モンキー的映画のススメ

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主に新作映画について個人の感想、意見を述べた文才のない男の自己満ブログ

映画「正体」感想ネタバレあり解説 正しいと主張すれば信じてくれる人がいる、のか?

正体

第49回報知映画賞作品賞を受賞したということで、急遽鑑賞することを決めました。

 

各新聞社が決める映画賞にどれだけの価値があるか、個人的にはそこまで興味はないんだけど、一応50年近く長く続く賞の一番いいのを獲ったわけですから、まぁみない理由はないかと、

 

いきなり見る理由を書いたのには、本作の監督である藤井道人の作品を追いかけるのは、正直もういいかなぁと思っていたから。

 

最後まで行く」はオリジナルの韓国映画のような「わかりやすい笑い」を、あえて「笑わせないようなトーン」で描くことで笑いのギャップを生むことに成功してるけど、あれをしっかり「笑える」には、それなりに映画を見てる人じゃないと伝わらないよなぁってのは思ってて。

 

もちろん客を信じてるからこそ踏み切った演出だと思うんですけど、そもそもあの人の映画のトーン、というか雰囲気って「DAY AND NIGHT」から変わってないんですよね。

ぶっちゃけ飽きるんですよ。

そこに、「新聞記者」とか「ヤクザと家族」のように心を揺さぶるような問題提起を入れるから、それっぽくよく見えるって感じで。

 

本作もそこまで期待してませんが、きっとハートフルなお話になってるんでしょう。

だからいろいろと裏切ってほしい。

できることなら松方弘樹の「脱獄・広島死刑囚」くらいにしてほしいんだけど、無理かw

早速鑑賞してまいりました!!

 

 

作品情報

染井為人による同名小説を、「余命10年」で興行収入30億を超える大ヒットを飛ばし、2024年に公開された「青春18×2 君へと続く道」がアジアでも高い評価を得ている藤井道人監督の手によって、実写映画化。

 

死刑判決を受けるも脱獄した受刑者を、脱走中に関わったとされる複数の証人の証言によって、彼の本当の姿があぶり出されていく様を、監督の卓越された演出と構成によって観る者の心を揺さぶる物語。

 

「いつか横浜流星主演で映画を撮る」、そんな野望を胸に抱いていた藤井道人監督。

お互い鳴かず飛ばずだった時代を共に過ごした間柄ということもあり、本作にかける思いは相当なものだったと語っています。

 

そんな監督の期待にこたえるかのように、「5つの顔を持つ逃亡犯」という難役を務めたのが横浜流星。

青の帰り道」、「Village」に続く3度目のタッグとなった本作を集大成と語る彼は、本作で得意のアクションシーンも披露しているとのこと。

次回のNHK大河ドラマの主演にも決まっている彼の、本気の姿を目に焼き付けたいところだ。

 

他のキャストには、「ハケンアニメ!」「まる」の吉岡里帆、「燃えよ剣」、「Gメン」の森本慎太郎、「ひらいて」、「ゴールデンカムイ」の山田杏奈、「十一人の賊軍」の山田孝之などが出演している。

 

複数の証言者によって明かされる様々な逃亡犯の顔。

果たして彼は、本当に凶悪犯なのか、そして、なぜ逃亡を続けていたのか。

彼の正体を知ったとき、我々は何を思うか。

 

 

 

余命10年

余命10年

  • 小松菜奈
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あらすじ

 

日本中を震撼させた凶悪な殺人事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けた鏑木(横浜流星)が脱走した。

 

潜伏し逃走を続ける鏑木と日本各地で出会った沙耶香(吉岡里帆)、和也(森本慎太郎)、舞(山田杏奈)そして彼を追う刑事・又貫(山田孝之)。

 

又貫は沙耶香らを取り調べるが、それぞれ出会った鏑木はまったく別人のような姿だった。

 

間一髪の逃走を繰り返す343日間。

彼の正体とは?

そして顔を変えながら日本を縦断する鏑木の【真の目的】とは。

 

その真相が明らかになったとき、信じる想いに心震える、感動のサスペンス。(公式より抜粋)

youtu.be

 

登場人物紹介

  • 鏑木慶一(横浜流星)…日本中を震撼させた殺人事件の容疑者。逮捕され死刑判決を受けたが脱走し、逃亡し続ける。死刑囚「鏑木慶一」、日雇い労働者の「ベンゾー」、フリーライターの「那須」、水産加工工場で勤務する「久間」、介護職員「桜井」、“5つの顔”を使い分けながら日本各地を潜伏する。

 

  • 沙耶香(吉岡里帆)…東京で働くライター。同じ会社で働く鏑木の文才を評価し、ネットカフェで生活していた鏑木を助ける。ともに暮らすなかで鏑木が指名手配犯だと気づくが、彼の無実を強く信じている。

 

  • 和也(森本慎太郎)…大阪の日雇い労働者。同じ工事現場で働く鏑木に助けてもらったことから仲を深めるが、実は彼が指名手配犯ではないかと疑っている。

 

  • 舞(山田杏奈)…長野の介護施設で働く。同じ施設に勤める鏑木に恋心のような尊敬を抱く。

 

  • 又貫(山田孝之)…刑事。鏑木に逃げられたことで、上層部からプレッシャーをかけられている。日本各地を転々としながら逃走を続ける鏑木を必死に追う。

(以上Fassionpressより抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

 

そうはいかんだろ、ってツッコミを抑え、物語として堪能できたらと思いますが、果たして。

ここから鑑賞後の感想です!!

 

 

感想

あまりにもうまくいき過ぎな逃亡、そして簡単に信じてしまう人たち。

俺はそう簡単に人を信じませんよ、ええ、みんなもそうでしょう?

相変わらずキレイなもんしか見せたくないんだろうな、それが映画の醍醐味ではあるけれど。

以下、ネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

なぜ彼は逃げ出したのか。

死刑宣告をされた主人公鏑木による、突然の逃亡。

工事現場、ニュースサイトのライター、水産工場、そして介護施設と、姿や名前を変えて行方をくらまし、民衆に溶け込んで普通に働く男は、一体何を目的としているのか。

 

今世間じゃひき逃げ事件を起こしたなんちゃらとかいうお琴が逃亡を繰り返してますけど、なんか結構タイムリーな物語だったんじゃないかなと。

 

藤井道人監督なので、おそらく最後は「メッチャええ話やん」て結末になるんだろうなと思ったら案の定そうでしたっていうことで、簡潔に言えば普通に見れたけどもっとスリリング且つ胸熱にできたよねっていうところはありますかね。

 

 

まず内容から説明すると、逃亡の瞬間と逃亡後に関わった人物の取り調べを、交互に挿入しながら見せていきます。

冒頭から察するに、皆供述する関係者は「騙された」ような顔つきで取り調べを受けている反面、どこか納得のいかない表情をしているのが印象的なシーンでした。

 

しかしその取り調べを担当する刑事役の山田孝之だけは、一切顔色を変えずこわばった表情で彼らを見つめるというものでした。

 

この導入があることで、なぜか「死刑囚を信じる人」と「死刑囚を疑う人」という構図を作っており、渦中の人物である鏑木が一体なぜ信じる人と疑う人を作り上げてしまったのかという謎を、我々はその後の物語で追うという形になっています。

 

まず鏑木は、ワケアリの貧困層が馬車馬のように働かされる建設現場で働くことに。

そこでは怪我をしても労災が降りないばかりか、殴るけるは当たり前な、今こんな労働環境って存在するの?ってくらい劣悪な場所で住み込みで皆が働いておりました。

 

そこで仲良くなった和也という青年と距離を縮めることになった鏑木でしたが、和也は、彼が勉強道具にしていた六法全書に挟まっていた「一家殺人事件のメモ」をみてしまったことから、、ニュースで見た鏑木の特徴である「顔に黒子、左利き」が気になって、彼を確かめることに。

彼の中で疑惑が大きくなったことで、110番に連絡をしてしまうのでした。

 

即座に逃げた鏑木が次に潜伏したのは東京・新宿。

ネカフェを宿代わりに、ニュースサイトのライターとして働く彼は、そこで働く女性・沙耶香に働きぶりを気に入られ、家が見つかるまでの間住まわせてもらうことに。

彼女が働いているニュースサイトでは、一課惨殺事件の犯人逃亡の報道に力を入れており、調べていくうちに彼が鏑木なのではという疑惑をもつことになります。

 

しかし彼女の場合は「彼を信じる」ことに徹します。

警察が踏み込んでも彼を庇って逃亡を手伝うほど。

 

彼女のおかげで無事逃亡に成功した鏑木は、長野へ場所を映し、水産工場で働いたのち、介護施設で働くことに。

東京で美容師を目指すも挫折したことで実家に引き戻された舞は、鏑木に憧れを抱いていたものの、担当患者を執拗に訪問する鏑木や、その患者の家族が訪問した際の様子に違和感を抱く。

そして彼女がインスタに挙げた鏑木を姿を映したストーリーが炎上し、鏑木の居場所が特定されてしまうことに。

 

事態が大きくなったことに困惑する舞だったが、それでも憧れの先輩である鏑木の必死のお願いを受け、協力することに。

 

遭えなく逮捕された鏑木は、一体なぜ場所を転々としながら逃亡をし、会う人会う人が彼を信じてしまいたくなるのかという様子を、丁寧に描写していく展開でありました。

 

 

あらすじとしてはこんな感じですが、要は鏑木は無実であるにもかかわらず、警察に一切信じてもらえないことに業を煮やし、自ら無実を証明するために脱走して、自分の脚と耳と目で証拠を追っていたのであります。

 

最初は資金調達のため、ニュースサイトでは情報収集、そして第一発見者である女性がいる介護施設を突き止め、証言をしてもらうようお願いしていたところで捕まってしまったというのが一連の流れです。

 

 

また本作は、鏑木と周囲の人物の馴れ初めや関わり合いの様子と並行して、刑事である又貫の姿も映し出しています。

 

18歳が犯した重大事件という触れ込みは、それまで未成年扱いされていた18歳が、成人として扱われることになったこと、その18歳が重大な罪を犯したことでどのような裁きが与えられるかという観点から、今後の抑止力になると考えた上層部の意向によって、鏑木は無実を証明していたにもかかわらず、起訴され死刑判決を言い渡される羽目に。

 

要は警察の怠慢によって犠牲を受けたということになります。

縦割り社会の警察ですから、又貫も上の命令には逆らえませんし、本人も当初は疑っていたのでしょう。

そもそも現場で返り血を浴びて鎌を持って突っ立っていたわけですから、印象的にも言い逃れはできないという。

 

さらに逃亡を繰り返し、一向に捕まええることのできない又貫は、世間や上層部からプレッシャーを与えられることで、一層鏑木逮捕に向けて力を注がなくてはいけない立場に追い込まれます。

 

簡単に言えば、「彼はもしかしたら無実なのでは?」という疑念すら持てないほど余裕がなかったということでしょうか。

 

しかし、捜査途中で起きた模倣犯と思われる事件が起きたことや、その模倣犯の経歴をきっかけに、又貫の中で大きな疑念が生まれ、最後は又貫すらも「鏑木を信じる」方向にシフトしていくわけです。

 

 

正しいことを正しいと主張すれば、みんな信じてもらえるのではないか。

様々な嘘やフィクションが横行する中、一体何を信じればいいかわからなくなった現代で、人としっかりふれあいながら相手を見つめる行為は、「信じる」という気持ちを芽生えさせる最高の手段なのではないか、そして度重なって起きる「冤罪」はなぜ生まれてしまうのかという問題にもしっかり触れることで、より一層「信じる」ことの大切さを伝えた作品だったのではないか、というのが、本作を鑑賞するうえで必要な側面だと思います。

 

そんなうまくいくわけない。

とまぁ、藤井イズムに沿ってキレイごとのように作品を解説してみましたが、個人的には本作は「そんなうまくいくわけない。」という思いが終始頭から離れない映画だったなと。

 

そもそも死刑囚が逃亡したんです。

警察としても大失態ですし、何より世間が黙ってない。

1年間も野放しにしていた警察の信用は失墜しますし、鏑木に関わった人がなぜあそこまで「信じたい」と思えたのか、本作の内容だけでは到底理解できません。

 

和也にいたっては、治療費を出してくれないことに苛立っていたけど、代わりに回収してくれたから鏑木を好きになった、というだけの関係です。

 

沙耶香に至っては、父が痴漢で冤罪喰らってるって背景もあってか、人を信じたいというマインドがすでに備わってる設定になっていますが、だからといって、ただ仕事ができるってだけで普通ネカフェに寝泊まりしてるような人間を、簡単に家にあげたりするような警戒心の低い女になってないか?という疑問が浮かびます。

 

介護施設でも単純に見た目がタイプというだけで一方的に好きになって、自分が挙げたインスタが炎上しちゃってるっていう、仕事どころではない状態なのに、好きな人からお願いされて承諾しただけっていう。

 

要するに、周囲の人たちがこれだけの内容で、簡単に人を信じちゃうこと自体が危ういんですよ。

 

終いには鏑木が舞と第一発見者を施設に残して立てこもり事件を起こした際、舞がインスタライブを通じて、第一発見者に証言をしてもらう姿を発信するんですね。

映像としては皆が注目することで、彼の事を信じたい気持ちが芽生えていく構成になっています。

 

俺としてはこれが非常に気持ちが悪かった。

要は一方的な見方によって、人は簡単にそっちを信じたくなってしまう心理があるってことを描写してるとしか思えないんですよ。

 

本作は人を信じることを題材に作っていると思いますけど、逆説的に「簡単に人を信じてしまうことの危うさ」も提示しちゃってるんじゃないかと。

 

妄信は怖いんですよ。

一方だけで判断しちゃいけないんですよって話です。

 

だからどいつもこいつも登場人物が鏑木の事を信じすぎちゃってて、非常に怖いと思いました。

 

確かに描かれてる鏑木は良い奴です。

だからこそ、彼の正体がバレた時に、かかわった人物に「俺はやってない!!」くらいの一言をちゃんと伝えてほしかったですね。

そう、この映画、鏑木の反論がないんですよ、周囲の人物に対して。

和也が気付いたときに、俺じゃないっていえばいいのよ。

沙耶香が気付いたとき、信じてくれたけど、それでも一言「俺はやってないから今逃げている」くらいの気持ちを伝えるべきだった。

舞に至っても、巻き込んでゴメン、実は証拠を集めてるんだ、くらいの弁解を言うくだりはあっても良かった。

 

皆が勝手な解釈で信じちゃってるんですよね。

それがどうも腑に落ちなかったんですよ。

 

いうなれば、本作で一番疑ってなきゃいけない立場の又貫を主人公にした方が面白いんじゃないかと。

本来なら、というか自分の仕事における思念で「ちゃんと捜査したい」人間なんだと思います、彼は。

でも、それが許されるような状況ではなく、年の瀬で忙しい中、早く捜査を終えたいという上層部の意向で、鏑木を犯人として逮捕しなきゃいけない立場にあった。

 

だから彼は常に額に汗を浮かべながら、苦悩した表情で鏑木を追っていたわけです。

だから途中で模倣犯による事件とかヒントになるようなきっかけを作るのではなく、又貫自身が鏑木に関わった人物の話を聞きながら、信じる方に傾いていく、そしてこれは誤認逮捕だと確信して組織の意向に背いて勝手な行動をおこし、鏑木に「俺を信じろ」とかクサいセリフまで言って、話が盛り上がる中、結局判決が覆されることはなかった、みたいなバッドエンドの方が、「人を信じる事」の意味が強く突きつけられるのではないかと思うんです。

 

もっと言えば、鏑木自体「なぜ逃亡するのか?」という描写を一切伏せて、かかわった人物の供述だけを頼りに、又貫が「疑うか信じるか」に話を持っていった方が、回想に時間を割くことができるし、又貫を通じて「我々が鏑木を信じることができるか」というところに行きつく話になるので、個人としてはそういう話作りにした方が、テーマ性は響くだろうと。

 

しかも鏑木の実態が掴めないようになるので、ミステリーにもなるわけですし。

 

 

最後に

とまぁ、「俺ならそうする」「こうした方が面白いだろ」みたいな話を織り交ぜた感想になりましたが、別に悪くないんですよ、この映画の中身でも。

 

ただ、可もなく不可もないようなキレイな話を見せられても、俺は響かないぞって話で。

また横浜流星の良くない芝居が連発したのが嫌でしたね。

姿かたちを変えても、声色や仕草といったディテールの部分がそこまでこだわってないような部分が見て取れたし、「根は良い奴」感丸出しなんですよね~。

そこはこっちを騙すかのような危うさが欲しかったですし、他の出演作品と大差ない演技だったなと。

 

良い俳優になってほしいので苦言を呈しますが、彼って表情がワンパターンなんですよ。

もっと表情を作る意識をすべきというか。

その不器用さが役に活かせた作品も知ってるので、全部帰ろとは言わないんですが、その辺の引き出しも今後必要になっていくぞ、今のままだとどこかでつぶれるぞと。

 

これで俺の藤井道人映画を劇場で観賞するのは最後になりそうです。

配信で見るかもだけどw

あとは皆さんに託したいと思いますw

頑張って彼の映画を盛り上げてください。

というわけで以上!あざっしたっ!!

満足度☆☆☆☆☆★★★★★5/10