ムーラン/Mulan
幾度の公開延期を経て出た答えは「配信限定」。
コロナウィルスの影響により、公開を先延ばしにしてきたディズニー映画「ムーラン」は、劇場での公開を今か今かと待ち望んでいた人の期待を大きく裏切り、自社のストリーミング配信サービス「ディズニープラス」でのみ配信。
しかもプレミアムアクセスとして税抜き2980円で購入しての観賞という、なんとも強気の配信限定公開となりました…。
購入すれば何度も視聴可能となり、しかも家族や友人、恋人など複数の人数と一緒に自宅で鑑賞できるという利点から、この価格設定となったそうです。
しかし、ディズニープラスに加入するには税抜き700円を月額払う必要があり、尚且つ別途で料金が発生、そして劇場での通常料金よりも1000円以上高いという値段設定には、正直疑問しかありません。
大体だ、お一人様の映画ファンにはとてつもなく痛い出費だぞ!
こっちはどれだけ安く済ませて観賞するか、毎月お財布と相談するのに、この値段はねえだろ!
しかもだ!
俺らがなんでそこまでして劇場に足を運んで映画鑑賞してるか知らねえのか!
あのでっけえスクリーンとでけえ音響に圧倒されながら、ふっかふかのシートで旨いポップコーン頬張って堪能できるという、極上の至福の時間を過ごせるからなんだよ!
おい!ディズニー!
そういう人たちが世界中にたくさんいるってことを忘れるなよ!
今の世界の状況を考慮したのはわかる!
でもだ!
映画館は営業してるんだよ!
だったら!
せめて!
劇場での公開と配信と両方同時にやるって選択肢はなかったのか!!
あの舞い踊るかのようなアクションと、雄大な自然に囲まれた風景の中で戦う主人公をデカいスクリーンで堪能したかったよ・・・
というわけで、配信限定公開決定以降、頑なに鑑賞しないと決めていたモンキーですが、ブログ仲間と料金折半してみんなで家で見ようぜ!って運びになりましたので、観ることに決めましたww
僕の負けですw
というわけで、早速鑑賞いたしました!!
作品情報
「美女と野獣」、「ライオン・キング」、「アラジン」など、ここ数年、自社の黄金期を支えたアニメーション映画の実写化に成功してきたディズニーが、新たなる挑戦に挑む。
1998年に製作された長編アニメーション映画「ムーラン」。
古代中国を舞台に、愛する父の代わりに男性と偽り、国家の命運を戦いに身を投じる一人の少女を描いた作品を、空前のスケールで実写映画化。
オリジナルのアニメーションで描かれたミュージカルパートを無くし、偽りの自分であることへの葛藤するムーランの心情に焦点を置くことで、よりドラマ要素を深く追求。
さらにアジアのスターたちが集結したことで、よりアニメーション映画に近いアクションを描くことに成功した。
また劇中では、アニメーション映画での代表曲「リフレクション」を、当時歌っていたクリスティーナ・アギレラが担当。
成熟した圧巻の歌声で、映画をより感動の渦に引き込んでいく。
米中関係や主演女優の発言が物議を醸し、本作の外側でも話題になっている「ムーラン」。
ディズニープラスでの独占配信での観賞だが、作品に通った血は決して薄れてはいないはず。
愛する人を守るために、自分を偽って戦う彼女の勇姿をとくと見よ!
あらすじ
国家の命運をかけた戦いを前に、すべての家族から男性を一人、兵士として差しだす命令が下る。
ファ家のひとり娘、ムーラン(リウ・イーフェイ)は、家族で唯一の男性である病気の父親を守るため、男性と偽って戦地へ赴く。
ファ家の守り神で、ちょっと風変わりな“不死鳥”に見守られながら、やがてムーランは戦士としての才能を開花させていくが…。
上官や仲間たちとの友情の絆や、敵軍に仕える美しき“魔女”との宿命の出会い…明日の命も知れぬ闘いの果てに、ムーランを待ち受ける運命とは?
そして、“本当の自分”と“偽りの自分”の間で葛藤する彼女が、最後に下す決断とは…?(HPより抜粋)
監督
今作を手掛けるのは、ニキ・カーロ。
すみません、初めて知る方です。
古代中国が舞台なので、てっきりアジア系の監督なのだろうとばかり思ってましたが、女性の視点から描く物語に、きっと定評があっての抜擢なのかなと推測します。
これまでマオリ族を舞台に、伝統を守ろうとする長老たちの奮闘と苦悩、その伝統を打ち破ろうともがく少女の一途な姿を描いた「クジラの島の少女」や、男の職場で嫌がらせに苦しみながらも、勇気を絞ってセクハラ訴訟に挑むシングルマザーの姿を描いた「スタンドアップ」などを手掛けてきた監督。
今回キャラクターの改変や楽曲の削除など、オリジナル作品から大幅な変更を行ったこと、また主演女優が香港警察を支持する旨のSNSの投稿から、香港や韓国で本作鑑賞のボイコット騒動に発展するなど、ファンからの批判が相次いでいる問題に関して、
「それだけ作品に対する情熱を持っているファンがいてくれたことで作品を高めてくれた、期待していたモノとは違うかもしれないけど、新たな形で気に入ってくれるものを届けたい」と語っています。
また、オリジナルでムーランと恋に落ちていく隊長の設定を、本作では2人の人物に分けて製作したことについて、現代のMetoo運動の観点から非常に違和感をもったこと、隊長と恋仲になることが適切ではないと判断し、改変に踏み切ったそうです。
常に女性を描き続けてきた監督だからこそ、強い思いがあったのでしょう。
オリジナルアニメ版とは違うムーランが、実写版でどう変化したのか。
既にアニメ版の観賞をされてる方の意見を聞きたいところです。
キャラクター紹介
- ムーラン(リウ・イーフェイ)
愛する家族を守るために戦う、武術に長けた活発な娘
「娘は結婚して家に名誉をもたらすもの」という社会の生きづらさを感じ、自分の居場所を見つけられずにいる。愛する家族を守るため、足の不自由な父親の代わりに、男性と偽って従軍。“気”を操ることを学び、戦士としての才能を開花させていくが、“本当の自分”と“偽りの自分”の間で葛藤する。
- シェンニャン(コン・リー)
強い“気”を持つミステリアスな魔女
超人的な身体能力を持つだけでなく、他人の人格を乗っ取ったり、鳥に姿を変えたりすることができる。その魔力ゆえに人々から疎んじられ、国を追われた。皇帝の殺害を目論むボーリー・カーンに出会い、彼に手を貸すことで自分の居場所を取り戻そうとする。
- タン司令官(ドニー・イェン)
ムーランを戦士として育てる帝国軍の司令官
ムーランの父親であるファ・ズーとは、かつて一緒に戦った戦友。ファ・ズーの息子として新兵の訓練所にやってきたムーランに目をかけ、自分の部隊に迎え入れる。優れた司令官であると同時に、武術の達人でもあり、新兵にとっては鬼教官。高潔で倫理観が強く、ムーランを厳しく鍛え、精神的にも成長させていく。
- ホンフイ(ヨソン・アン)
ムーランと同じ部隊に配属された新兵
出会った当初はムーランと衝突していたが、過酷な訓練を共にするうちに友情が芽生えていく。武術の心得があり、ムーランとはよきライバル同士であると同時に、お互いに尊敬し信頼しあう仲。プライベートな相談をするほど、心を許しあっていく。
- ボーリー・カーン(ジェイソン・スコット・リー)
北方の柔然族の首領
かつて父親が帝国を侵略しようとして殺され、領地を失った復讐のために、皇帝の殺害を目論んでいる。“シャドウ・ウォーリアー”と呼ばれる精鋭の戦士たちを率いて、情け容赦なく襲いかかる。女性を蔑んでいるものの、魔女であるシェンニャンに目をつけ、彼女の力を利用することに。同時に北方の12の部族を味方につけ、魔力と武力で帝国軍を攻撃する。
- 皇帝(ジェット・リー)
人徳によって国を治め、国民から敬われる皇帝
武将としても名高く、先の戦争ではみずから陣頭指揮を執り、侵略者から国を守った。しかしその首謀者を処刑したことで、首謀者の息子であるボーリー・カーンの恨みを買い、命を狙われることに。
(以上HPより)
オリジナルのアニメーション映画は未見なんですが、これまでおさらいしたせいで面白さが半減してしまったので、おさらいせずに堪能しようと思います。
ここから鑑賞後の感想です!!
感想
忠義、勇気、真実、3つの徳によって解放される「気」を武器に、自身のあるべき姿で戦いに身を投じるムーラン!
だけど話がペラッペラだ!!
以下、ネタバレします。
体感時間が長い。
男と偽り戦場へ向かうも、3つの徳を全うできず本来の力を発揮できずに葛藤するムーランのアイデンティティを確立する物語を、アジアンテイストな赤味の強い配色と、豪華絢爛な色彩、ため息の出る美を追求することで、女性の気高さと強さを惜しみなく描いた作品でしたが、ミュージカルパートの削除やキャラの改変といったアニメ作品の差別化を図るも、物語のスピードに鋭さが無いせいで体感時間が長く、全般において弛んだ内容になっていた作品でございました・・・。
はい。
今回ブログ仲間と折半し、家でまったりしながらの観賞となりましたが、なんでどうしてここまでかったるいスピードで物語が進むのかと首をかしげながらの観賞となりました。
簡潔にどこが良くないのかといいますと、
- ワイヤーアクションがショボい。
- そのせいでアクションに勢いがない。
- そのアクションの導入がカメラ反転して戻すパターンばかり
- 魔女がムーランに肩入れするのが急。
- 編集がユルい
- 隊長演じるドニー・イェンの見せ場が兵たちの前で型をみせるだけ
- ジェット・リー演じる皇帝がそこそこ強い
- ロマンス面排除、ユーモアパート排除でクソまじめすぎて、緩急が足りない
- ムーランの葛藤面が弱すぎる
などなど、全体を通して、監督はこの手の映画に向いてないだろう、とさえ思ってしまったほど。
実際に、「ただでさえ女なのに能力を持つが故に故郷を追い出され、国を憎んでいる」存在の魔女シェンニャンを登場させることで、何かを諦めた者と諦めない者の対比を生み、よりムーランの信念が際立つことや、ムーランが本当の姿をさらけ出しても、忠義と勇気と真実の3つの徳を誓えば、例え女だろうと、男より強かろうと、自身のアイデンティティだったり、ポジションを確立できる。
ということは、女だからと言って男たちの前で本来持つべき力を隠すのではなく、本来持つべき力をさらけ出せば、道は拓かれる、というようなメッセージ性に強みが出た作品になっていたようには思えます。
だからといって、映画の醍醐味である様々な要素を排除してまで、かったるいスピードで監督自身が伝えたいテーマだけで仕上げるのはいかがなものか。
中国圏やファミリー層への媚び売りとも取れるセーフティな内容とアクション。
アニメ版を見てない以上、比較や違いなどを深く語ることはできないんですけど、そもそも実写化以前に薄っぺらい話になっちゃってるなぁと。
多分ですね、物語の始まりから「あ、これはダメだな…」が漂ってて。
幼いムーランがニワトリをかごに入れるのに、村中駆けまわっては不死鳥の像を半壊したり屋根の上に登るといった、いわゆる女らしからぬお転婆な姿を見せるんですけど、もうここでカメラのカット割りがショボくて、スローばかり使って、結果的にテンポがよろしくない作りだったんですね。
ここで例えばリズミカルな映像でパパッと見せるなどして観衆の心をつかむような運びになると、この後のシーンを期待できるんですけど、そうなってないから、これは嫌な予感と。
その後もお見合いでの失態や父親の威厳に対し理解を示すも、やっぱりここは自分が行くしかないと決意するまでの時間が非常に長く、一体いつになったら本編に突入するのか、と首を長くして待つばかり。
兵士として部隊に参加して以降も、女であることがバレないようにあれこれ策を練ったり身を守ったりするパートを見せるも、そこはダイジェスト的な流れでサクサク行けばいいモノを、なぜかいちいちじっくり見せる。
多分アニメ版はこの辺りをもっとユーモアに描いたような気さえする。
とにかく序盤から雲行きの怪しい感じが続くのであります。
ムーランの葛藤
不満ばかり書き連ねてますが、まだまだ続きますw
一応ムーランは「気」を持っており、それが彼女をあるべき姿にさせてるんだけど、女は女として戦うことよりも、良い旦那をもらって家庭を守るみたいな古き良き女性像を周りが押し付けてて、それに嫌な態度を見せるも、家系のため、家族のため、父のために「気」を抑えて成長するんですね。
で、いざ男と偽り、兵士として参加するんだけど、3つの徳である「忠義、勇気、真実」の「真実」の部分を隠しているせいで、本来持つ力を発揮できないでいるわけです。
「女」を見せないようにしているとでもいうのでしょうか。
そんなムーランが、ボーリー・カーン率いる敵陣営を一人追いかけ魔女と対決、ファ・ジュンとしては敗れたけどファ・ムーランとしてはまだ生きている、ふっきれて本来の自分をさらけ出し敵を一網打尽にしていくんだけど、嘘偽りは部隊から除隊する決まり、ましてや女だということを隠し、家の名を汚すどころか、皇帝にまで恥をかかせたことになると。
そんなこんなで部隊から去ることになるムーランでしたが、そりゃ落ち込みます。
そこへ魔女登場、あなたと私は似た者同士だと。
同じ能力を持つ者がこうして追い出されたわけだから、手を結んで新しい世界を目指そうと。
だけど私はあなたと違う、わたしはあきらめないみたいなことを言うんですね。
いやいや、さっきまでの落ち込みから魔女との会話だけで立ち直るとか早すぎじゃね?
多分アニメってこの落ち込んでいる時に歌でも流して、ムーランの心情を代弁するみたいな演出してたりするんじゃないですか?
葛藤を描くことで、最後ドラマチックになるのになぜここを深く描かないのかすごく疑問でした。
例えばここで手を差し出す魔女に一旦加担していくけど、違うこれは私が目指していたモノじゃないとか、彼女の考えは間違っているとか、共に戦った仲間を思い出すとか、それこそ父の言葉、家族との楽しかった風景を回想するとか、そういう迷いだったり寄り道をして、本来目指すべき場所へ向かうとかすると、物語がグッと面白くなると思うわけですよ。
全てが嘘くさく見えた。
一応褒める部分てどこだろうって考えたんですけど、強いて言うなら色味でしょうか。
やっぱり古代中国が舞台ということで、豪華絢爛なセットに極彩色なんですね。
ムーランの周りを飛び交う不死鳥だったり、お見合いするときにお化粧する際の色鮮やかなバリエーション、建造物にしたって赤と金を基調としたいいかにも当時の、いかにも中国って感じの美しさで。
セット面での作り込みとか、長い布が舞う辺りとかホント美しいわけです。
・・・なんですけど、なんかね嘘くさいんです…。
恐らくセットで撮影してあとはCG処理だと思うんですね。
だから雄大な自然の中を一人歩くムーランだったり、彼女に刺さる日差しとか、雪崩を利用して敵を一網打尽するシーンとか、全部ホントの自然には見えにくいんですね。
途中魔女との1対1の対決の際に、黄色い湖に氷が張ってるみたいな場所で戦うんですけど、ここも色が強いから一見美しいんですけど、やっぱり嘘くさい。
そんな湖ねえだろとか。
あの~中国の歴史ドラマとかあるじゃないですか。
あのレベルにしか見えないというか。
映画ならではのクオリティに達してないCGレベルというか。
作りモノであるのが映画なわけですけど、中国っていう大きな場所、しかも辺りは砂漠やら緑やらでいっぱいの場所ですよ。
そこで描くからスケールの大きさに感動するわけじゃないですか。
色味を強くすることに重きを置きすぎて、全部CGみたいにせずにしっかりロケーションで撮影して、圧倒させてくれよと。
これ「キングダム」の実写化でも思ったんですけど、結局人数が少ないせいで壮大なバトルになってなくて、狭い場所を敢えて用意して片づけてるようにも感じたし、もっと人を使うって選択肢はなかったのかなぁと。
最後に
Metooに賛同しての物語の作り方のような作品でしたが、それ以前に監督は大作をやる技量が伴ってないようにも思えてしまった作品でした。
きっと映画館で見たら、また違った感想になったかもしれません。
しかし、この内容では家で見るくらいの方がちょうどよかったのかもしれません。
でも税抜き3000円出して観る価値があるのか、と問われると・・・。
一応アメリカのディズニープラスは、12月から会員は月額価格で鑑賞できると発表があり、日本でもきっとそうなることでしょう。
それで見ることをオススメします・・・。
ドニー・イェンもジェット・リーも全然オイシイ見せ場なかったし、ホントね、アクションは楽しみにしてたんですよ…。
なんだこの古臭いアクション描写は!って。
マトリックスかよ、グリーンディスティニーかよ、って。
楽しんだ方には不快な感想で申し訳ありません。
僕の映画の見方が弱いこともあり、拙い文で不満をぶち撒いてますが、どうかご容赦ください。
ただね、ホントごめん、つまんなかった!!
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆★★★★★★★★2/10