モンキー的映画のススメ

モンキー的映画のススメ

主に新作映画について個人の感想、意見を述べた文才のない男の自己満ブログ

映画「ファーザー」感想ネタバレあり解説 認知症の辛さを体験せよ。

ファーザー

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 コロナ禍とあって、普段とは違う授賞式になった第93回アカデミー賞。

 

スティーブン・ソダーバーグ監督による映画的な演出が見どころの一つでもありましたが、最後の最後にとんでもないサプライズで幕を下りたんですよね。

 

その理由が本作「ファーザー」で主演男優賞にノミネートしたアンソニー・ホプキンスの受賞。

そして2020年に惜しまれつつも病死したチャドウィック・ボーズマンが「マ・レイニーのブラックボトム」でノミネートに加え、前哨戦で独走だったことから、世界中はおろか、授賞式の演出もボーズマン受賞ムード。

 

追悼コーナーには「ブラックパンサー」でボーズマン演じるティ・チャラの母親役を演じたアンジェラ・バセットがコーナーを担当したり、追悼映像の最後をボーズマンにするなどかなりの配慮がされてました。

 

さらには、授賞式を締めくくる「作品賞」の発表を前倒しし、主演男優賞を最後に発表するという異例のセットリスト。

そりゃ誰もがボーズマンが受賞して感動のフィナーレだと思いますよ。

 

ですが、ふたを開けるとホプキンスが受賞。

ネットは大荒れでしたね。

 

明らかに演出したTV局が悪いんですけど、そもそも批評家たちが演技を絶賛したわけですから、まず受賞して当たり前なんです。

だから僕らは本作を見て、ボーズマンよりも凄いと言われた演技を堪能しようじゃありませんか。 

 

なんせ「羊たちの沈黙」以来の受賞作品なんですから。

早速鑑賞してまいりました!!

 

 

作品情報

「この10年間で最も評価の高い新作戯曲」と言われた戯曲「 Le Père 父」を、劇作家自身が映画監督を務め、見事アカデミー賞6部門にノミネート、主演男優賞と脚色賞を受賞した作品。

 

認知症を患った父親と介護に苦悩する娘とのやり取りを中心に、老いによる思い出の喪失と親子の絆を、かつてない映像体験で描く感動作。

 

戯曲を手掛けた監督が、認知症を患った父親の視点で描くことにより、何が現実で何が幻想なのかあいまいなまま描かれていく。

その表現方法により、父親と同じような時間と記憶の混乱を体験しながら鑑賞し、思いがけないラストに心震わされる事だろう。

 

そんな父親を「羊たちの沈黙」以来2度目のアカデミー賞主演男優賞を受賞したアンソニー・ホプキンスが、最高級の演技で我々の涙を誘う。

 

また娘役に「女王陛下のお気に入り」でアカデミー賞を受賞したオリヴィア・コールマンが、父の世話と自分の人生とで葛藤していく姿を熱演し、同じ境遇を持つ者や、今度直面するであろう世代に共感を与える。

 

誰もがいつか訪れる「老い」。

本作は親子のやり取りを通じて、厳しくも温かく、切ないけどおかしく、腹立たしくも愛おしく伝えていく。

 

どんなラストが待っているのだろうか。

 

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あらすじ

 

ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニー(アンソニー・ホプキンス)は記憶が薄れ始めていたが、娘のアン(オリヴィア・コールマン)が手配する介護人を拒否していた。

 

そんな中、アンから新しい恋人とパリで暮らすと告げられショックを受ける。

 

だが、それが事実なら、アンソニーの自宅に突然現れ、アンと結婚して10年以上になると語る、この見知らぬ男は誰だ? 

 

なぜ彼はここが自分とアンの家だと主張するのか? 

ひょっとして財産を奪う気か? 

 

そして、アンソニーのもう一人の娘、最愛のルーシーはどこに消えたのか? 

 

現実と幻想の境界が崩れていく中、最後にアンソニーがたどり着いた〈真実〉とは――?(HPより抜粋)

 

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監督

本作を手掛けるのは、フロリアン・ゼレール

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 本作で映画監督デビューをされたお方。

作品情報でも書いた通り、監督は本作の元となる戯曲「 The father(英題)」を製作。

フランス演劇界の再交渉であるモリエール賞を受賞しました。

 

海外の多くの国でも上演されたそうで、日本では橋爪功さんが父親役を演じたことでも話題になったそう。

 

監督は本作のインタビューで認知症について「現代において最も悲しい問題です。それに誰もが共感できる問題でもあります。誰だって自分自身を失ってしまうのは怖いでしょう」と言及しています。

 

確かに普段の生活において多少の物忘れはあるとはいえ、僕らは自分自身を失うほどの症状を経験していないわけです。

それを映画を通じて追体験させてくれるのだそうで、監督がどんな魔法を使ったのか非常に気になります。

 

我々はホプキンスを通じて、「老い」の予行練習をすることになるんでしょう。

 

 

 

キャスト

認知症を患う父アンソニーを演じるのは、アンソニー・ホプキンス。

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言わずと知れた名優です。

一体いくつの作品に出演したのかわかりませんが、僕は未だ「羊たちの沈黙」が怖そうだからという理由で鑑賞出来てません…。

 

あれこれ語るよりも出演作を開設した方が早いので、サクっとご紹介。

舞台俳優としてきゃりをスタートした彼は、「冬のライオン」で映画初出演。

いきなりアカデミー賞助演男優賞にノミネートされます。

 

その後も、マーケットガーデン作戦を題材にした戦争映画「遠すぎた橋」や、英国アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた「マジック」、象人間と呼ばれた奇怪な顔をした青年と主治医の交流を描いた「エレファント・マン」などで話題になります。

 

1991年には、連続殺人事件を追うFBI捜査官と、元精神科医で猟奇殺人犯の交流を描いた「羊たちの沈黙」でハンニバル・レクター博士を演じ、見事アカデミー賞主演男優賞を受賞。

続編「ハンニバル」でも同役を演じたことで、ホプキンスの代名詞とも言える当たり役になります。

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他にも、格式を重んじる貴族社会のロマンスと厳しさを描いた「日の名残り」、ニクソン大統領の自伝映画「ニクソン」、奴隷制度が当たり前だった時代のアメリカを舞台に、投獄されてしまった黒人たちを救おうと闘う元大統領を描いた「アミスタッド」、2012年に実際に起きた枢機卿と教皇の対話を描いた「2人のローマ教皇」などで、アカデミー賞主演と助演男優賞でノミネートされています。

 

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また本作は「羊たちの沈黙」以来2度目のアカデミー賞主演男優賞を受賞をしています。

 

 

 

 

 

 

他のキャストはこんな感じ。

娘アン役に、「女王陛下のお気に入り」、「オリエント急行殺人事件」のオリヴィア・コールマン。

男役に、TVシリーズ「シャーロック」、「プーと大人になった僕」のマーク・ゲイティス

アンの娘ローラ役に、「ビバリウム」、「グリーン・ルーム」のイモージェン・プーツ

ポール役に、「ツーリスト」、「ジュディ 虹の彼方に」のルーファス・シーウェル

女役に、「ゴーストライター」、「ヴィクトリア女王 最期の秘密」のオリヴィア・ウィリアムズが出演します。

 

 

 

 

 

 

 

記憶と幻想があいまいな世界とは一体。

ホプキンスを通じて認知症を共に体験したいと思います。

ここから鑑賞後の感想です!!

 

感想

え…認知症、こわ…。

認知症を患う父と介護する娘の葛藤を、

敢えて「不親切」に描くことで、

愛しさと切なさと心苦しさと怖さを植え付ける良作でした!

以下、ネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

 

この視点は斬新だ。

誰の助けもいらないと豪語する父と、自覚症状のない父を献身的に介護する娘の物語は、認知症を患う父親の視点で描くことで、現実と幻想の区別をなくす「迷宮」のような構成で施されており、観衆は「認知症を疑似体験」しながら物語を追うことで、一体何が起きているのか理解できず「?」だらけになるも、根っこには父と娘の普遍的な愛がしっかり詰め込まれてたことで、ミステリーサスペンスの表層を持ちながらヒューマンドラマの顔を持つ、画期的な作品でございました。

 

 

いずれ訪れる「老い」。

今がどんなに元気だとしても年齢には勝てない。

若かった頃に備えていたキレの良さも、体力もなくなり、体にガタが来てムチャが出来なくなり、夜型人間は朝型人間になり、次第に「記憶」すらもおぼろげになっていく。

 

本作を見てまず感じたことは「年は取りたくない」。

認知症を患っているアンソニーは、自分でも驚くほど知性を持っていると言い放つ老人だが、実際は朝か夜かもわからければ、腕時計をつけていることすらも気づかない。

さらには、娘の旦那も認識できないことはおろか、自分の娘すらも認識できないほど重度の病に冒されている。

 

他者がどんなに状況を説明したり訂正しても、父親の話に合わせて見たとしても、アンソニーは受け入れようともしないし、態度を急変させるほど「めんどくさい」人間に成り下がってしまっている。

 

 

本作はそんなアンソニーを見つめる物語ではなく、アンソニーを通じて認知症を疑似体験するかのような視点で進んでいく。

 

娘だと思っていた人が実は介護人だったり。

自分の家だと思っていたのに娘の家だったり。

腕時計を盗まれたと思っていたのに、どこかに隠してあったり。

 

アンソニーにとっては今置かれている状況や、目の前にいる人物を信じて疑わないが、実はそうではないという現実を突き付けられることで、見ている我々もアンソニー同様混乱をきたしていく映像になっているのだ。

 

 

これまで認知症なり何かしらの病に見舞われていく人物が、病状が進行していく過程を追いながら、他者の視点で見つめる物語はいくつかあったように思う。

そうすることで、病に打ち勝とうと懸命に歯を食いしばる患者に勇気づけられたり、闘病している姿を見舞う人間から見ることで悲哀や感動させられる要素を持っていた。

 

しかし本作は、病を患っている当事者が体験している映像を見せられることで、「認知症」という病が一体どれほどのものかを体験させてくれる稀有な映画になっていた。

本作の凄さはここにあると思う。

 

また、はっきり言って物語としては不親切だ。

アンソニーが思い込んでいた事象は実は幻想だったという事実や、現実ではじっざ意向だったという答え合わせもなければ、別の日だと思っていた一日が、実は同じ毎日だったという事実、さらには同じシーンを繰り返したり、時にはそれを別の人物がセリフを言ったりと、とにかく一体どれが現実なのかがさっぱり理解できない。

 

だが、この「不親切」な物語構成が、認知症という病が如何に苦しく辛いものなのかを助長させているのだ。

 

 

さらにアンソニー・ホプキンスの卓越した演技も手伝って、説得力を増している。

時に険しい表情をしたかと思えば、すぐに機嫌を取り戻し、何事もなかったかのような振る舞いを見せる。

またある時は、上機嫌で客をもてなしながら、自分の娘を傷つけるようなことをサラッと言ってしまう。

またある時は、現実を突き付けられ戸惑いを隠せず、落ち込んで部屋にこもってしまう。

終いには、顔を引っ叩かれたと思い込み泣き出してしまうことも。

 

クライマックスで明かされる事実を聞いた時のホプキンスの演技は、それまでの悲哀度とは比べ物にならないくらいの表情をカメラは捉えている。

出口の見えない、希望の光すらも見えないほど暗がりの迷路の中に迷い込んでいることを知り、思わず助けを呼んでしまうほど追い込まれているアンソニーを見て、さすがアカデミー賞主演男優賞を受賞しただけの迫真の演技だということが分かる。

 

 

他にも娘のアンを演じたオリヴィア・コールマンの演技も、献身的な愛情表現と一筋縄ではいかない切迫した表情を反復して見せることで、如何に親の介護が大変なのかをマジマジと感じさせてくれる。

 

介護人を泣かせてしまったことで急いで帰宅し事情を聞くが、全く反省の色のない父親を見て苛立ちを隠せなかったり、

ずっと支えてきたのに一向に褒めてくれないことに、コップを落としてしまうほど落胆してしまったり、

既に亡くなってしまった妹ルーシーの存在を、今でも受け入れることができず面影を追いかけている父親の姿に涙ぐんでしまったり。

 

血の繋がっている父親に邪険に扱われたりしながらも、それでも感情を表に出さず耐えながら見守るアンの複雑な表情が、物語にアンソニーとは違う辛さや悲しさを与えてくれるのだ。

 

 

そして構成が「不親切」だと言い放ったが、実際よく見るとアンが着ている服や、アンだと思っていた人物が本当は誰なのか、勝手に部屋に居座る男は誰なのか、ルーシーにそっくりな介護人は誰なのか、また同じセリフを言うシーンを二度見せることで、どちらが幻想でどちらが現実なのかなど、違和感だらけの物語に多少の整理がつくような配慮はあるので、全く理解できないことはない。

 

最後に

基本的には室内劇で、登場人物も6人という少なさで作られた映画。

戯曲を映画にしたタイプの作品て、たまに全然面白くない奴に出くわすことが僕の中では結構あるんですが、本作は上手く映画に収めた感じのした作品だったように思えます。

 

2021年1月期に放送されたTVドラマ「俺の家の話」ってのがあったんですけど、タイムリーにこちらも「介護」の話でした。

こちらはどちらかというとホームドラマを装っておきながら、父と息子の人情にフォーカスをあてつつ、介護の辛さと温かさをバランスよく描いた良作ドラマだったんですね。

主人公と近い年齢もあって、色々感情移入して毎話号泣してたんですけど、本作「ファーザー」は、泣かされる場面も確かにあったものの、全体が父親の視点で構成されていることもあって、泣くよりも怖さの方が勝った感覚です。

 

自分ももし「認知症」になったら、アンソニーのように現実なのかそうでないのか理解できぬまま困惑したり、他人にめちゃめちゃ迷惑かけてしまうような言動や子王道を撮ってしまうのだろうかと考えると、恐ろしくてたまりません。

 

最後にアンソニーは「全ての葉が無くなってしまう」という表現をされてました。

自分でも驚くほどの知性の持ち主と語る場面があったように、見事な表現の仕方だなぁと感心させられたと同時に、これまで生きてきた人生という幹から、いくつもの枝からつけられた葉は、決して枯れさせたくはない部分なのに、それを無くしてしまうほどの衝撃だという表現。

 

あの時アンソニーは母親に助けを求めてましたが、老人が幼児化してしまうほど追い込まれていたんでしょうね。

 

だけどたくさんの木々に付けられた葉が映るラストカットから読み取るに、希望を見せる締め方だったように思えます。

 

やっぱりアカデミー賞にノミネートされる作品は素晴らしいものばかりだなぁと改めて気づかされた映画でした。

というわけで以上!あざっしたっ!!

満足度☆☆☆☆☆☆☆★★★7/10