モンキー的映画のススメ

モンキー的映画のススメ

主に新作映画について個人の感想、意見を述べた文才のない男の自己満ブログ

映画「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」感想ネタバレあり解説 夜明け前が一番暗い。

スプリングスティーン 孤独のハイウェイ

普通の人よりはそこそこ洋楽は通ってきてるのだけど、結局90年代から00年代の、自分が音楽をやっていた当時の曲がメインで、いわゆる往年の名曲以外で海外のミュージシャンを掘ってきたことはほとんどないです。

 

例えば今回鑑賞する映画の主人公・ブルース・スプリングスティーンもその一人。

いかにも古いアメリカの象徴と思えてしまう風貌、きっと浜田省吾佐野元春が憧れたんだろうなという曲調、メジャーリーグやフットボールの試合でよく流れてそうなあの名曲「Born In The U.S.A.」だって、モロに「ザ・アメリカ!」な感じじゃないですか。

音楽といえばUKだぜ!なところが強く、どうしてもアメリカ過ぎる曲は受け付けなかったんですよね。

 

だからほんと、何も知らない。

 

でもベン・アフレック監督の「AIR」という映画で、ジェイソン・ペイトマンがスプリングスティーンのこの曲を言及した時、超誤解をしていたことに気づいたんですよ。

あの曲は決して「アメリカ最高!生まれてきてよかった!」って歌なんかじゃなく、ベトナム戦争から帰還した兵士たちが「アメリカに生まれたのに…」と嘆く歌だと。

 

シンセとスネアの音が如何にも鼓舞するアレンジで、ひたすら「ボーン!インザユエスエー!!」と叫ぶから「アメリカ最高!」って思いがちだけど、ちゃんと歌詞を読むとそんな歌じゃなかったっていう。

 

こうした誰もが知ってるような雑学と知識しか持ち合わせていないんですが、それでも「音楽映画」だから見逃すわけにはいかないと、付け焼刃でインプットした楽曲を脳内デバイスに忍ばせて早速鑑賞してまいりました!!

 

 

作品情報

2023年に発表されたウォーレン・ゼインズの小説「Deliver Me From Nowhere」を基に、「クレイジー・ハート」や「荒野の誓い」など、男たちの内面を深く掘り下げるこの地定評のあるスコット・クーパー監督の手によって実写映画化。

 

1973年のデビュー以来、今もなおローリング・ストーンズ、ポール・マッカートニーと同列の現役で最も象徴的なロック・アイコンとして君臨し、「The Boss」の愛称で親しまれているミュージシャン・ブルース・スプリングスティーン。

そんな彼がキャリアの岐路に立った1982年を舞台に、喧騒を離れた誰もいない荒野の場所で一人音楽制作に没頭しながら、自分の過去を見つめ楽曲に魂を注ぐ姿を描く。

 

伝説の名盤「ネブラスカ」の創作の舞台裏と心の旅を手掛けたスコット・クーパー監督。

ボヘミアン・ラプソディ」のようにバンドとしての軌跡をかけめぐるのではなく、彼のターニングポイントにのみスポットを当てることで「あくまで、あの一瞬を称えること──静けさ、模索、そして感情の誠実さを映し出すことに意味がある」と語った。

 

そんな国民的ミュージシャンを演じるのは、「アイアンクロー」や「 スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー」への出演が決まっているジェレミー・アレン・ホワイト

 

人前で歌を披露したこともなければギターも弾けないことや、ロックの英雄を演じることへの重圧から、最初のオファーは断ったそう。

しかし、監督を通じてブルース本人から「演じるべきだ」と指名を受けたことでプレッシャーが和らいだそう。

それからブルースは忙しい合間を縫って幾度もホワイトからの質問を受け見守ってきたとのこと。

大きな後ろ盾を得たホワイトの、静かな魂の叫びを堪能できそうだ。

 

他にも、マネージャー、ジョン・ランダウ役に、「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」で悪辣な弁護士ロイ・コーンを怪演したジェレミー・ストロング、ガールフレンドのフェイ・ロマーノにオーストラリア出身の注目女優オデッサ・ヤング、父親役には「ヴェノム:ザ・ラスト・ダンス」のスティーヴン・グレアム、リチャード・ジュエル」、「ファンタスティック4:ファースト・ステップ」のポール・ウォルター・ハウザーがサウンドエンジニアのマイク・バトランを演じる。

 

「ボヘミアン・ラプソディ」や「エルヴィス」、エルトン・ジョンを描いた「ロケットマン」、ボブ・ディランの若き日を綴った「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」など、現役の音楽レジェンドを映画化するプロジェクトが続々と続いている近年。

この新たなトレンドの大本命となる感動巨編です。

 

 

あらすじ

 

1980年代、ニュージャージー。伝説のアルバム『明日なき暴走』の発表から7年が経ち、ブルース・スプリングスティーン(ジェレミー・アレン・ホワイト)は人生の岐路に立たされていた。

 

名声の影で深い孤独と葛藤に揺れていたブルースは、ロックスターとしての喧騒を離れ、誰もいない荒野のような“どこでもない場所”へ向かう。

 

4トラックのレコーダー1台、手元にあるのは曲になりかけた断片だけ。

恋人との時間、幼き日の母との思い出、そして父との確執に苛まれながら、彼は静かに魂を刻み始める。

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感想

ごく一般的な音楽伝記映画のそれとは違う、重く暗く、そして静かな映画。

父や恋人と向き合おうともがくと同時に、音楽への飽くなき欲求をぶつけるボスにとことん寄り添った意欲作。

以下、ネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

入門編としてみてはいけない。

ボヘミアンラプソディ以降、実在するアーティストの音楽伝記映画がトレンド化している昨今。

冒頭でも語ったように、馴染みのあるアーティストの映画なら「あの曲はこうやって生まれたのか」や「そんなことがあったなんて知らなかった」なんて発見や小戸r気に満ちた感想を書けるけど、マジでボーン・イン・ザ・USAしか知らないアーティストの、しかも絶頂期ではなくその手前の数カ月だけを見せられるとは思ってもみなかったです。

 

厳密には既に成功を収めここからさらに飛躍するときの出来事なので、既に絶頂ではあるんでしょうけど。

 

物語は、二枚組アルバム「ザ・リバー」のツアーを終え、次の楽曲制作に取り掛かろうとするボスが、ニュージャージーの湖畔一軒家に引っ越す姿から始まる。

4トラックカセットレコーダーのみで録音してく辺りは、あくまでデモテープ音源を作るための作業だと思っていたが、録音した音源を聴くにつれ、このままの音を音源にしたい気持ちが芽生えていく。

 

毎回音楽映画の感想を書くたびに過去の自分の体験談を書くのが通例になってますが、過去の自分は音にこだわることよりもメロディとかコード進行、主に「いかに売れ専の曲を作るか」にばかり囚われていました。

本作のボスを見て、改めてミュージシャンは「音」にこだわらないと生き残っていけねえんだなぁとしみじみ思いましたよ…。

 

スプリングスティーンは、どんな歌を作っていったかが序盤で映し出されます。

彼が愛読している「フラナリー・オコナー」の小説が映ったり、「スーサイド」の「フランキー・ティアドロップ」という曲のリズムをとっている指が映ったり。

 

中でも彼が熱心に繰り返し見ていたのが「地獄の逃避行」という映画。

これはのちに「バッド・ランズ」としてリバイバルされたテレンス・マリックのデビュー作だそうで、劇中マーティン・シーンやシシー・スペイセクが映ってるのは瞬時にわかりましたが、テレンス・マリックの映画だとはまだまだ俺も映画好きとは言えないなと落胆w

 

なぜそんなに熱心に彼がこの映画を見ているのか。

劇中で作られたアルバム「ネブラスカ」は、この「バッド・ランズ」の元になった「連続殺人事件」がモチーフになっているのとのこと。

1958年にネブラスカ州でチャールズ・スタークウェザーとキャリル・アン・フューゲートが殺戮を楽しんだのちに処刑されるという物語だそうなんだけど、これにインスパイアされたのがネブラスカという曲、とのこと。

 

歌詞の内容はというと、女の子と一緒に10人撃ち殺したよ、最後に電気椅子で死刑になるんだけど、後悔はないと。さんざん陪審員に言われたけど、この世にはただ意味もなく酷いことが存在するんだ、っていう。

 

一人部屋に籠ってこんな歌書いてるって、なかなかキてると思うんですよ、メンタルが。

決して平常心で書ける歌詞じゃないし、殺人を肯定してるかのような内容を、プライベートにとどめるならまだしもこれを世に出して金払って買わせようとする思考にちょっと敬遠してしまうというか。

 

実際にアメリカでは「マーダーブルース」なる伝承歌が歴史としてあるそうで、このネブラスカもそれに属するアルバムなんだそう。

また、彼が読んでいたフラナリー・オコナーの小説も、アメリカ南部を中心に描かれた反宗教的な面が強い人物たちによる暴力を描いたお話なんだそう。

 

 

このように、完全に鑑賞後に調べて知ったことをただ書き連ねてるだけで、ただの解説に留まってるんですが、正直どう感想を書いたらいいか、難しいんですよ。

 

物語は、ネブラスカというアルバムを制作していくうちに、恋人と関係を深めていったかと思えば避けていったり、幼少期に感じていた父への恐怖心を克服したいけどなかなか父親と距離を縮められない姿が描かれたりと、とにかくスプリングスティーンが鬱になっていく描写がずっと続くんですね。

 

明るい要素なんてどこにもなく、ただただ自分の心の仲と向き合っていく姿だけが投影されてく。

唯一心が躍るのは、冒頭での「明日なき暴走」の演奏シーンと、「ボーン・イン・ザ・USA」が出来上がるまでくらい。

これはもうサービスショットくらいのもので、じっくり深く映ることはない。

ボーン・イン・ザ・USAが実はポール・シュレイダー監督の映画に出演依頼が来て、その時のタイトルから拝借したものだったとか、たった2コードでできた曲がこんなにもパワフルなものになるとはと、スタッフもメンバーも上出来だとお墨付きをもらったにもかかわらず、アルバムの雰囲気に合わないと外れてしまい、結局次のアルバムに収録されたという逸話を知れたのは収穫でしたが。

 

親父は不器用なだけだったと思う。

何も知らなかったスプリングスティーンの一番深刻だった時期を映画を通じて知るとは思いもしなかった本作。

 

突っ走った結果、もう何も生み出せるものがないとなったとき、やっぱり自分の内面だったり闇に向かっていく衝動ってなんとなくわかるんですよ。

自分も大きなライブが控えた時に極度の緊張しいだからか、ものすごく不安に駆られる時があって、その時にペンを走らせてギターかき鳴らしてできた曲が、いわゆる「売れ専」ソングとは対極の、本当の自分が出せた歌だったりするんですよ。

 

別に共感とか感動とかそんなのどうでもいいと。俺を知ってもらうための歌。

 

きっとスプリングスティーンは、ツアーですべて出し切ったんだと思う。

ライブ後の彼は汗だくで頭も心も空っぽなように思えたし、その疲れを癒すにも「次のアルバム制作に…」なんて話をされる始末。

 

そりゃボロボロになるだろうと。

 

そして思い出すのが親父との日々。

母親に言われ、恐る恐るバーに入る少年は、大きな背中を向ける父親に向かって「ママが帰って来いって」とだけつぶやく。

もうこの時点で親父を見る目が脅えてて、背丈の差もあって親父が思いっきり睨んで見下ろしてるように見える。

 

そして夜になれば母親と口論になり、酔った父親はビール瓶をもって少年の寝室に入り、ミット打ちを強要される。

男たるもの強くあれ、当時はどこもそうだったんだろうけど、少年のこの脅えようは確実にDVでもされたんだろうなってレベル。

 

実際母親を守ろうと親父の背中をバットで殴る姿もあったわけで、親父てめえいい加減にしろよ!程度の怒りは持ち合わせていたんだろけど、それでも親父は「Good boy」しか言わない。

 

別に俺の家庭はDVなんてなかったけど、やっぱり母親では言うこと聞かない場合親父が出てきて一喝なんてことは幼少期よくあって、そこで「躾」としての暴力はありましたよ。

そこで子供たちは「親父が出てきたらまずい」って気持ちになって親父を恐怖とみなすこともあったはあった。

 

でもうちの場合親父は優しいし面白かったんで、怒ったとき以外は怖くなかったんだよな。

自分の過去と比較すると、ブルースの親父はやっぱりどこか異常な怖さが画面いっぱいに充満してたんですよ。

 

でも物語が進むと、怖い思い出だけではない面も見えてくる。

学校をサボって映画館へ連れていかれるブルース少年。見た映画は「狩人の夜」。

この映画見たことないんだけど、金の在りかを聞き出そうと親父になって近づいた殺人犯が子供を殺そうとする話だそうで、よくそんな映画を子を連れて見に行けるな親父!とは思ったけど、ブルース少年は映画を見るというよりも、親父と二人で学校サボって時間を共有してることに喜びを感じてるようにも見えたんですよね。

 

他にも妹(?)を連れて大きな家のある庭で走り回って来いと言われはしゃぐブルース少年などを見て、このお父さんは子供たちの距離を測るのが不器用すぎて出来なかったのかな?と思った。

 

でもその不器用な振る舞いが、ブルースを苦しめていたのは事実。

大人になって、病院から抜け出した親父を見つけたブルースとの距離感も、子供の時ほどではないにしろ縮まってるようにも思えなかったし。

 

とにかく彼にとって父親とのことは一番辛かった出来事で、恋人との距離が離れていく弱々しい姿含めて、みんなの前で飛んで跳ねて声が枯れるまで労働階級の英雄として叫ぶ彼の姿は、ある種の虚構だったりもするのかもしれない、そう考えると本作は「弱い姿」を見せることが目的の作品だったんだろうか。

 

 

最後に

もちろんジェレミー・アレン・ホワイトの芝居はどんどん鬱っ気出していくにつれよかったし、それを献身的にサポートするジェレミー・ストロングのマネージャーっぷりも見事でした。

 

親父も立派なアメリカが生んだ巨像で、そこと理解しあえない以上「アメリカ」を歌うことはできなかったのではないか、工場の中すら覗いたことのないというブルースが、これからも「ボス」である以上、過去のこと、そして最もパーソナルとされる「ネブラスカ」というアルバムを世に出すことは避けられなかったんだろう、と解釈。

 

ケースに入れずに手渡しされるカセットテープも、「枠」に捉われたくない表しにも思えるし、「ありのまま」とも取れるメタファーだったのかもしれません。

 

とはいえ、端的に好みではない作風だったんだよなぁ。「クレイジー・ハート」は好きなんだけども。

やはり鬱を患う人の姿を見るわけだから晴れ晴れとはしないわけですよ。そういう点では好みではなかった。

またよく知らないアーティストを知るきっかけができればと臨んだけど、一部分過ぎるしその一部分が最も暗い部分てのがね…。

 

ただ、これがあったから大ヒット曲が世に出たわけで、そういう意味では本作はまさに「夜明け前が一番暗い」という希望の光が差し込む直前の物語だったといえるのではないでしょうか。

 

彼のバックバンドは地元の人たちで構成されたメンバーで、長らく彼に帯同してたそうですが、本作では全く扱われていません。

そうすることで彼の「孤独」を強調させたかったのかなと思っております。

というわけで以上っ!あざっしたっ!!

満足度☆☆☆☆☆★★★★★5/10