プロジェクト・ヘイル・メアリー

なんての変哲もない一般人が地球を救うため宇宙に向かう。
定期的にハリウッドで目にするプロットですが、これがなぜか毎回胸アツな作品ばかりで困る。
掘削作業のプロであるおっさんたちが隕石を壊すために宇宙に飛び立つ「アルマゲドン」は、マイケル・ベイのゴリ押しな展開に頭を抱えつつも、クライマックスはどうしたって泣くんだから悔しいし、元宇宙飛行士のエンジニアという肩書ではあるが、農場を経営してる男が、人類が移住できる星を探すための長い旅路を描いた「インターステラー」だって、ノーランらしい真面目さとギミックが難解さを招くけど、「必ず最後に愛は勝つ」とストレートなドラマ性が根幹にあるから感動を呼ぶ。
このように真逆の作家性を持つ二人でさえ勝ち確になる「地球を救うために宇宙へ行く一般人」映画に、新たな傑作の予感を与える映画が公開されるってんだから、映画ファンはワクワクしかない。
はい、今回鑑賞する映画は、中学校の先生が地球存続のために宇宙に旅立つ物語。
原作ファンがやたら「予告見るな!!」と注意喚起されてたのが正直鬱陶しかったんですが、そもそも原作小説と映画は「別物」ですし、きっと公開後も「原作はこうだ!なぜこうしない!」と訴える人も出てくるんでしょう。
自分もやりがちなのであまり反対はしませんが、「原作はこうでした」という解説程度の留める意識を持ちましょうw
というわけで早速鑑賞してまいりました!!
作品情報
SF小説「火星の人」(映画「オデッセイ」の原作)のアンディ・ウィアーが出版した同名小説を、「LEGO®ムービー」や「スパイダーマン:スパイダー・バース」シリーズを手掛けるフィル・ロード&クリストファー・ミラー監督の手によって実写映画化。
滅亡の危機に瀕した地球の運命を託された中学の科学教師が、宇宙の果てで同じ目的を持つ未知の生命体と出会い、ともに命を懸けて故郷を救うミッションに挑む姿を、種族を超えた相棒との友情や難関なミッションに挑む覚悟、桁外れなスケールで映し出すスペクタクルな展開など、これぞ宇宙SF映画といえる渾身の一作。
本作は主演のライアン・ゴズリング自身が刊行前の原作に惚れ込み、自ら映画化を推し進めたほど肝入りの作品で、原作者のアンディ自身がプロデューサーとして参加したり『オデッセイ』で脚本を手がけたドリュー・ゴダードや『DUNE/砂の惑星』シリーズなど様々な大作に携わる撮影監督のグレイグ・フレイザーらハリウッド屈指の制作陣が集結するなど、ヘイル・メアリー(イチかバチかという意味らしい)とは思えない盤石の布陣で製作された。
中でも監督を務めるフィル・ロード&クリス・ミラーは、原作の良さをだすためアンディ・ウィアー原作映画の「オデッセイ」のように、科学的リアリティを損なわないよう徹底したと語る。
その「科学的に正確な描写を徹底」はさらに加速。
「宇宙船が宇宙空間で回転すると太陽の光が周囲から漏れ入ってくる、という表現」をしたいがために太陽を模した巨大な回転式照明装置を制作。
ロッキーをパペットで操ったり実物並みのセットを作るなど、あえてグリーンスクリーンを使わない手法で、リアリティを高める工夫を施した。
22ジャンプストリート以来12年ぶりとなる監督の気合が感じられる。
中学の科学教師グレースを演じるのは、「ラ・ラ・ランド」や「ファースト・マン」、「フォール・ガイ」のライアン・ゴズリング。
原作への敬意をもって取り組んだゴズリングは、言語も感覚も違う二人が苦労して築く友情を堪能してほしいと語る。
他にも、国家諜報機関のトップの女性エヴァ・ストラット役を、「落下の解剖学」、「関心領域」のザンドラ・ヒュラー、プロジェクトに志願する宇宙飛行士ヤオ・リー=ジエ役を、「OLD/オールド」、「search/#サーチ2」のケン・レオン、同じくプロジェクトに志願する女性宇宙飛行士オリーシャ・イリュヒナ役をミラーナ・ヴァイントゥルーブ、プロジェクトの技術者スティーヴ・ハッチ役をライオネル・ボイス、そしてグレースと共に故郷を救うため行動するロッキーの声を、劇作家・演出家であり、今回ロッキーのパペットも務めたジェームズ・オルティスなどが出演する。
未知との遭遇が地球を救うカギとなるのか。
異星人との熱い友情の先に、何が待ち受けているのか。
あらすじ
太陽のエネルギーが奪われるという原因不明の異常現象が発生。
このままでは地球は冷却し、人類は滅亡してしまう。
同じ現象が太陽だけでなく宇宙に散らばる無数の恒星で起こっていることが判明し、11.9光年先に唯一無事な星が発見される。
人類に残された策は、宇宙船でその星に向かい、太陽と人類を救うための謎を解くことだった。
この“ヘイル・メアリー(イチかバチか)”プロジェクトのため宇宙に送り込まれたのは、優秀な科学者でありながら学会を去り、いまはしがない中学教師をしていたグレース(ライアン・ゴズリング)だった。
彼は地球から遠く離れた宇宙でたったひとり、自らの科学知識を頼りにミッションに臨み、そこで同じく母星を救おうと奮闘していた異星人ロッキー(CV:ジェームズ・オルティス)と出会う。
姿かたちも言葉も違う2人は、科学を共通の言語にして難題に立ち向かい、その過程で友情を育んでいくが……。(映画.comより抜粋)
感想
#プロジェクトヘイルメアリー 鑑賞。「アルマゲドン」、「インターステラー」に続く「地球🌏を救うため宇宙🚀に旅立つおじさん」映画の誕生。
— モンキー🐵@「モンキー的映画のススメ」の人 (@monkey1119) March 19, 2026
記憶を辿っていくミステリーな構成から音楽やユーモアのセンス、相当な予算を注ぎ込んだであろうプロダクションデザインや瞬きさえ惜しい映像の数々。… pic.twitter.com/CT2f96tPnG
めっちゃ原作読みたくなった!
一般人の教師がなぜ宇宙にやってきたのかを巡りながら、数々の難題に異星人と挑む友情の物語。
オデッセイと違ってひとりじゃないから悲しみも喜びも2倍だ!!
面白い!!
以下、ネタバレします。
グレースと共に追う物語。
髪の毛も髭ももじゃもじゃのゴズリング=グレースのアップで始まる冒頭。
永い眠りから目覚めたグレースは、使っていなかった体を鼓舞して「今どこで何が起きているか」を必死に探る。
上のベッドには船長と女性宇宙飛行士が寝ているが、死亡の表示が。
全く見覚えのない室内を徘徊し、たどり着いた窓の外は「宇宙空間」だった。
なぜ、今、俺は宇宙に?
予告編からの情報では、黄色いジャケットを着て自転車に乗ろうとしているグレース先生の姿が映っていたことから、物語はなぜグレースが宇宙に旅立ったのかを、グレースと共に知りながら物語を追う展開となってました。
調べてみると原作でも同じ展開で進むようで、かなり忠実に描かれていたことを後から知りました。
ただ、いちいちグレースが思い出すかのように回想するのではなく、我々観衆に少しずつ真実を明かすかのようなインサートだったので、悪く言えば説明的な回想だったと思われても仕方ないでしょう。
ただ僕がこのやり方に感心したのは、グレースと共に宇宙を、そして物語の行方を追うことができたから。
記憶の無いグレースは、自分に課せられたミッションや不慣れな船内及び船外活動に、いちいち驚いたり嘆いたりセルフツッコミしたり、そして考えて答えを導き出していきます。
ダイジェスト的に見せるシーンもあれば、重要な手がかりをつかむ際は、じっくり描く。
こうした緩急を付けながら、物語は徐々に「未知との遭遇」へと展開してく序盤は、ず~~っと楽しいです。
なぜそこまで楽しいのか。
まず一つ言えるのは、宇宙空間がとんでもなく美しいこと。
今回グリーンスクリーン(グリーンバック)をなるべく使わず、巨大なセットに特製のLEDライトを当てることで、CGっぽくない生々しい宇宙空間を生み出すことに挑んだそう。
その結果、瞬きさえ惜しくなる美しい映像を何度も浴びることになるんです。
これを、志願したわけじゃないの宇宙飛行士になってしまったけど、宇宙ってこんなにも美しいのか!!と心で呟きながら無表情で見つめるグレースと同じ気持ちになれるんですよ。
中でも眉唾物だったのは、太陽の光を食べてしまうアストロファージが興奮してエネルギーを放出するシーン。
アストロファージの感染を受けずに生きながらえているタウ・セチという惑星にたどり着いたグレースは、恒星と惑星を往復しながら繁殖を繰り返すアストロファージを間近で見る際、赤白く光を放つ無数のアストロファージに囲まれます。
この時の眩しさは、明らかにVFXとは違う美しさでしたね。
他にもタウ・セチの中にある星「エイドリアン」の緑がかった星の解像度の高さ、そこでの命を懸けたミッションでの見映え、船外から捉えるグレースの表情が「光の反射」によって宇宙でありえそうな画になってたり、船内でもなぜかコクピットがクラシックな質感に見えたりと、1度見ただけでも多々素晴らしい瞬間がありました。
映像でこれだけ楽しめるのに、それ以上に楽しめたのは、やっぱりロッキーとの掛け合い、そしてライアン・ゴズリングという俳優の持ち味に触れないわけにはいきません。
パペット演劇で有名なジェームズ・オルティスによってロッキーは動いてるのですが、まぁこいつがカワイイ。
見た目は岩そのもので、顔や目はなく、カニの様な姿の生物。
グレースはそんなグロテスクなルックの生物と文字通り「未知との遭遇」をするわけです。
世界で初めて異星人と交流しなくてはならない怖さはもちろん、どう接すればいいのかわからない、寧ろ攻撃されたり感染したりするなど、どう考えてもプラスな発想はなく、恐る恐るグレースは近づくわけです。
謎の贈り物を解明したり、危害を加えそうな素振りがないことがわかる旅に歩み寄るグレース。
何を思ったのか、腕を上げたり軽く踊って見たりすると、異星人も同じ動きをするではないか!!
カ、カワイイ…
短い指でコンコンコンとバリアをノックしたり、ヒギャ~~~と鳴いてみたり、サムズアップを下にしてしまう仕草など、グレース同様僕らも異星人に親近感がわいてくるではありませんか。
それこそE.T.を始めとした異星人との交流映画でよくあるあの感動で、何度も体験してるんだけど、やっぱり楽しいんだよなぁ。
ロッキーと名付けた後、グレースの言語を読み取るアプリで会話までできるようになると、コミュニケーションがスムーズになるのはいいんだけど、いきなりグレースの船に上がり込んでくる図々しさもおかしいw
君の船で作戦を練ろう!うわ!これが君の船!?ナニコレなにこれ!うわ!汚い汚い汚い、僕のスペースはここ!
と、いきなり来て物色したり文句を言ったりする始末w
俺なら絶対家に入れないタイプのやつ!
人間が生息する大気に触れられないため透明状のバリアを張って行動するんですが、それがもう岩そのものの形状で、グレースの言うこと無視してごろごろ転がって周りのモノ蹴散らしていく様がめっちゃ笑えるんですよw
もちろんグレースも色々ジョークを交えながら茶化したりする余裕も出てきて、徐々に友達のように仕事をしていく姿が微笑ましいです。
グレースの船には映像をフレキシブルに投影できるスペースがあり、そこで自然の映像を浴びたりしてストレスを発散してるんだけど、ロッキーに地球の自然を見せたり、名前の由来にもなった「ロッキーⅢ」を二人で見て興奮したりと、仕事を超えた共有時間を設けることで「相棒」へのステップを踏んでいく姿が印象的です。
もちろん仲睦まじい姿だけではありません。
困難な状況下で二人がどういう決断をするかもあるから、グレースとロッキーが尊いのです。
ロッキーの故郷にある物質を使うことで、グレースはエイドリアンに生息するアストロファージを食べる「捕食者」の細胞を手に入れ保管に成功するのですが、サンプル採取の際に大気圏によって船が損傷を受け、そのはずみで意識を失う怪我をしてしまいます。
遠心によって無重力と化した船内に重力を入れ様とするんですが、グレースはその手前で意識を失うんですね。
ロッキーは何度もグレースに呼びかけますがそれでも意識は戻らず。
ロッキーは意を決してバリアのそとにでてスイッチを入れ、グレースを安全な場所まで運んだのであります。
彼のおかげで回復したグレースは、煤の様な汚れを辿ります。
行きついた先は倒れたまま意識を失っていたロッキーの姿。
何とか自力でバリアの中まで戻れたみたいですが、回復に時間のかかる重傷の様子。
このシーンで、一切寝ずに「見守る」習性のあるロッキーを、グレースが見守るという伏線回収を見せることで、感動の度合いが上がっていきます。
物語の終盤でも、もう会うことはないと分かっているのに「また会おう」とさよならする2人に、更なる決断が迫るという展開。
ここでも親友を救う決断に、涙が止まりません。
このように、酸いも甘いも同じように経験する異星人同士の友情が、時に微笑ましく時に涙ぐむ最高のバディ映画となっておりました。
ライアン・ゴズリングだから成功できたと思う。
そして!何より語りたいのは、ライアン・ゴズリングの見事な演技です。
まず僕は今回のために、アンディ・ウィアー原作の映画化「オデッセイ」を鑑賞して臨みました。
10年ぶりに見たオデッセイ。
当時は火星でぼっちなマット・デイモンのタフな精神力とバイタリティ、それでも耐えられないストレスに追いやられる姿に大変感銘を受けていて、今回も同じ感覚を持つだろうと思っていたんですが、記憶がいいところばかり捉えていて、感覚が変わっていたんです。
というのも、ディスコソングで問う異物感が思わぬ方向にマッチしていたものの、それによるユーモア性が全体を占めることはなく、実は終始神妙な面持ちの映画だったんですよ。
いくらあっけらかんと前向きな行動しても、孤独でいつ命が尽きてもおかしくない過酷な環境が舞台だったわけですから、そういう空気を出すのは当たり前だと。
マット・デイモンもどちらかというと、コメディセンス0ではないし気の効いたジョークもハマる演者ではあるけど、彼自体が映画の空気そのものになることは難しいなと。
それに対し本作のライアン・ゴズリングは、彼自体がユーモアとなって映画を推進していたように思えるんです。
ゴズリングの声って、ぶっちゃけ締まりのない声じゃないですか。
いくら格言めいたことを言っても、胸に響かない声質だと思うんですよ。
例えば、彼が何万の部隊を率いる隊長だとするじゃないですか。
それっぽいこと言って鼓舞させようとしても、しっくりこない気がするんですよw
おそらく自分でもわかってるんですよ、だからその手の映画に彼は出てない。
何つうか適材適所ってやつで、要はこういう声を持ってるからこの手の「ゆるさを必要とする映画」にはもってこいの役者ってことなんですよ。
フォールガイとかでもコミカルな演技をしてましたけど、それよりももっと腑抜けさが出た「ナイスガイズ!」っぽさが本作では出ていた気がします。
例えば、一人船内で操縦したこともないコクピットに座った瞬間、船内が無重力になった時に「ふぁぁ~~~~~~っ!!!」って声出して慌てるんですよ。
これはマット・デイモンじゃ無理なユーモアシーンだなと。
こうしたのを筆頭に、無重力のせいで上手く宇宙服を着れない姿や、クルーが死んでるのに取り乱さない姿、よくわからず宇宙に来てしまってテンパるけどどこか「なんとかなるか」みたいな落ち着き具合、謎の宇宙船に付きまとわれても焦ってないとこ、ロッキーと対面しても戦闘態勢にならないとこなど、どこをどう切り取ってもゴズリングに「本気でヤバい思ってなさそうに見える」姿が、ユルさとユーモア性を引き出してると思うんです。
オデッセイのマット・デイモンの役は訓練を積んだ植物学の博士なんですよね。というか、宇宙飛行士。
でもゴズリング演じるグレースは一般人なんですよ。
訓練を積んだ宇宙飛行士は、パニクらないためのメンタリティが必須だって宇宙兄弟に書いてあったので、マット・デイモンの役がタフなのも納得なんだけど、グレースにはそうしたメンタリティはないんですよ。
自身も臆病者と言ってたくらい、飛行士として同乗したくないと拒んでたわけですから。
だから現実的に考えたら、ああはならない。もっとテンパって計算と化してる場合じゃない。
過呼吸とか引き起こしてもおかしくないんですよ。記憶喪失にもなってたわけだし。
でもそうしたリアリティをゴズリングが忘れさせてくれるんですよね、彼のユーモラスな表情と行動で。
絶対ピンチなのにピンチに見えない。ヤバそうな雰囲気でもヤバそうに見えない。
そうした彼の空気感や表情が、過酷なミッションにも拘らず最後まで楽しく見れたのだと思います。
さらに一つ加えると、本作はオデッセイの時同様ドリューゴダードの脚本によって科学的な説明をちゃんとしてるところ。
黙々とグレースが行動するシーンもあるけれど、オデッセイの時同様ビデオカメラに写って録画する設定によって、ロッキーがどうしてるのか、これからどんな実験を試すのかなどをセリフとして消化してるんですよね。
最初のペドロヴァラインの説明は簡単なものだったけど、そこからアストロファージを見つけ燃料にするまでの過程を具体的に説明してたし、アストロファージを捕食する生物に至っては、ロッキーとのやり取りでより噛み砕いて語っていたのも印象的。
こうした説明をユーモアのあるゴズリングが語るから耳に入ってきやすかったのでは。
最後に
色々褒めちぎったんだけど、ひとつ言わせてほしいのは、終盤が勿体ないと思ってしまったこと。
きっと原作通りなんでしょう、エイドリアンでサンプル採取のシーンで、一つ大きな山を作り、それによる死の臭いを漂わせた後、今生の別れのシーンとなって地球に生還…お供わせておいて、もう一つ山を作る。
その後のグレースの決断がまた何とも楽しいモノだったので、これはちょっと期待を裏切ったエンディングだったなぁと思ったんだけど、物語の構成として大きな山の後にもう一つ山を作ったことの弊害が出てたように思っちゃったんですよね。
単純に長尺故に「まだ山場あんのかい」という落胆にはなるんですが、そもそも大きな山場の時点で、それまでず~っとあった「ワクワク感」が完全に消えてしまってるので、ハラハラな展開はひとつでいいと。
これ語るの難しいんですけど、グレースと共に追っていたからワクワクが持続する、それが本作のSF映画たらしめない持ち味だと思ってるんですね。
だけどクライマックスはドキドキのシリアスな場面になる、しかも命の危険まで出るので、もうそこにはワクワクは気持ちはない。
で、無事助かったからハートフルな別れがあって、ジエンドってのが一番気持ちのいい終わり方、のはずなんです。
そこにもう一個乗せてくる。
ある程度気持ちが整ったのにまたやるから気持ちが上がってこないんですよ。
映画において見る側の感情の流れを作るって大事で、だから本作の4分の3はずっとニヤケて見てたんですよね。
厳密に言えば本作は「惜しい」です。
でも、4分の3が超面白かったので、甘めの評価ですw
原作読んでからの人も、全く情報入れずに観る人も、どっちにもセンスオブワンダーを体感できる作品だと思います。
やっぱさ、SF映画ってワクワクしてナンボだと思うんですよ。
全く味わったことのない映像で、アイディアの詰まった演出で。
あ!そうそう!音楽が凄くいいです!
SFっぽくない選曲で。
ゴズリングの持つ緩さの話をしましたけど、そこに音楽の緩さも加わるから、特に中盤は凄く、すご~くゆるいw
ひたすら豪華なシンフォニーが流れるのではなく、ウッドブロックやスチールドラムなど普段聞き慣れないような打楽器だけの構成の曲もあれば、単音ばかりが響くこじんまりしたものが多かったんです。
でもなぜかそれが映画にハマってるのが意外で。
特に、ロッキーの船がやたら追いかけてきたりメッセージが飛んでくるあたりのBGMは絶妙にハマってましたね。
そして本作のメインテーマになってるハリー・スタイルズの曲を、劇中でザンドラ・ヒュラーが歌唱するシーンはジーンと来ます。
そもそもあの人歌が上手いんですよ。
「ありがとうトニ・エルドマン」見てくださいw
ガチの歌唱シーンがありますんでw
しかしあれだよね、ストラットにとってグレースを宇宙に行かせることが、イチからバチかの計画だったってことよねこの映画w
希望を映しておきながら、そういう残酷さをマイルドにしてるのも怖いっちゃ怖い。
あ、あと、メリル・ストリープの声は本物?
めっちゃ声そっくりだったけどw
色々書き足りないんですが、まずは見て!w
楽しいから!!
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆☆☆☆★★8/10

