モンキー的映画のススメ

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主に新作映画について個人の感想、意見を述べた文才のない男の自己満ブログ

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映画「トイストーリー4」感想ネタバレあり解説 本当の幸せを見つけたウッディに涙。

7月12日

トイストーリー4

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この映画見る度、子供のころ遊んだオモチャどこいったんだろうなぁ…と記憶を駆け巡りたくなる衝動に駆られるんですが、皆さんもそうなのかな?

はい、子供の頃はウルトラマンのソフビ人形でガッシャンガッシャン戦いごっこばかりやっていたモンキーです。

 「完璧なラスト!!」と皆が口を揃え感動一色となったあの「トイストーリー3」から数年、まさかまさかの続編を製作するという賭けに出たピクサースタジオ。

いやぁあれはあれでピリオド打ったんだから、この先の話を作る必要ないんじゃない?と思う人も多かったことでしょう。

しかしウッディ率いるオモチャたちは持ち主が変わっても未だステキな遊び相手として活躍しているのだから、再び彼らの物語を見せてくれてもいいじゃないかと。

 

そんなファンのためを思ってか製作された今作がいよいよ公開でございます。

恥ずかしながら私モンキー、1と2はずいぶん前に鑑賞したものの、3に関してはリアルタムで鑑賞しておらず、つい先日鑑賞した身分でございまして、ウッディが下した決断、そしてアンディが下した決断に、それはそれは涙しました。

だからその時思ったのです、俺のオモチャは幸せだったのかな?と。

かなり荒く遊んだと記憶しているのですが、ガッシャンガッシャンさせられて身も心もボロボロになってなかっただろうかと。

もし今後子供ができておもちゃで遊ぶ時は、この映画から学んだことを教えてあげたいな、そんな気持ちで新作「トイストーリー4」、早速鑑賞してまいりました!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作品情報

当時世界初の長編フルCGアニメーションとして映画の歴史を変えた『トイ・ストーリー』。

おもちゃの視点で描く「おもちゃの世界」で、個性的なキャラクターたちが様々な冒険を繰り広げたり壁にぶつかることで、おもちゃ同士の絆を深めていく姿を、フルCGアニメーションならではの躍動感あふれる動きと巧みに寝られた脚本で、大人子ども関係なく人々を歓喜と感動の渦に巻き込んだあの映画が再びスクリーンに帰ってくる。

 

アンディの手から次の世代の子供の元へと渡ったウッディたちの次の舞台は、子供部屋から遠く離れた外の世界。

初めて目にした新しい世界に魅了されたウッディが、やがて大きな決断を選択するまでを描く。

その真意に気付いたとき、あなたの心に深い感動が生まれることでしょう。

 

誰にでも輝ける場所がある。

これは私たちが大好きなウッディと仲間たちの物語。そして同時に、私たちの人生の物語。

 

トイ・ストーリー4  リアルサイズ トーキングフィギュア ウッディ (全長37cm)

トイ・ストーリー4 リアルサイズ トーキングフィギュア ウッディ (全長37cm)

 

 

 

トイ・ストーリー4  リアルサイズ トーキングフィギュア バズ・ライトイヤー (全長28cm)

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あらすじ

 

“おもちゃにとって大切なことは子供のそばにいること”――

 

新たな持ち主ボニーを見守るウッディ(声:トム・ハンクス/唐沢寿明)、バズ(声:ティム・アレン/所ジョージ)ら仲間たちの前に現れたのは、彼女の一番のお気に入りで手作りおもちゃのフォーキー(トニー・ヘイル/竜星涼)。

 

しかし、彼は自分をゴミだと思い込み逃げ出してしまう。

ボニーのためにフォーキーを探す冒険に出たウッディは、一度も愛されたことのないおもちゃや、かつての仲間ボー(声:アニー・ポッツ/戸田恵子との運命的な出会いを果たす。

 

そしてたどり着いたのは見たことのない新しい世界だった。

最後にウッディが選んだ“驚くべき決断”とは…?(HPより抜粋)

 

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監督

今作を手掛けるのは、ジョシュ・クーリー

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これまで、ピクサースタジオ製作の作品でストーリーボードアーティストとして活躍してきた監督。

ジョン・ラセターがこれまで作り上げてきたトイストーリーシリーズを引き継ぎ、初の長編映画の監督を務めます。

今回初登場となる手作りおもちゃ、フォーキーについて監督は、自分の子供が石ころや鉛筆などを使っておもちゃのように遊んでいる風景を目撃し、アイディアに至ったとこのこと。

おもちゃは子供たちのためにあると謳ってきたウッディ。

今回彼の価値観に変化をもたらす出来事が起きるよう挑戦したとのこと。

監督はウッディに一体どんな決断をさせたのでしょうか。

非常に楽しみです。

 

 

 

 

キャラクター紹介

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左上より。

  • ウッディ(声:トム・ハンクス/唐沢寿明)

 

 かつてはアンディの一番のお気に入りだった保安官のカウボーイ人形。常に持ち主の幸せを願い、持ち主がボニーに代わった今もおもちゃたちのリーダー的存在で、仲間のことは絶対に見捨てない。(HPより)

 

  • ボー・ピープ(声:アニー・ポッツ/戸田恵子)

 

 かつてのウッディたちの仲間。離れ離れになったあと、いくつかの場所を経て、今は持ち主のいない磁器製の美しい羊飼い人形。ウッディと運命の再会を果たしたボーは、とても頼りになるたくましい女性になっていた。(HPより)

 

  • バズ・ライトイヤー(声:ティム・アレン/所ジョージ)

 

 ウッディの相棒。レーザー光線や飛び出す翼などの機能を備え、発売当時は子供たちが挙って欲しがった最新型アクションフィギュア。決めセリフは「無限のかなたへ、さあ行くぞ!」(HPより)

 

  • フォーキー(声:トニー・ヘイル/竜星涼)

 

 ウッディたちの持ち主の女の子ボニーが、先割れスプーンで作ったおもちゃ。自分のことを“ゴミ”だと思っていて、目を離すとすぐにゴミ箱に入りたがる。(HPより)

 

  • ダッキー&バニー(声:キーガン=マイケル・キージョーダン・ピール/チョコレートプラネット

 

 ウッディたちがたどり着いた移動遊園地の射的の景品のぬいぐるみ。いつか子供に持って帰ってもらうことを夢見ている。一見ふわもふの可愛らしい見た目だが、実は毒舌コンビ。(HPより)

 

  • ギャビー・ギャビー(声:クリスティーナ・ヘンドリックス/新木優子

 

 ボイス・ボックス内蔵の愛らしい人形。背中のひもを引くと声が出るはずが、製造不良のためおしゃべりができず、長い間 店の奥で忘れられた存在。ギャビー・ギャビーのたったひとつの願いは子供のそばにいて愛されること。(HPより)

 

  • デューク・カブーン(声:キアヌ・リーブス/森川智之

 

 カナダ出身のバイクスタントマンのおもちゃ。CMのように高く遠くへ飛べないため、持ち主の子供に飽きられてしまったことがトラウマとなり、自分に自信が持てない。(HPより)

 

  • ギグル・マクディンブルズ(声:アリー・マキ/竹内順子

 

 1980年代に玩具シリーズとして発売された小さなプラスティック人形で、ボーの親友。ボーの肩に乗って行動を共にしている。はっきりとした性格で、ボーにとっての良きアドバイザーでもある。「トイ・ストーリー」シリーズ最小のおもちゃ。(HPより)

 

他にも、ポテトヘッド夫妻、スリンキー、ジェシー、ハム、スリンキーなどのお馴染みのキャラも登場します。

 

 

 

 

 

 

 

 

想像を超える結末とはいったいどんな結末なのでしょうか。

いつまでも一緒だと思っていたウッディとバズたち。

僕らが望むような結末ではなさそうですが、果たして。

ここから鑑賞後の感想です!!!

 

感想

内なる声に耳を傾け、無限の彼方へさぁ行こう!

これはウッディのための物語。

以下、核心に触れずネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前作ほどの感動は弱いが、これはこれで素晴らしい。

前作の最後から少女ボニーのもとでおもちゃとしての役目を全うしてきたウッディが、かつての仲間、ボー・ビープやアンティークショップで飾られたままの古い人形ギャビー・ギャビー、そしてごみから生まれたフォーキーなど、新旧のキャラたちと深く関わることで、自身にとっての「おもちゃにとっての本当の幸せとは何か?」という問いを、前作とはある意味真逆でありながら答えを明確に打ち出した、静かなる感動を与えてくれた良作でございました。

 

前作では持ち主の成長と巣立ちによって手放され、新しい持ち主の手に渡ったことで、「おもちゃにとっての本当の幸せは、持ち主が変わったとしてもその相手をし、おもちゃとしての使命を全うすること」という幸せに満ちた終わりで幕を閉じました。

しかしウッディ自身は本当にこれで終わりでよかったのか?という製作側の心残りから生まれたのが今回の映画だったように思えます。

 

劇中でウッディが見た外の世界、そしてその外の世界で自由奔放にオモチャとして人生を送るボーの存在、そしていつまで経っても持ち主のいないおもちゃたちを見て、自分を犠牲にしてでも仲間と持ち主のために頑張る姿、その強い正義感が実を結びこれまで持ち主に愛されてきたウッディだからこそたどり着いた答え。

これまで持ち主のために献身することこそおもちゃの役目と、内なる声に耳を傾けてきたウッディでしたが、その「内なる声」は自分がそうでありたいという思いから生まれたモノだったのだと思います。

では本当はどうなりたいのか、どう在りたいのか。

おもちゃとしてでなく、ウッディ自身の幸せを探し求めた、そんな物語だったのではないでしょうか。

 

正直僕は前作の方が好きです。

誰からも相手にされず物置小屋で過ごすのではなく、例え持ち主が変わっても彼らが輝き続ける場所があるという、アンディからボニーに手渡されたあのシーンのインパクトがその原因だと思うんですが、今作はそういう大きなインパクトは弱かったように思えます。

しかし、やっとボニーの元へ帰られるという矢先に思いとどまったウッディの胸中から、そのウッディの表情を見て悟った仲間たちが彼の元へ駆け寄り抱擁する姿を、あえて言葉少なにしたことで彼らの心情を読み取らせる演出に、僕は静かに心を揺さぶられました。

映画ってどうしても誇張して感動を煽ることをするんですけど、もちろんそれも大好きなんだけど、実はそんなことしなくても観てる側には伝わることを理解してるからこそあえて言葉少なにしたシーンだったのかなと。

 

僕はそこまでこのシリーズを熱心に追いかけていなかったけど、やっぱりこの結末は寂しいし悲しい。

でも、僕らもまた彼のように一歩を踏み出さなきゃいけない時が来るし、自身の幸せのためにそういう決断を迫られる時が必ず来るわけで、それはウッディも同じだよってことをこの映画で示してくれたのかなと。

だから僕らも彼の幸せを願ってしっかりこの結末を見届けなきゃならない、受け入れなきゃならない気はします。

 

そして、たとえ自分がゴミだと思っても必要だと思ってくれる人はいて、例え誰にも拾われなくてもいつか誰かが手を伸ばしてくれる。

その手助けをすることが自分にとっての役目、自分の幸せと悟るウッディ。

おもちゃの物語でありながら、どこか僕ら人間の話にも通じるお話だったのではないでしょうか。

 

 

ざっくり解説。

話は9年前にさかのぼります。

雨が降りしきる中、おもちゃのラジコンが用水路にはまってしまい、流されてしまうのを防ぐために作戦を立てるウッディとボーたちおもちゃ。

相変わらずズバ抜けたアイディアとダイナミックな作戦を思いつく彼らの思考回路はどうなってるんだ?と毎回疑問に思いながらも楽しませてくれるアクション。

無事ラジコンを救出するも、アンディの妹モリ―のオモチャを引き取りに来た別の誰か。ボーもそのひとつとなってしまい、ウッディたちの元から離れてしまいます。

 

それから時は流れ現在。

いつものようにおもちゃで遊ぶボニーですが、ここ数日ウッディはその遊ぶおもちゃから除外されることが増えていきます。

ウッディの保安官バッジはジェシーの胸に付けられ、帽子屋さんごっこを楽しむボニー。

一時悲しい表情を浮かべるも、ボニーが喜んでくれるならこれはこれでおもちゃとして良いことだと切り替えるウッディ。

 

そんな矢先、ボニーが初めての幼稚園に行くことになります。

幼稚園に行くのを嫌がるボニーを見て、おもちゃをもっていってはいけない決まりがあるにもかかわらずいてもたってもいられなくなったウッディは、ボニーのカバンにこっそり入りついていくことに。

案の定ボニーは一緒にいる園児たちと距離を縮められず今にも泣きそうな表情に。

ここでも一瞬のひらめきで行動するウッディ。

ゴミ箱から適当に漁った先割れスプーンや赤い針金をボニーのもとに投げたことで、ボニーは新しいおもちゃを生み出します。

フォーキーと名付けられたそのおもちゃは、ボニーにとって心の拠り所になります。

持ち主の幸せを願うウッディは自分の仕事を全うできたことに安どの表情を浮かべますが、フォーキーはそれどころじゃない。

自分はオモチャではなくゴミだと思い込み、ボニーの部屋に帰ってきても何度も何度も何度も何度もゴミ箱へ帰ろうとしてしまいます。

 

ちゃんと幼稚園に行ったご褒美にキャンプへ出かけることになったボニーと家族。

同行することになったおもちゃたちでしたが、そこでもフォーキーはゴミ箱を見つける度に持ち場を離れ逃げてしまいます。

ウッディは君がいないとボニーが悲しんでしまうし、君はゴミではなくおもちゃだと何度も言い聞かせますが、なかなかうまくいきません。

再び自分の役目を全うするため、ウッディは彼から目を離さず監視することを決断しますが、フォーキーが窓からこっそり逃げてしまいます。

 

キャンプ地で合流することを約束しフォーキー探しを単独行動することになったウッディ。

無事彼を探し出し、自身の思い出を話しながらフォーキーにおもちゃとしての役目を伝えるウッデイは、無事キャンプ地の近くにある移動遊園地の前までフォーキーを連れてくることに成功。

しかしウッディは目の前に建っているアンティークショップを見て、かつての仲間ボーがもしかしたらいるかもしれないと考え、フォーキーを連れて店に侵入します。

 

ボーを探し始めた矢先、ギャビーギャビ―という女の子の人形と出会います。

訪問者に優しく店を案内するギャビーでしたが、彼女はウッディに備わっているボイスボックスに目をつけ、彼の中から取り出し自分の壊れたボイスボックスと交換しようと企みます。

 

何とか逃げることに成功したウッディでしたが、フォーキーは捕らわれてしまいます。

どうにかして救出を試みようとすると、偶然ボーと遭遇。

彼女は持ち主のもとでかわいがられるでもなく場所を転々としながら人生を謳歌していました。

美しく逞しく成長を遂げていた彼女にウッディは仲間のフォーキーを助けるために協力を頼み、彼女が以前飾られていたアンティークショップを目指します。

 

 

一方その頃、未だ帰ってこないウッディを心配していたバズたち。

「内なる声」に従い行動していたウッディを思い出し、自分に搭載されたボイスボタンを押したバズは、彼を助けるために車の中から飛び出し外の世界へ向かいますが、射的のお兄さんに捕まり、自分の店の景品にされてしまいます。

そこで出会った鳥のぬいぐるみ、ダッキー&バニーと共に抜け出し、ウッディと合流することに成功。

ウッディたちはボーとバズらと共にフォーキー救出作戦を決行します。

 

果たしてウッディはフォーキーを救出し、ボニーの元へ帰ることができるのか。

そしてボーの奔放な生き方やギャビーが抱える持ち主のいないままのオモチャとしての人生を送る姿を目の当たりにしたウッディは、小さく芽生えた「内なる声」に耳を傾けていくが・・・。

 

というあらすじです。

半分くらいまで書いてみましたが、その後は劇場でお楽しみを。

 

 

どうしてもこれは許せない。

僕はこの映画、とても面白く見させてもらったんですが、一つこれはダメじゃないのか?と思う点がありました。

 

人間の前ではおもちゃとして振る舞うことが彼らの役目であり、おもちゃとしての行動や言動を人間に見られてはいけない聞かれてはいけない隠密行動がこの物語における掟。

 

それによって抜き足差し足忍び足で人間の死角を見つけばれないようにひっそり行動するのが非常にスリリングで楽しいシーンだったりするんですが、今回人間にバレてはいないものの、かなり大胆なことをして人間を誘導するってシーンが終盤にあるんですね。

 

まずひとつがバズ。

さてパンク修理も直ったし帰ろうか、と支度するボニー一家。

ここで忘れ物はないかい?と聞く両親に対し、明らかにアンティークショップにかばんを忘れているにも関わらず大丈夫!と言ってしまうボニー。

 

この時バズはボニーがかばんを店に忘れてるからそこへ戻ってウッディ回収!という計画だったんですが、まさかかばんを忘れていることに気付いていないボニーという展開を予想しておらず、苦肉の策で自分のボイスボタンを連打し注意を引きつけ、結果、「ボニーがかばんを忘れている、アンティークショップに急げ!」と自分の声で言ってしまうんですね。

この時、僕はとうとう掟を破ってしまったか…とちょっと驚いてしまいました。

何というか人間の世界とおもちゃの世界が繋がらないようになってるからこの映画は面白いし素晴らしいと思ってたんですが、ここで現実と虚構の境目が崩れてしまったことに少々ショックを受けてしまいました。

 

しかもこれだけではなく、ウッディの指示通りテント前で落ち合うために、おもちゃたちが暴挙に出るんですね。

それがキャンプ地から離れるボニー一家を強引に戻らせるために、おもちゃたちが運転席の足元に隠れカーナビの音声案内のマネごとをしてナビの方向とは逆の指示をする件。

もちろんパパはこれ壊れてるなと思い、指示とは逆の方向へ向かおうとするんですが、それをさせないためにアクセルとブレーキをおもちゃたちが勝手に動かして阻止するんですね。

確かに人間はこれがオモチャの仕業だったということに気付かない状態で終わるんですが、ちょっとこれ物語とか設定とかを台無しにしてやしないかい?もっと他にパターンとしてあったと思うんですけど…と。

例えば、劇中でジェシーが車のタイヤをパンクさせたシーンがあるんですけど、これの延長として今度は車のカギを隠すとか、出発してしまったとしても外に出て何か障害物を用意するとか、何かもっと自然な形に見せるようなこともできたと思うんです。

おもちゃがうまく仕向けるような運びなら「うまい!」と思えるんですけど、これ明らかに危ない行為だし、さっきも言ったけど完全にリアルとファンタジーの境界線をぶっ壊しちゃってる気がするんですよ。

そこは交わらずにおもちゃの世界を描いて欲しかったなぁというのが僕の許せない部分でした。

 

もしかしたら似たようなシーンが1とか2にあったとしたらごめんなさい。それは完全に僕が過去作忘れてます。(どうやら似たようなシーンが1にあったと、Twitterで言及いただきました。失礼しました。)

そういうもんだと思って観ていた僕にはどうも受け入れられないシーンでした。

 

 

 

最後に

シュガーラッシュ:オンライン」にも似たようなラストだったように思えます。

ゲームのキャラであれ、おもちゃであれ、アイデンティティを探し求めるって行為は僕らと変わらないわけで、キャラならおもちゃならこうでなくちゃいけないなんて決まりはないわけで、彼らに意志があるのなら受け入れることがシリーズ通して観ている僕らの役目なのかも。

 

この結末は想像もつかない、というわけではなく、至ってシンプルな構造の物語だったのは、ちょっと拍子抜けにも感じたけど、このラストは確かに素晴らしいかなと。

もっとアクションとかスリリングな展開とかおもちゃたちが必死になってワチャワチャしてるシーンとか、これまでの仲間たちがあまり活躍してないってのは正直残念だったなぁ。

あとはなんだろ、もっとウッディにフォーカスした話の組み立て方なら感情移入の矛先も定まった気はします。フォーキーとギャビー二体も後ろめたさを感じたキャラが出てきちゃうし、ここは役割を分けずに一つにまとめて、ボーから受けた影響の強さを前に出した方がお話としてはキレイだったかなぁとは思います。

 

おーっと!小さな不満が漏れてしまった。

いやいやこれはこれでステキな映画です。やっぱりディズニーはすごいね。ダメな時もあるけどw

というわけで以上!あざっした!!

 

 

満足度☆☆☆☆☆☆★★★★6/10