モンキー的映画のススメ

モンキー的映画のススメ

新作映画ばかり見ないで、旧作映画も見ようね。楽しいぞ。

映画「Michael/マイケル」感想ネタバレあり解説 親父と目合わせないで決別って・・・。

Michael/マイケル

基本ロックバンドが好き故、そこまで掘ってこなかったマイケル・ジャクソン

とんねるずがパロったBAD、MY LITTLE LOVERの「アリス」のイントロが思いっきりBlack and whiteだったこと(これに関してはSMAPの「This is Love」のほうがひどいw)、空耳アワーの「パン 茶 宿直」をアホみたいに繰り返して笑い転げたSmoth Criminalと、小中高時代の僕とマイケルとの関わりはこんなものです。

 

ちゃんと音楽を聴かなきゃとなっても、結局ビリー・ジーンやビート・イットといった超有名曲程度で終わってしまっていたし、ネバーランドや鼻の整形やどんどん白人化していくセレブリティと、楽曲やパフォーマンス以外のことばかりが報じられていて、興味はそっちばかりでしたね。

 

実際言われていた疑惑等も深堀するほどでもない、ワイドショーの格好のネタとして消費していたし、スマスマに特別ゲストとして出演した時もSMAPほどのリアクションをした記憶もなく、気が付けば亡くなっていた。

 

この興味の薄さを見てお分かりの通り「THIS IS IT」も観てないし、追悼アルバムもベストアルバムもこれと言って聞いてない。

でも、なぜかジャスティン・ティンバーレイクと収録した「Love Never Felt So Good」はめちゃくちゃ聴いたなぁ。

 

そんなキング・オブ・ポップの伝記映画。

ボヘミアン・ラプソディロケットマンエルヴィス、そして名もなき者と偉大なアーティストの音楽映画は余すことなく見てまいりましたが、ご覧の通りそこまで気持ちが乗ってませんw

果たして俺は楽しめるのか!?

早速鑑賞してまいりました!!

 

 

作品情報

人類史上最も売れたアルバム『スリラー』を生み出し、ムーンウォークをはじめとした革新的なダンスで、今なお世界中のアーティストに影響を与え続けている奇跡の存在、マイケル・ジャクソンの成功と孤独に悩む姿を、「ボヘミアン・ラプソディ」を製作したグレアム・キングと、「イコライザー」や「トレーニング・デイ」のアントワン・フークア監督の手によって実写映画化。

 

父の教育により小さいころから歌手として活動しキング・オブ・ポップの称号を手に入れたマイケル・ジャクソンの、栄光と孤独、呪縛など、一人ではたどり着けなかった成功の光と影を、数々のヒット曲をパフォーマンスする姿を映しながら軌跡を描く伝記ドラマ。

 

2019年から始まった本作のプロジェクト。

マイケルの遺族や顧問弁護士らが製作に加わり、俳優ストライキでの遅延を経てようやく完成。しかしマイケルの児童虐待疑惑が描かれる第3幕が、和解した被害者の父との契約条項に触れることは発覚し、再撮影せざるを得なくなるトラブルが発生。

紆余曲折を経てようやく完成した本作は、瞬く間に世界中で大ヒットを放ち、続編製作決定までプロジェクトが進行している。

 

そんな爆発的ヒットを遂げた本作の主人公マイケルの役を、彼の甥であるジャファー・ジャクソンが熱演。

マイケルが発明したパフォーマンスや歌唱力はもちろん、誰にでも愛を注ぐ優しい表情など細部に至るまで彼の遺伝子を感じる演技を見せている。

 

ほかにも、マイケルの父ジョセフ役に、「シンシン/SING SING」、「ランニング・マン」のコールマン・ドミンゴ、母キャサリン役に「ボーイズン・ザ・フッド」「サーチ2」のニア・ロング、マイケルの弁護士ジョン・ブランカ役に、「セッション」「トップガン:マーヴェリック」のマイルズ・テラー、CBSレコード社長ウォルター・イエトニコフ役に、「ボヘミアン・ラプソディ」のマイク・マイヤーズなどが出演する。

 

この世を去っても尚輝き続けるマイケル。

彼が歩んだ伝説が今、幕を開ける。

 

 

 

 

あらすじ

 

圧倒的な歌唱力と革新的なダンスパフォーマンスで、アーティストの枠を超え、全世界的なアイコンとなった“キング・オブ・ポップ”=マイケル・ジャクソン(ジャファー・ジャクソン)。

 

彼は幼いころから兄弟と共に歌い続けていた。

製鉄所で働く父・ジョセフ(コールマン・ドミンゴ)は野心家で、「人生は勝つか負けるかだ」と言い放ち、息子たちに厳しいレッスンを課し、兄弟グループ“ジャクソン5”としてデビューさせた。


彼らをみた聴衆は誰しもマイケルの圧倒的な歌声に酔いしれた。

評判は広まり、ステージからステージへ人気は急上昇、モータウン・レコードと契約し、スターダムを駆け上がっていく。

 

しかし、喝采の裏で彼はまだ一人の少年だった。

孤独と重圧の中、唯一無条件の愛で支え続けたのが母・キャサリン(ニア・ロング)だった。


やがて青年となったマイケルに運命の出会いが訪れる。

音楽史にその名を刻む名プロデューサー、クインシー・ジョーンズ。

 

彼との出会いによってマイケルはグループの枠を超え、ソロアーティストとして前人未踏の音楽的創造性を爆発させていく。

『オフ・ザ・ウォール』『スリラー』、歴史的メガヒットアルバムと名曲の数々を生み出し、全世界の寵児となっていくマイケル。

 

しかし、その栄光の裏には、早熟の天才ゆえの孤独感、強権的な父親の呪縛、家族への愛と自分の中に溢れるビジョンとの間で葛藤する一人の人間の姿があった…

 

そして今、音楽史を塗り替える存在——“キング・オブ・ポップ”伝説誕生の瞬間へ。(公式より抜粋)

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感想

兄弟は置物扱い、親父と目を合わせずに決別。

それで独り立ちするって物語はおかしいでしょう。

映像のプレイリストにオーディエンスのリアクションを何度も差し込む。

こうすれば「神を崇めたくなる」って演出、気持ち悪いです。

以下、ネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんとにこれでよかったの?

冒頭で触れたとおり、マイケルジャクソンに対しては割とフラットな思いを持っていたものの、どうしても邪念を持ってみてしまう映画だった。

 

いきなり天才的な才能を持ってるのに虐待されてしまう、観てられないオープニング。

もうこの時点で親父と目を合わせてないじゃないか。

 

そうかこの映画は、絶対に逆らえない親父からマイケルがどうやって脱却していくかを焦点にしてるんだな。

意図的な演出からテーマを見出した俺でしたが、その後も一向に親父と目を合わさないし、なんなら一人ベルトで叩かれても親父に反発しない家族たちに違和感。

 

ひと昔、いやふた昔前のアメリカの貧困層って、どこも家父長制に縛られた生活を送っていたんだろうけど、それこそ「スプリングスティーン」の映画でもそうだったけど、本当に親父には逆らえなかったんだろうなと。

 

スパルタ特訓の末、徐々にステージもオーディエンスもグレードアップしてTVショーにも出演するほどビッグになっていくマイケルと兄弟たち。

DV親父はいやだけど、プロモーター、マネージャーとしては腕があったんだろうかとも思える序盤。

 

ここからどうしてマイケルはソロでやってみたいと思うようになるんだろう、何かきっかけはあったんだろうか、そんなことを思ってたらいきなり78年にワープ。

どうやってコネクションができたのかもわからずクインシージョーンズと「俺ソロやりたい、親父には説得する」とか始まって俺困惑。

 

そこすっ飛ばすんですか!?

何つうか、さっき言った「ソロへの思い」に通じるブリッジみたいなものが全くないんですけど。

これ酷すぎません?

 

とりあえずそこは目を瞑って物語を見つめることに専念しましたよ。

やはり冒頭の意図的な演出は正しく、ソロをやりたくても親父に言えないマイケルがここで露呈してくる。

 

子供のころからピーターパンやオズの魔法使いを読みまくってる姿は可愛らしいと言えばそれまでだが、やがてネバーランドなる子どもたちだけの国を作ってしまうマイケルの一般的な思考では考えられない異常性の断片みたいなものがあそこにはあるわけですよ。

 

で、親父に逆らえないことや、小児科の子供たちを懇意にしたり、決して言語を話すことのできない動物たちを「友達」と言い切ってしまうあたりから読み取れるのは、大人になったマイケルは子どものままだということですよ。

 

こうした背景が後にあの疑惑を生むことになるのか。

ワイドショーで散々映っていたマイケルを見て大人になった俺は、やっぱりこの映画を意地悪く見ていたんですよ。

まぁそれの是非は本作には無関係ですと言いたいけど、でもやっぱりああいう終わり方をしてしまった、本当に最後まで目を合わせなかったのかどうかは知らんけど、あれを見るなり、やっぱり「ソロで活動する」=親離れ=大人になるという図式の割には、あまりにも雑というか、それ、向き合ってないじゃんって。

 

結局彼は良くない親離れをしてしまったのではないかと思わざるを得ない結末を描いてるよなぁと。

で、それは映画的にも面白みに欠ける描き方になっていて、俺が冒頭の演出を見て、マイケルがどう乗り越えて一歩踏み出すか=親父と目を合わせ、面と向かって「もうあんたの下で働かない」と言えるのかって構成になってないのが、もうつまんないわけですよ。

 

ガツンと来ないよねぇ。

ボヘミアンラプソディのプロデューサーが製作ってことは、きっといくつかのターニングポイントを抑えながらあの名曲の裏側を覗かせ、最後はパフォーマンスで観衆をぶち上げてくれるんだろう。

良くも悪くもボラプにはその「ガツンと来るチカラ」が映画に備わっていたから俺は大好きなんだけど、マイケルにはどうしてもそれが見当たらなかったのもつまらなかった理由。

 

まず全体的に大人しいんですよこの映画。

ジャクソン5の名曲たちを歌う姿を見ても、ビリージーンのパフォーマンスを見ても、ビートイットの振り付けを見ても、スリラーのMV風景を見ても、そしてヴィクトリーツアーからのBADパフォーマンスを見ても、なんかワクワクしないんですよね。

 

なんつうか、「へぇ~!」とならない。

これまたボヘミアンラプソディと比較しちゃうんだけど、We willl rock youのドンドンパンの件とか、ボラプができるまでのワチャワチャ感みたいな、なるほど!とかうわ楽しそう!みたいなこ頃弾む部分もなく、あの名曲はどのようにして生まれたのかや、裏話エピソードが映ってるはずなのに、俺には伝わってこないんですよ。

 

よくわかんなかったのは、LAで対立するカラーギャングを、あそこに呼んでMVに参加させることで、マイケル的には音楽とダンスで平和にできると信じてたんだろうけど、その辺に疎い俺としては、あんな場所で対立する組織を一つの部屋で待たせるって、中々おっかないことするなぁ、絶対抗争するに決まってんじゃんて邪念が出てしまいまいましてね。

 

ダンスのキレとかすげえなと思う反面、なんでお前ら仲良くしてるん?って。

 

やっぱね、ユーモア性がとことんないですよね、この映画。

CBSの社長がMTVに啖呵切るのも笑えるっちゃ笑えるんだけど、アントワンフークアの妙な真面目さがああいう掛け合いでも出ちゃったなという印象。

 

何よりマイケル自身にユーモアがねえってのもモンキー的には面白みに欠けるんですわ。

正直マイケルがさ、何考えてるのかわかんねえのよ。

 

実際そうだったんだろうけど、彼は信頼できる人以外には主張しないんですよ。

クインシージョーンズやブランカ、そして警備してくれる運転手など、取り巻きには一丁前に「僕はこんなビジョンがあるんだ」と夢を語るくせに、親父はもちろんCBSの社長とかには別の人間を通じて要望を言ってもらうわけですよ。

 

で、これを演技未経験のジャファージャクソンがやってるってところもあって、表情の変化が乏しいので、何考えてるかわからない。

目線にはだいぶ注文されたんでしょう、その辺はやっぱりカメラがフォーカスしてるのもあってわかりやすい。

きっと動揺してるんだろうなとか、言いたい事言えないんだろうな、みたいな弱さは伝わる一方で、楽曲製作時の手ごたえみたいなところとか、アルバムのタイトルを悩みに悩み抜いて選んだ時の覚悟みたいなとことか、ここぞってときの表情が伝わってこないですね。

 

途中でも書きましたけど、この映画はそもそも完成された時点で、かつてマイケルが交わした契約に触れてしまう案件が発生し、撮り直しせざるを得ないハプニングがあったと。

それにより第3幕を大幅に変更せざるを得ず、今回のような内容になったわけで、マイケルの暗部には触れずに描いてるわけですよ。

 

やっぱりね、どんな事情であれテコ入れして再撮影とかしてる映画には粗があるし、応急措置な部分が出てるなと思ってしまうわけですよ。

特に今回大幅な変更を余儀なくされたわけですから、やっぱり第2幕まで引っ張ってきた「マイケルのプライベート」が回収されずに物語を閉じてるところは、俺はつまらないと思えてならないわけですよ。

 

途中でも触れましたけど、なぜあんなに動物を飼ってるのかとか、子供たちに執着してるのかとか、その辺が回収されないですよね。

そこを描写した理由には、彼の児童虐待疑惑に触れた内容で撮影したからってのがあるんでしょうけど、完成された本作では言及もないし回収もないと。

 

そうした少年性、いや幼児性なのかこの場合、大人になってもおもちゃだらけの部屋でバブルスと戯れるとかなかなかだし、そうした面含めて彼の歪んだ部分が御座なりですよ。

夜中にラマを散歩させるスターなんてギャグっぽく映しても意味ありませんもん。

 

 

最後に

きっとマイケルが大好きな人がこれを読んだら、お前何もわかってねえとか言われそうな感想ですけど、やっぱり冷静に考えても一般的にこれ映画として面白くできてないですよ。

 

兄弟ってこの映画で何の役割だったんですか?

誰もマイケルのことを心配する素振りもなければ、彼と一緒に親に反発するわけでもない。

強引なやり口で参加することになるジャクゾンズのツアーで、マイケルが「これが最後です」と言っても、一瞬「マジ?」みたいなリアクションしかしないし、寧ろ独り立ちするマイケルの背中を押すような態度もない。

マジ、お前ら血の繋がった兄弟なん?

 

こういうのを雑にやることがあるから俺はアントワン・フークアを信用してないんだよなぁ。

アクション映画だけやってろよ。

 

あとね、一番この映画が気持ち悪いのは、オーディエンスのリアクションを挟み過ぎ。

冒頭の特訓風景でも親父のリアクションをドアップで映し、レコーディングでもプロデューサーのリアクションをドアップで映す。

ライブでもMV撮影でもダンスの振り付け時も、マイケルを見る全ての人のリアクションがめっちゃ差し込まれる。

 

しかも皆マイケルを見て頷いたり笑顔になったり興奮したりする。

まるで政治家のPR動画でも見てるかのような露悪的なやり口。

そりゃ効果的ですよ、ああやってリアクションを見せ続ければ皆そうだと思い込まされる。

それは映画でやることではない。TVドラマでやること。

 

ここまでされちゃうと、マイケルを見て失神した客って、もしかして向こうサイドが作ったヤラセ?とも思ってしまうくらい疑ってしまう。

きっとパフォーマンスにグッと来なかった最大の理由ってそれかもしれない。

じっくりマイケルのパフォーマンスを見せてくれれば、こうはならなかったかもしれない。

 

まぁそれは人それぞれだと思いますが、僕はこの映画、酷い出来だと思います。

批評家たちが否定してる部分とは違う意味で、これはないよ。

単純に映画になってない。

というわけで以上!あざっしたっ!!

満足度☆☆☆★★★★★★★3/10