騙し絵の牙
「老婆と貴婦人」という絵画をご存じでしょうか。
どんな絵かというと、「見方を変えると老婆にも貴婦人にも見える」だまし絵=トリックアートなんですね。
他にもだまし絵の巨匠とも呼ばれるエッシャーの絵画や、顔を合わせると壺にも見える「ルビンの壺」、インセプションでも応用された「ペンローズの階段」など、三次元ではありえない物体を平面で描いたり、見方を変えると別の何かが浮かび上がったりと、様々な様式や種類があります。
僕の好きな「ブラインドスポッティング」という映画も「二つのものを同時に見ることはできない」をテーマにしていることから「騙し絵」を活用してました。
今回鑑賞する映画は、別の側面を持つ騙し絵のように裏の顔を持つ人たちによる騙し合いバトル。
登場人物全員「牙」を持ち合わせているってことなんでしょうかね。
結末まで目が離せないってことだよなぁ…集中して観るぞ!
早速鑑賞してまいりました!!
作品情報
ミステリー小説「罪の声」の原作者である塩田武士が、出版社と俳優・大泉洋を4年間徹底取材し、当て書きして執筆した小説を、日本アカデミー賞受賞監督の手によって製作された本格エンタテインメント。
廃刊の危機に立たされた雑誌編集長が、裏切りや陰謀渦巻く出版社の面々を相手に、起死回生の奇策に打って出る姿を描く。
当て書きされた俳優・大泉洋を中心に、一癖も二癖もある俳優陣が集結。
誰も信じることができない仁義なき騙し合いバトルを盛り立てる。
逆転に次ぐ逆転劇、どんでん返しのラスト。
誰もが興味をそそる煽り文句に、踊らされるか、それとも見破れるか。
あらすじ
大手出版社「薫風社」に激震走る!
かねてからの出版不況に加えて創業一族の社長が急逝、次期社長を巡って権力争いが勃発。
専務・東松(佐藤浩市)が進める大改革で、お荷物雑誌「トリニティ」の変わり者編集長・速水(大泉洋)は、無理難題を押し付けられ廃刊のピンチに立たされる‥・。
速水は、新人編集者・高野(松岡茉優)と共に、イケメン作家、大御所作家、人気モデルを軽妙なトークで口説きながら、ライバル誌、同僚、会社上層部など次々と現れるクセモノたちとスリリングな攻防を繰り広げていく。
嘘、裏切り、リーク、告発——
クセモノたちの陰謀が渦巻く中、速水の生き残りをかけた❝大逆転❞の奇策とは!?(HPより抜粋)
監督
本作を手掛けるのは、吉田大八。
「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」以降、サスペンス、コメディを基調としたヒューマンドラマを手掛ける監督さんです。
原作を読んだ監督は、前々から「仁義なき戦い」好きが高じて、出版業界での仁義なき戦いを描くという方向性を見出したとのこと。
また出版社や書店をリサーチした際、出版社の方から名前を伏せてくれと言われるほど、業界に踏み込んだ内容にもなってるそう。
様々な立場の役柄が登場するため、誰に感情移入するかも見所の一つになってそうです。
監督に関してはこちらもどうぞ。
キャスト
お荷物雑誌「トリニティ」の編集長・速水輝を演じるのは大泉洋。
大泉洋って騙す側でなく騙される側だよなぁ…。
どんな悪送球でもバットに当てるようなトークをバラエティで見かけることが多いせいか、いじるよりいじられる側の方が魅力を発揮できるのに、なんて勝手に思ってます。
でもそこは役者ですからきっちり「裏の顔」を出して、私たちをまんまと騙してくれることでしょう。
他のキャストはこんな感じ。
新人編集者・高野恵役に、「桐島、部活やめるってよ」、「蜜蜂と遠雷」の松岡茉優。
新人小説家・矢代聖役に、「his」、「映画賭けグルイ」の宮沢氷魚。
跡取り息子・伊庭惟高役に、「ファースト・ラヴ」、「サイレント・トーキョー」の中村倫也。
人気ファッションモデル・城島咲役に、「となりの怪物くん」、「SUNNY 強い気持ち強い愛」の池田エライザ。
外資ファンド代表・郡司一役に、「麻雀放浪記2020」、「シン・ウルトラマン」の斎藤工。
「小説薫風」編集長・江波百合子役に、「ドクター・デスの遺産」、「記憶にございません!」の木村佳乃。
文芸評論家・久谷ありさ役に、「かもめ食堂」、「あやしい彼女」の小林聡美。
高野書店店主で恵の父・高野民生役に、「シン・ゴジラ」、「野火」の塚本晋也。
大御所小説家・二階堂大作役に、「アウトレイジ」、「ミッドウェイ」の國村隼。
薫風社専務・東松龍司役に、「Fukushma50」、「太陽は動かない」の佐藤浩市などが出演します。
出版業界のことなどよくわかりませんが、他の業界とも変わらない問題を秘めてそうな予感ですね。
ここから鑑賞後の感想です!!
感想
走らせてるのか、走らされてるのか。
出版社内の権力闘争に巻き込まれた編集長と編集者が業界に新風を巻き起こすなかなかのエンタメ作品でした!
以下、ネタバレします。
どこも不景気なのよ・・・
出版業界の老舗出版社で起こる次期社長争いや書誌の生き残り争いといった権力闘争の行方を、新人編集者と雑誌編集長の視点で描く仁義なき戦いの物語。
出版業界の裏側をチラ見させながら次々と新しい風を起こす編集長の手腕、純粋に世に面白いものを出したいと願う新人編集者、やり手編集長の口車に乗せられる社員や、彼をネタにのし上がる新社長、旧体制派など、どこも保守VSリベラルかよ!と思わせるドロ沼の戦いを、エッジの効いた劇伴に乗せてリズミカルにテンポよく描き、どんでん返しと一握の希望を見せるラストにあっぱれと思わせる痛快作品でございました。
娯楽費用に一体いくらかけられるかは、自身の稼ぎ次第なわけです。
余裕のある人はガンガン使うだろうし、ギリギリの生活の人はやむなく切り捨てる。
どうしてもエンタメに費用をあてたい人は、生活費を切り詰めるしかないですよね。
とにかく不景気によって真っ先に切り捨てられるのは衣食住ではなく、間違いなくエンタメです。
気付けばCDショップでCDを買わなくなり、映画は劇場ではなく配信また地上波放送で、そして書籍は電子書籍か立ち読みで済ます。
それもこれもテクノロジーの進化と不景気による時代の急変によるものだと思います。
こと映画に関してはレンタルビデオ店でレンタルすることすら時代遅れになってきちゃってるわけで、小売店業を営む人にとっては、この不景気と配信サービスなるクソ便利なシステムはホント痛手ですよね・・・。
劇中でも立ち読みしているガキンチョが、「残りダウンロードしといたから家で読もうぜ」なんて言ってるくらい、クリックドラッグロックンロールは鳴りやまないっていうね。
要するにこれまで実在したCDショップもレンタルビデオ店も書店も、こうした新しいフォーマットによって苦戦を強いられてるし、さらには業界全体も今まで販売していたCD,DVD,紙の本など、これまであった利益がしぼんでしまっているわけです。
だから旧態依然のままでは時代に取り残されて滅んでしまうわけです。
どこの業界も生き残りをかけて必死のことでしょう。
媒体が売れなければ部門はおろか会社全体が死んでしまうんですから。
じゃあ売れるにはどうすればいいか、生き残るにはどうすればいいか。
みんなが食いつくようなコンテンツを作れば生き残れるんですよ。
・・・という発想を持ったのが本作の騙す男・速水なわけです。
速水にやられっぱなし
彼が担当する雑誌「トリニティ」は、出版社からお荷物扱いされるほど廃れた雑誌。
旅行グルメなんちゃらのローテーションを繰り返すテーマで安定の購買数を誇っておきながらも、徐々に部数を減らしている雑誌に対し、あらゆる手段を使って改革をしていく速水。
大物小説家の過去の作品をコミック化し、文芸誌から落選してしまった新人作家を抜擢し、人気ファッションモデルを表紙に迎えつつ彼女がひた隠してきた作品を連載させるという大改革を提案します。
しかもここにスキャンダルまでぶちかますからそりゃネットが荒れる荒れる!
人間てこういうトピックに弱いですよね~。
しかも実物を手に取らずにあれこれ文句言うわけですよ。
モラルがどうだとか、誰かの言葉にそそのかされて、さも自分が言ったように振る舞って拡散したりとか。
それもこれもぜ~んぶ速水の想定内なわけです。
こうして話題を作ることで雑誌「トリニティ」は、過去の発行部数を大幅に塗り替えていくっていう話なんですが、中身はこんなに簡単なもんじゃないんです!
彼を利用して新社長の座に就こうとする機関車トーマスをもじって「機関車東松」と揶揄される東松、
社内の保守派にあたる専務、
文芸誌こそ出版社の精神だと言い張る文芸誌「小説薫風」の面々、
小説活動40周年を迎えるもワインの味などこれっぽっちも分かってない大物小説家、
出版社のお家騒動に首を突っ込む評論家、
東松の一大プロジェクトに一枚乗っかる外資の男。
それぞれの思惑がひしめき合う正真正銘「仁義なき戦い」が繰り広げられるのです。
はっきり言って、速水に全部持っていかれる算段にはなってますが、何度か「お、これは速水さすがにやられたんじゃ~?」みたいな流れにもなっていくので、見逃す部分など1ミリもございません。
逆に速水がどういう計画や手回しで出し抜くのかを楽しむような映画だったとも思います。
特に冒頭のシーンが秀逸。
先代の社長が犬の散歩をしてるんだけど、犬がどんどんスピード上げて走っていくんで、社長はちょっと待ちなさい!なんて制止しようとする。
だけど、犬のスピードについていけないわけです。
結局リードを離し、社長は倒れ、あえなく亡くなってしまう。
これと並行して描かれるのが小説薫風の新人編集者である高野。
編集室に送れらて来た小説を読み始めるとあまりの面白さに表情が豊かになり、食いつく様に紙をめくっていくというシーンを交互に見せていくんですね。
高野が読んでいた小説が物語の鍵になっていくのは見ていけば理解できると思うんですが、社長の犬の散歩のシーンも本作における重要なカギを握ってましたね。
登場人物は皆、走らせているか、走らされているかわからないってことを意図したシーンだったと思うんです。
手綱を持って社内を引っ張っていると思っていたら、結果自分は犬だったという。
110年の歴史を誇る小説薫風を盛り立てることが自分の務めであると誇りに思っている編集長の江波だって、気づけば休刊に追いやられる。
保守派である専務だって、そんな江波を引っ張っているうえに自分が会社を守っていると過信。結果愚行を招いて自滅。
高野だって速水にいいようにコキ使われながらも編集者最高!を味わってるけど結果、何も知らされてないし、新人作家のアシストすらできない。
東松も先代に了承を経て5年もかけて一大プロジェクトを強行しようと、サラブレッド速水にニンジンをぶら下げて走らせようとするんだけど、結局は会社を整理させるだけの駒だったという。
「この男にまんまと利用された」と予告編で謎の男が言うように、皆速水に走らされていたってわけですよ。
で、何が面白いって、そんな速水も実は…?っていうのが本作の最大の爽快さなんですよね~。
出版業界の闇
劇中では先代の社長が、現在でも執り行われている取次システムの構築を発案したと語られていました。
実際に取次会社が出版社と小売店を仲介することで、大小問わず書店に平均的に本が並べられる。
さらに委託業務にすることで、例え本が売れなくても返品が効く。
しかも再販制度によって本が値引きされないこともあって、書店も出版社もウィンウィンな関係がずっと続いてたわけです。
しかし近年、アマゾンやスマホの普及によって紙媒体の雑誌や書籍が急激に売り上げを減らす要因となり、これまで安定していた流通システムの牙城は崩れつつあるんだそうな。
また、これにより取次会社は返本率を下げるために書店に慎重に降ろすようになり、消費者は欲しかった書籍や雑誌が店頭に並ぶ機会が減ることに不満を漏らす。
そしてもうその店にはいかなくなってしまう。
多種多様な本を発売することが難しくなった出版社は、売り上げを伸ばすことに尽力し「ヒット狙い」になりがちな傾向に。
だから速水は雑誌が生き残るための秘策を打ち出したり、いつまでも旧体制のままでいいのか?雑誌を利用する考えにシフトしないとという変革を、編集者たちに漏らすわけです。
また速水が出した決断は「包括提携」というシステム。
この包括提携って、いわゆる従来の統合経営(ホールディングス方式)企業買収だとか業務提携だとか資本提携とは違い、特定の事柄のみに留まらず関連する事項全般において協力・連携の関係を築くことを旨とする協定らしいです。
これをすることで統合する際のコストも抑えられるし、時間の手間が省けるし、事がテンポよく進めばすぐ実行できる。
速水は雑誌や書籍を生き残らせるためにアマゾンと薫風社で契約を結び、このシステムに賭けたというわけです。
実際には彼が手柄を手にしたわけじゃないんですけどね。
実際本の利益って書店には15%くらいだなんて話を聞いたことあるくらい薄利なんですよね。
だから電子書籍って低コスト且つ消費者がどこにいても手に入る利便性があるから、そりゃ僕らにとっちゃ最高な手段なわけですよ。
だからと言ってですよ、速水が言うように「面白いモノだけが生き残れる」って考えには賛同できません。
お笑い芸人ならまだしも、面白いモノだけが売れる、売れるモノだけが正義って人が業界の先頭を走っていると、文化そのものが死んじゃう気がするんですよね。
映画で例えればですよ、確かに「鬼滅の刃」の大ヒットで映画業界が潤いましたし、ヒットの根底にはやっぱり「面白い」って理由があるのは承知です。
しかし「面白い」って考えにも多種多様な捉え方があって、全部一方向での「面白い」が存在するエンタメやカルチャーって不健康だと思うんですよ。
もちろん速水が掲げるモノは間違ってはないんです。
でも供給する側がそういう人たちだけになったらホント文化が死んじゃいますよ。
色んなものがあるからエンタメは面白いし、文化は姿形を変えて新しいものを生み出すんじゃないかと。
こうした背景を知ると本作がもっと面白くなるのではと思います。
最後に
どうやら吉田監督、原作からかなりの改変をされたようで、本作と原作はかなり別物だそうです。
実際大泉洋を当て書きして書いた割りには、高野演じる松岡茉優の視点が多いように見えました。
これは多分に「桐島、部活やめるってよ」以来の出演であり、あれから立派な女優になった彼女に監督からささやかなプレゼントだと勝手に思ってるんですがw
そんな原作からの改変をサクッとレビューにしてくれた抹茶マラカスさんの記事を貼っておきますので、気になる方は是非。
ラストには恐らく監督の希望を込めたカタチが描かれてます。
いわゆる付加価値、希少価値を本に与えたようなラスト。
劇中で女子高生がある本を探していて、高野はなぜ今になって20年も前の作品を買おうと思ったのか尋ねるんですね。
すると「コミックにも映画にもなってないから本買わなきゃわかんないじゃん」というんです。
今なんでもかんでもメディアミックスで色んな映像作品然りコミックになってますけど、それを手にした僕らって「わかった風」でいるんですよね。
あくまでオリジナルは本であり小説だと。
僕も原作を手にしない人間で映画を語る節がありますが、真の作品は原作にある事を忘れちゃダメですよね。
そして「そこでしか読むことができない」枠組みを作ってしまえば、本の価値は上がるし、保たれると。
なるほど、この手があったかぁ…とは思いましたが正直言うと現実的ではないかなと。
凄く難しいやり方だと思います。
軌道に乗るのも難しい。
しかし「面白そうだから」というバイタリティで出版業界を盛り上げようと試行錯誤するあの人の笑顔を見たら簡単に否定はできないよなぁと。
一応核心に触れずネタバレ込みで感想を書いてみましたが、原作も手にしたいほど面白いので是非!
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆☆☆★★★7/10