活躍。結婚のため、洋子をニューヨークへと誘う。
- 三谷早苗(桜井ユキ)・・・萌野のマネージャー。仕事を越え、萌野が生み出す音楽と才能に入れ込む。
- 中村奏(木南晴夏)・・・祖父江の娘。幼いころから萌野を知る。結婚後も、一人で暮らす父を気にかけている。
- 小峰信子(風吹ジュン)・・・長崎に住む洋子の母。世界的に有名な映画監督であるイェルコ・ソリッチの妻。
- 是永慶子(板谷由夏)・・・萌野を担当するジュピターレコードの社員。古くからの友人である洋子を萌野のコンサートへ誘う。
- 祖父江誠一(古谷一行)・・・萌野の師である、クラシックギター界の巨匠。萌野が十代の頃から、その才能を高く評価し、弟子に迎える。(以上HPより)
独身四十代の恋。
仕事のキャリアも積み、責任や負担が大きく重なる一方で、生活の自由度も高くなる年代なのかな、と想像してしまいますが、その中で二人がどんな恋愛をし、運命に翻弄されるのか。
ここから鑑賞後の感想です!!!
感想
未来が過去を変える。
すれ違いの恋愛描写がベタな展開だけど、小説を読んでいるかのような心地よさが残るラブストーリーでした!
以下、核心に触れずネタバレします。
人生を貫通するほどの影響を及ぼすほど恋しい人。
加齢によってキャリアの壁にぶつかるクラシックギタリストの前に安らぎを与える女性ジャーナリストとの、6年間計3回に及ぶ出会いと告白とすれ違いの恋愛模様を、ごくありふれた展開ではあるものの、純文学ならではの美しく哲学的なセリフと、水を打つような静寂にそっと寄り添うように流れるクラシックギターの劇伴、3つの都市の彩り溢れる季節の情景によって描かれ、絵画を切り取ったような映像の数々が上質な大人の恋愛を醸し出し、儚さと美しさに心奪われる作品でありました。
正直誰にも共感しないし、どこにも感情移入しない映画ではありましたが、作品全体という大まかな部分から、ギターを抑える指の震えといった細部に至るまで、上品な大人の映画だったなぁという印象を受けました。
エピソードの導入部分とか、ごく些細な会話だったりするんですよね。
「新幹線で出会った音楽評論家」の話や、「祖母の死因が自分の大切な記憶」だった話、「20歳の新鋭ギタリスト」の件などなど、入り口は大した話じゃないのに、どんどん蒔野の考えてることや価値観といった人物像にフォーカスしていって、それを上手に返す洋子とのやりとりから、やがて他者との関わりがどれだけ自分を鼓舞する存在であるのか、とか、人生を生きる上でこれ以上の意味はないんじゃないか、みたいな、どれもステキなセリフが散りばめられていて、小説を読んでいるような気分でした。
代表的な言葉で言えば、「未来は過去を変えられる」という人生観。
洋子は祖母の葬儀のために帰省し、そのついでで蒔野のコンサートに赴く形となったんですが、参加した打ち上げの席で、なぜ祖母が亡くなったのかを語るんですね。
幼少の頃自分がいつも台にして遊んでいた大きな石に、頭をぶつけたことが死因だったことを告げるんですけど、その話を横で聞いていた蒔野は、これまで大切にしていた思い出が、祖母の死によって全く別の記憶としてすり替わってしまった、だから何とも言えない気持ちになっているのではないか、と言及するんです。
過去として記憶していた物事が、時を経て別の過去に変わる。
良いことであれ悪いことであれ、記憶という概念も様々な時間の経過によって、生まれ変わるのではないか、と。
下手なたとえで言うと、今まで嫌いだったピーマンが歳を重ねて食べられることで、あれだけお母さんに食べさせられた苦痛の日々も、いい思い出として記憶されるんじゃないか、と。
下手だなぁw
まぁこの「未来は過去を変えられる」という言葉が、物語の根幹を捉えていた言葉だったように思えます。
他にも、なぜジャーナリストになったのかを問われた洋子のシーン。
特に理由もなく始めた仕事ではあったものの、パリ生活の目の前で起きたテロを通じて、自分の人生を貫通するような出来事がジャーナリストとしてのやりがいであると同時に、時にそれは銃弾に形を変えて貫通することもあるという恐ろしさを感じた、みたいなことを語るんですね。
それに対し蒔野は、突然の告白をしだし、あなたと出会ってしまった事実は変えることはできない、あなたは僕の人生を貫通した、いやまだ心に埋もれたままだ、みたいな返しをするんですね。
僕もまぁそこそこの年齢ですけど、こんなうまい返ししたり、詩的なでインテリジェンスな会話できませんよw
告白の時も、あなたが死んだら僕も死ぬ、あなたが自殺したら僕も後を追うって蒔野が言うんですけど、そんな大胆なこと福山雅治だから成立するんだよなぁ。。。と、自分の顔の醜さを恨んだくらいw
俺も言っていいなら言うわw
まぁこの後にそれがどういう意味を意図したものなのかをちゃんと付け加えることで、すごく小説的な形になるんですけどね。
あとね、洋子の同僚がケガした見舞いで洋子の家を訪れるシーン。
彼女のために、人を笑顔にする1番の方法ってなんだかわかります?って質問した後にポトフを作ったり、それでもゴキゲン斜めだったので、じゃあ2番目は?ってことでギターを演奏して心に安らぎとぬくもりを与えるんですね。
こうして誰かの心に影響を与えることができた蒔野だったんですが、その日のコンサートは洋子が来ていないことがきっかけで、演奏中どんどん暗闇の中へ入ってしまい静寂に押しつぶされそうになって、途中で演奏を辞めてしまうという失態を犯してしまうんです。
ここに関しては「ライブ演奏あるある」でもあるんですけど、キャリア初めの頃って、オーディエンスが応援しようが聞いてなかろうが、俺の歌を聞け!って一方的な思いと若さみなぎるがむしゃらなやり方で、全然平気だったんですけど、いつからかキャリアを積んでお客さんも入るようになってくると、オーディエンスの顔色を窺って身動き取れなくなる時があるんですよ。
歌に演奏に集中しなきゃいけないのに、自分の前にはその歌を黙って聞いている人がいるってビジョンが目に飛び込んでくると、あれ?ちゃんと伝わってるかな?今日のおれの歌ダメなのかな…みたいな雑念が生まれてしまって、歌詞が飛んでしまう、いつものペースで演奏できなくなるってことがあるんですよ。
蒔野くらいの年齢と人気とキャリアから考えると、よほどの余裕があると思うんですけど、その開いた隙間に様々な雑念が生まれるんですよね。
尚且つ加齢による衰えなんかも加わって、色々悩んでしまいがちになったり、疲労が取れなかったり、新しい何かを生み出そうとしても生み出せないジレンマに苛まれて、みたいな。
話が逸れちゃいましたけど、その日そういう出来事があって凹んでいたわけです。
また、リハで挨拶した20歳のクラシックギタリストに握手を求めた際、「あなたの事は知ってます」で終わってしまったことにも触れ、世界的に活躍してる自分が、20歳近く離れた同業者に褒めもされず貶すこともされないことに深く傷ついてしまうんですね。
影響力を与えるクリエイターであるはずなのに、影響を与えてないってことは孤独に等しいんじゃないかと。
消沈している蒔野に対し、洋子は今日のように誰かの心を癒す役目を果たしているあなたは、決して影響力の無い人ではない、現にテロで恐怖に捉われていた自分はあなたの弾くバッハで救われた、そして今自分の人生に多大な影響を与えている、みたいなことを語るんですね。
こういうやりとりって、ガキンチョたちが勢いでするような恋愛でなくて、その人となりを見極めるであろう言葉のチョイスや語り口の妙、または二人の思想を共有することで建設的に気持ちを高めていく姿が、マジ大人!って感じで、高い経験値のある二人だからこそ、切なく儚く美しいラブストーリーだったんだなぁって、スクリーンを見つめながら思いました。
恋愛はタイミングだよなぁ。
突然ですが、いつだったか「グータンヌーボ2」で田中みな実が、3回デートして恋愛が発展しなければ、相手とは脈がない、みたいなことを言っていたんですね。
その場その場は楽しいけれど、互いが次のステップへ踏み込むことが出来なけれれば、このままズルズル引きずってデートを繰り返しても、万が一結ばれるようなことがあったとしても、必ず相手とのタイミングのズレが予期せぬすれ違いを生むことになるだろうから、それ以上の付き合いはしない、みたいな。
何というかすごく理にかなった恋愛論だなぁって、この時自分は見ていて思ってたんですけど、今回の映画もそんな「タイミング」がポイントなラブストーリーだったなぁと。
仕事に悩んだとき、その穴を埋めるモノが異性だとしたら、パリだろうがニューヨークだろうが追いかけてしまう衝動も、規模は違えどあったりしますし、それが時に依存してしまう時だってあります。
蒔野が音楽活動を辞めた理由はギターが嫌になったから、と随分と我儘なこといってましたけど、あの時の彼はきっと明確に辞めたい理由を噤んでいたか、ぼんやりとあるけどそれがなんなのかわからなかったのか、見えそうで見えない部分でしたけど、結果的に理由は洋子への想いだったわけですよね。
だから2回目の再会での告白は、自分の人生を歩んでいく上での避けて通れないポイントだったと思うんです。
洋子と出会ってからは過去は現実でのものでなくなったとまで言ってましたから、その過去を現実するには彼女の存在は不可欠だと。
何でしょう絶妙のタイミングとでもいいましょうか。
でも運命はいたずらに歯車を狂わせていくわけで、第3者が邪魔をしてしまう流れに。
振り返ってみればあのマネージャーの出会いの制止、結果的には2人の糸をさらに強めるような出来事にも思えましたけど、あれはやろうとしてる人がいたらやっちゃいけんよ~w
マネージャー視点でこの物語の根幹である「未来は過去を変えられる」に当てはめて考えてみると、彼女はこれまでの過去は素晴らしかったんだと思います。
人生の目的である蒔野に携わることで蒔野のキャリアも順風満帆になり、常にそばにいられるオプションまでついてくる。
いつの日か彼が自分の献身的サポートに恋心が生まれたら、なんて期待もあったんでしょう。
だから彼女は過去よりも未来のことばかり考えていたように思えます。
でも気づくんですよね、蒔野のアーティストとして一人の愛した男として、彼の未来のために過去を変えようと。
あの時自分がしてしまったいたずらは、二人の中でしこりの残る嫌な出来事になってしまったけど、自分が彼らの未来を案じて過去を変えてやろうと。
そうすれば未来も過去も変えられると。
贖罪とは違う気がするけど、後ろめたさあっての行動でしたよね。
まぁだいぶ身勝手なやり口ですし、こういうずる賢い女は地獄に墜ちろ!って思いますけどw
え~と、話を戻すとですね、二人は絶好のタイミングで再会し、幸せな道を歩んでいくことでしょう。
一度はすれ違ってしまったものの、第3者の過去の修復によって、3度目の出会いで心に誓った気持ちのまま再会するわけですから。
ということで、デートは3回目でどうなるか決まる、って説は、この映画から見ても有力だなとww
最後に
全体的には結構古いタイプのお話でしたよね。
それこそトレンディドラマのような上っ面だけの切なく美しい恋愛劇。
邪魔者の存在によって運命を狂わされるあたりなんか「東京ラブストーリー」そのものでしたよねw
あれは結ばれないけどw
普通にあそこでメールでなくて電話すりゃいいじゃん、とか、いくらテロだからって蒔野が心配してます、連絡くださいって内容のメール連発してるのに無視してしまう洋子ってなんなん!?とか、すれ違わないような連絡手段はやり方次第でできるし、なんなら待つんでなく行けや!と、ヤキモキする箇所もありました。
未来で過去は変えられる、という言葉。
やってしまったことや物事自体は変えることはできないし、消すこともできないけど、捉え方や気の持ちようは変えられます。
哀しかったことが笑い話になるし、笑ってたことが何時しか笑えないことにもなる。
これから楽しく生きていくために正しく生きていくために、必要な行為なのかもしれませんし、そういう気持ちが新しい自分を生むきっかけになるかもしれない。
表面的には大人のラブストーリーで、デートは3回目で決める説も含まれたように思えて、一番大事な部分はここ、なのかもしれません。
肌寒くなる秋の季節にピッタリのラブストーリー。
2人の行く末以外にも目を向けると面白いかもしれませんね。
で、マチネって結局どういう意味??
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆★★★★★5/10