わたしは、ダニエル・ブレイク
このタイトルから既に物語の核心が見えてる気がします。
非常に傑作の予感。
名匠が引退を撤回してまで挑んだ作品。
早速鑑賞してきました。
作品情報
前作を最後に映画界を引退を表明したイギリスを代表する監督が、今世界中で続いてる格差や貧困にあえぐ人々を目の当たりにしたことで、どうしても伝えたい物語を作るべく引退を撤回。
そして出来上がった今作は感動と涙で包み込み、カンヌ国際映画祭で2度目のパルムドールを受賞する快挙を成し遂げました。
彼の集大成にして最高傑作と呼び声高い作品となっております。
I, Daniel Blake (English Edition)
- 作者: Paul Laverty,Ken Loach
- 出版社/メーカー: Route
- 発売日: 2016/10/06
- メディア: Kindle版
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あらすじ
イギリス北東部ニューカッスルで大工として働く59歳のダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズ)は、心臓の病を患い医者から仕事を止められる。
国の援助を受けようとするが、複雑な制度が立ちふさがり必要な援助を受けることが出来ない。
悪戦苦闘するダニエルだったが、シングルマザーのケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)と二人の子供の家族を助けたことから、交流が生まれる。
貧しいなかでも、寄り添い合い絆を深めていくダニエルとケイティたち。しかし、厳しい現実が彼らを次第に追いつめていく。(HPより抜粋)
監督
監督はデビューからなんと50年!ケン・ローチ監督。
2000年以降の作品しか見てないのですが、基本的に彼の作品は、イギリス国内における、いわゆる労働者階級たちを主人公にした作品を多々描いています。
そしてあまり有名でない役者を使うのも特徴。
キリアン・マーフィーくらいかな?
最近の作品で有名な出演者と言ったら。おそらく監督の意図があってのキャスティングなんでしょう。
そんな監督の代表的な作品はというと、初期の代表作として、炭鉱町で暮らす少年の動物との交流を描き、社会が持つ本質的な現実を突きつけ問題作となった「ケス」で英国アカデミー賞にノミネートしています。
それ以降不遇な時代が続いたようですが、90年代に入るとカンヌやベネチア、2000年台に入るとベルリンといった世界3大映画祭で高い評価を得る監督へと成長を遂げていきます。
スコットランドの少年が家族の時間を取り戻すため危険を顧みず奔走する青春物語「SWEET SIXTEEN」、アイルランド人女性とイスラム系移民男性との恋愛の行方を描いた「やさしくキスをして」などを経て、1920年代のアイルランド独立戦争から内戦へと変化していく様を2人の兄弟を中心に描いた「麦の穂を揺らす風」ではカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞。
近年では、かつてマンチェスターユナイテッドで活躍したスーパースター・エリック・カントナがまさかの出演、何もかもうまくいかない中年男が、憧れのヒーローからアドバイスを受けることになり活路を見出していく一発逆転コメディ「エリックを探して」、素行の悪い少年が、ウィスキーの奥深さに魅了され才能を見出し、人生の一発逆転を狙うハートフルコメディ「天使の分け前」などユーモラスな作品が目立ちました。
監督の作品はこちらもどうぞ。
キャスト
タイトルにもなっっているダニエルブレイクを演じるのはデイヴ・ジョーンズ。
イギリスでは有名なコメディアンだそうです。
今回映画初出演ということですが、ユーモラスな演技を見せてくれたりするのでしょうか。
公式HPによると、舞台版「カッコーの巣の上で」に出演したり、舞台版「ショーシャンクの空に」の共同脚本を手掛けたりと多彩な面も持ち合わせてるマルチなお方。
その演技やいかに。
シングルマザーのケイティを演じるのはヘイリー・スクワイヤーズ。
演技の博士号を取得後、エリザベス女王がお忍びで外出したという逸話を基に描かれた「ロイヤルナイト 英国王女の秘密の外出」に出演。
脚本の執筆もするんだとか。
今回オーディションで抜擢されたそうで、今作で英国インディペンデント映画賞有望新人賞を受賞。今後の活躍が期待されます。
監督らしく世界的に無名の俳優を抜擢してるせいかキャストの紹介が薄っぺらいですが、この2人を軸にどんな物語が描かれるのか。
そこから見える監督の引退撤回までして手掛けた作品のメッセージとは。
ここから鑑賞後の感想です!!!
感想
どんなに辛くても、辛い人に手を差し伸べるダニエルのような男でありたい。
以下、核心に触れずネタバレします。
人間の尊厳が失われつつある。
さすが引退を撤回してまで作り上げた、監督の魂の怒りが詰まった作品だけあるなと思った映画でありました。
今この映画のことのようなことが現実に起きている。
映画という虚構の中で限りなく現実を映し出した、監督の力作でありました。
そしてどんなに辛い状況でも人としての尊厳と思いやりを忘れることなく行動するダニエルの生き様が素晴らしく、「私は人間だ、犬ではない」という言葉に強く心を打たれた作品でした。
映画的に言えば、ドラマチックに描かず淡々と流れる物語の中で、音楽で助長するような効果的な演出など無く、エピソードごとにフェードアウトする編集、おまけにエンドロールに至ってはあまりに短く余韻に浸る間を与えてくれない、ある意味サディステッィクな終幕。
彼の作風を知らなければつまらないなんて思ってしまうかもしれないけど、これがケンローチ流なんだよなぁと久々に彼の作品を見て改めて感じた瞬間でもありました。
見終わった直後の感想といえば「チョコレートドーナツ」以来、こんな理不尽なことがあっていいのかよ!!!と、見終わった後悲しさ以上に怒りがこみ上げる作品でした。
もう監督の怒りがそのまま描かれたような映画でした。
きちんと税金を納め真面目に生きてきた男が病気になったことで、なぜこんな仕打ちを受けなければいけないのか。
女で一人で子育てしなければいけない家族がなぜ路頭に迷わなければいけないのか。
役所の人間は人を人として見ているのであろうか。
一番中立にならなければいけない立場の公務員が、規則だからというだけで切り捨てていいのだろうか。
規則は排除するためにあるのか。
全てをイエスかノーで決めなければいけないのか。
彼らに臨機応変な対応はできないのだろうか。
国の支援とは誰のためにあるのだろうか。
とにかくなぜこんな生きにくい世の中になってしまったのか、という疑問と、怒りと、やるせなさがつきまとい考えさせられる作品でした。
登場人物も様々な立場の人たちがいました。
ケイティは18歳で子供を産み、新しい人ともうまくいかずもう一人産子を授かることに。
何とかしてありついた住居は部屋も庭もあるけれど、ケイティの心とリンクしているかのようにボロボロ。
あまりの金のなさに、空腹に耐えながら凌ぎ、万引きや体を売る仕事にまで手を出してしまうことろまで落ちてしまい、子供たちはいじめに遭ったり、精神状態が不安定だったりと色々難を抱えていました。
真面目一辺倒なダニエルとは対照的に、仕事したってロクな金にならねえなら楽して稼ぐ方法見つけるしかないよね、と阿漕な商売に手を出すアパートの隣人2人組。
役所でめまいがするダニエルに手を差し伸べたり、再び役所に訪れた際、役所の方針を無視してダニエルを手伝う女性。
自身の尊厳と役所のふざけた対応の改善を壁に落書きし訴えるダニエルに称賛し、声をかける男性。
そんな彼らはダニエルの人柄に救われ助けられたことで、彼が一人で問題を抱えた時に手を差し伸べていきます。
そこから読み取れるのは、まさに助け合いの精神。
私たちはそうやって生きてきたじゃないか、と監督に言われてる気がしました。
話の流れはこんな感じ。
大工の仕事中心臓発作により足場から倒れ、仕事を辞めざるを得なくなり、役所から福祉保証手当をもらおうとするも、就労可能と診断される。
不服の申し立てをしようにも一向に電話がつながらない。
ようやく繋がったにもかかわらずややこしい手続きが何度も続く。
そんな中、慣れない土地に役所まで迷い、時間に遅れたことで手当てがもらえないシングルマザーのケイティを見かける。
役所の心無い対応に我慢の原価を迎えたダニエルは立ち上がり救いの手を差し伸べるも、結果追い出される羽目に。
ケイティはロンドンに住んでいたが、アパートの雨漏りを大家に文句を言ったところい出され、ホームレスの施設に住んでいた。
ただし3人で一部屋という劣悪な環境が子供たちに影響を及ぼし、ダニエルが住む街へ越してきたのだった。
所持金のないケイティにダニエルはあれこれ手助けすることで良好な関係を築いてく。
そんなダニエルに感謝をしつつもケイティの金銭状況と精神状態はギリギリのところまで来ていた。
ダニエルは仕方なく役所で就職活動をしながら手当をもらおうと申請するも、使ったことのないネットでの手続きや、履歴書の書き方講座への出席、架空の就職活動などをするも、証拠がないとあしらわれ、挙句の果てには処罰が当てられ手当を出さないとまで言われる始末。
そもそもダニエルは働けないのだ。
だが生きてくために、福祉保障を受けられないのであれば、働き口を探すふりをしててでも手当をもらわないと生きていけない。
慣れない作業とたらいまわしにされる役所の対応に苛立ち、抱えた爆弾に負担がかかる。
果たして彼の願いは届くのか。
キャメロン政権
政治にド素人な私がこの映画から、現在イギリスがどんな状況下にあるかを調べてみました。
当時保守党のキャメロン政権は、世界金融危機による財政赤字を削減すべく、福祉保障制度を見直すという緊縮政策を行いました。
かつてのイギリスは福祉国家と呼ばれ「ゆりかごから墓場まで」と例えられるような最低限の生活が保障されていました。
しかし気が付けば、歩幅を合わせられないものは置いていかれるという、福祉政策が整う以前の戦時中の時のような状態にまでなっていました。
この政策によって障碍者は、保守党が政権を握ってから、福祉と住宅手当(作中で寝室税といってるのはこのことです)、社会保障の削減とどんどん手当てが減り、かなりの厳しい生活をしなければならなくなったそうです。
ダニエルは国から公的支援をもらう審査で就労可能と判断され、手当がもらえない状態になってしまったわけですが、実際にイギリスでも、頭蓋骨の半分を失って重度の記憶障害と半身麻痺を抱える男性に対し、英労働年金省が就労可能という裁定を下したそうです。
鬼です。理不尽極まりない。
ダニエルが壁の落書きをしたとき近寄った男性が、ある人物の名前を叫んでいましたが、その人物こそが当時英労働年金省の大臣だったイアン・ダンカン・スミス。
就労可能と診断された障碍者が亡くなったケースが多発していたそうで、その時の検視官が労働基準評価に問題があると指摘。
この報告書の法的義務を怠ったというのが発覚し問題になりました。
政府の言い分としては、仕事に復帰できるのにしないというタダ乗りが将来増えるのを防ぐための労働能力評価だそうです。
日本でも不正受給問題などが騒がれていますが、だからといってこういった政策で弱者が追い込まれるのは違うよなぁと。
確かにそういう法の目をかいくぐって不正に手当をもらう輩も実際にいるから、厳しい審査をしなくてはならない役所や国の気持ちもわからなくはないです。
しかし真面目にやってきてきちんと申請したにもかかわらず、怠けてる人と同じ扱いを受けるのはホントに悲しい。
今回の映画はまさにこのことに対しての警鐘を鳴らしていたんだと思います。
その後キャメロンは退き、メイ首相新政権の下、EU離脱問題や移民問題に加えこの問題も改革していく方針のようですが、一刻も早く元の福祉国家として立て直してほしい。
そして日本もこうなっていく足音がそこまで聞こえていてもおかしくない状況です。
対岸の火事とは思わずに考えていきたいですね。
最後に
たまにはこういうことも書かないと、と思い書いてみたわけですが、慣れないことはするもんじゃないなwもっとわかりやすく書けるようにこういうことも勉強しなきゃなぁと感じた今回の感想でした。
ラストシーンは胸に刺さる言葉で締めくくられます。
非常に物悲しい結末を迎えますが、決して見て損はない作品だと思います。
というわけで以上!あざっした!!
満足度☆☆☆☆☆☆☆☆★★8/10