モンキー的映画のススメ

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主に新作映画について個人の感想、意見を述べた文才のない男の自己満ブログ

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映画「青くて痛くて脆い」感想ネタバレあり解説 身勝手の暴走が度を越えていてモロにイタい。

青くて痛くて脆い

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大人になると知っていく、自分の「身の丈」。

 

無限の可能性を秘めながら自信に満ち溢れた10代の頃とは違い、社会に出れば誰もが現実を突き付けられ、左に向こうが右を向くことになり、いつしか生きてる理由もなければ死ぬ理由もない、今日という日をやり過ごして生きていく。

 そんな大人になる一歩手前の時期というのが、大学生活なのではないかと思います。

 

もしかしたら10代の頃思い描いた「なりたい自分」になるために、洗練された感覚と柔軟性のある心と、タフな精神と溢れる野心で、自分が進みたい道を突っ走り成功をおさめる人もいるでしょう。

 

でもそれはほんの一握りで、実際は大体の人が就活という社会への第一関門で自分を偽り、仮の姿を演じ、取り繕って大人に媚びを売り、難関にぶつかっていくんでしょう。

 

キレイごとだけでは済まされないのが社会であり、「右に倣え」が正解の世界。

大学生活ってのは、その現実を知る前の、ほんのつかの間の時期な気がします。

 

 

今回鑑賞する映画は、そんな「なりたい自分」を目指し「世界」を作り上げたものの、ある事をきっかけに変わり果ててしまった「世界」を奪還するために、最後の青春を賭けて挑む青年の物語。

 

きっとタイトルの通り、大人になる手前ならではの「青さ」と、大人になってしまえば経験できない「痛さ」と、未熟な経験値だからこその「脆さ」が際立つ内容のような気がします。

 

というわけで早速鑑賞してまいりました!!

 

 

 

 

 

 

 

 

作品情報

デビュー作「君の膵臓をたべたい」が300万部の大ヒットを記録したベストセラー作家、住野よる

後に映画化もされ、大ヒットを記録したのも記憶に新しいが、そんな「キミスイ」で描かれた価値観をぶち壊すために挑んだ同名小説を映画化。

 

「大切な仲間」と「居場所」を奪われた大学生の青年が、嘘と悪意にまみれながら復讐をしていく、正に「青くて痛くて脆い」驚愕の青春サスペンス。

 

旬な俳優と存在感溢れる女優のWキャストで贈る今作には、大きな嘘が隠されている。

それが明かされた時、あなたは何をどう感じるのか。

賛否両論を巻き越した原作を忠実に再現した作品が、あなたに「またとない快感」を与えることでしょう。

 

 

青くて痛くて脆い (角川文庫)

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  • 作者:住野 よる
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あらすじ

 

人付き合いがニ苦手で、常に人と距離をとろうとする大学生・田端楓(吉沢亮)と、空気の読めない発言ばかりで周囲から浮きまくっている秋好寿乃(杉咲花)。

 

ひとりぼっち同士の2人は磁石のように惹かれあい秘密結社サークル【モアイ】を作る。

 

モアイは「世界を変える」というう大それた目標を掲げ、ボランティアやフリーサークルなどの慈善活動をしていた。

周りからは理想論と馬鹿にされながらも、モアイは楓と秋好にとっての❝大切な居場所❞となっていた。

 

 

しかし

秋好は❝この世界❞からいなくなってしまった——。

 

秋好の存在亡き後、モアイは社会人とのコネづくりや企業への媚び売りを目的とした意識高い系の就活サークルに成り下がってしまう。

 

変わり果てた世界。

取り残されてしまった楓の怒り、憎しみ、すべての歪んだ感情が暴走していく。

 

アイツらをぶっ潰す。

秋好を奪ったモアイをぶっ潰す。

どんな手を使ってでも・・・。

 

楓は、秋好が叶えたかった夢を取り戻すために親友や後輩と手を組み【モアイ奪還計画」を企む。

 

青春最後の革命が、いま始まる——。(HPより抜粋)

youtu.be

 

 

 

 

監督

今作を手掛けるのは、狩山俊輔

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これまでほとんど日本テレビ系列のTVドラマで、演出から助監督、監督までこなしてきたお方。

 

代表作は「怪物くん」や「妖怪人間ベム(劇場版も)」、「ど根性ガエル」など、かつてのTVアニメを実写化したドラマが目立ちます。

過去の作品を見てみると演出での参加が特に多く、映画を手掛ける上でかかせない演出での技術が、今作で活かされているのかもしれません。

 

 

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登場人物紹介

 

  • 田端楓(吉沢亮)・・・コミュニケーションが苦手で、他人と距離を置き、その人の人生に立ち入ろうとしない大学生。秋好と秘密結社サークル【モアイ】を作るが…

 

  • 秋好寿乃(杉咲花)・・・理想を目指すあまり空気の読めない発言を連発し、周囲から浮いている大学生。突然楓の前から消え去ってしまう・・・。

 

  • 前川董介(岡山天音)・・・楓の親友。❝モアイ❞をぶっ潰す手助けをする。

 

  • 本田朝美(松本穂香)・・・通称ポン。董介のゼミの後輩で❝モアイ❞の幽霊部員。

 

  • 天野巧(清水尋也)・・・通称テン。❝モアイ❞幹部。社会人や企業への媚び売りを進める。

 

  • 西山瑞希(森七菜)・・・楓と秋好が❝モアイ❞の活動を通じて知り合う不登校の少女。

 

  • 川原理沙(茅島みずき)・・・楓のバイト先の後輩で、❝モアイ❞に加入する女子大生。

 

  • 大橋(光石研)・・・西山瑞希の学校の担任。

 

  • 脇坂(柄本佑)・・・❝モアイ❞を外部者として支援し、その発展に寄与する。

(以上、HPより)

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女のために彼女の夢を取り戻そうとする男が、どんな計画を企てるのか。

この先の展開が、どうやらとんでもないことになってそうな予感です。

オチも大事ですが、物語の意図やテーマ、メッセージ性などに視点を置いて鑑賞したいと思います。

原作未読ですが、果たして。

ここから鑑賞後の感想です!!

 

感想

こりゃあかなりの痛さ。

映画全体も登場人物全てが青くて痛くて、でもどこか身に覚えがある。

以下、ネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身勝手が過ぎるわ、これ。

人と距離をとることで自分を守ってきた青年と、空気を読まずに理想論を主張する女性が作り上げた「なりたい自分」になるための大学サークルの過去と現在の時間軸を行き来していく物語は、言わなくても伝わると思っていた片方と、言わなければ伝わらないと思っていた片方のコミュニケーションのすれ違いや、自分が見ていた景色と相手が見ていた景色の違いから大きな誤解を生んでいく歯がゆさと、思い込みの激しさゆえの暴走が「青さ」と「痛さ」を生み出していく鋭さを兼ね備えた、苦くて見ていられない映画でございました。

 

 

相手に気を使うことなど日常茶飯事の人間関係ですが、時と場合によっては、気を使うことなく対話を重ねて議論することも重要だと思う今日この頃。

 

今作は、全く性格も理想も心情も違う二人が出会い、共有スペースを作り、意思の疎通を疎かにしてしまったことが原因で、相手へ勝手なイメージを作り上げ、それを鵜呑みにし暴走してしまうという、なんとも「身勝手」が過ぎる若者の激しい思い込みと、向かい合うことで初めて気づかされる自身の愚かさを描いた物語でした。

 

 

今作を見て感じたことは、楓が起こした思いや行動って、鑑賞する側としてはホント観てられないくらい「イタい」行動で、途中あまりにも暴走が過ぎて笑ってしまったんですけど、多分自分も度を越えていない範疇で、勝手に相手のことを決めつけて、それを鵜呑みにして、嫉妬したり毛嫌いしたりっていう心の狭いこと、やった経験あると思います。

しかも彼らはまだ大学生という身分であり、僕に至ってはそれを大人になってもやっちゃってるっていうw

 

そんな身に覚えのある自分の過去と、楓が起こした「モアイをぶっ潰す」行動って、やってることの大小を取っ払えば、案外近いモノだったりして、楓の行動を笑ってしまった自分を恥じたいとも思いましたw

 

 

また、こういうことを知らず知らずのうちにみんなやってるよなぁとも思った今作。

 

例えばあるタレントの政治的発言や行動に関して、「この人こういうこと言う人だと思わなかった」とか、「今まで好きだったのに幻滅、ファンやめます」みたいなことを書いてる人をよく見かけますが、それって勝手にタレントがこういう人とイメージを植え付けて決めつけて見たり認識していたりして、その偶像が壊されてしまった時の反動が言葉になってしまってるんだと思うんです。

 

それってすごく身勝手なことだと思うんです。

 

多分タレントからしたら、何勝手に俺へのイメージ作り上げてんだよwみたいな。

一方的に期待を寄せて、一方的に好きになって、一方的に怒って。

自分だってそういうときある癖に、それを棚に上げて自分の意見を主張してぶつける。

 

 

楓のしたことって、きっとこういうことだったように思うんです。

彼は相手を傷つけないように接し、相手を否定しないことが、周り回って自分を守ることだと思ってる人間。

 

空気を読む、ということは調和を保つための相手への気遣いであると同時に、自分の意見を押し殺して「なあなあ」にし、結果相手を受け入れるのではなく、突き放してるようにも思います。

 

そんな性格の楓が真逆の性格である秋好に出会うことで、これまでの自分の世界をぶち壊してくれた救世主のはずなのに、未だに性格を変えることができず、勝手に秋好のビジョンを構築し、勝手に自分のことを理解してくれてると思い込み、その期待が違うと勝手に拗ねて勝手に去って、勝手に憎悪を滲ませる。

 

僕の事わかってるくせに、なんで秋好は僕がしたくないことをしていくんだ!と。

 

今作はそんな楓の主観と客観を前半と後半で分けて描くことで、如何に楓のしたことが身勝手で独りよがりな主張だったのかを際立たせていたのと同時に、かつての自分がどれだけ痛いことをしていたのかを思い知らされる青春映画でございました。

 

 

外側の景色と内側の景色

今作で登場する「モアイ」という大学サークルは、世界平和や環境保護、貧困撲滅、戦争撲滅したいという秋好の「なりたい自分」になるために作られたサークル。

 

理想論を掲げてばかりの秋好は、周囲から避けられがちの存在として浮いてしまうも、唯一自分を避けなかった楓という存在と出会うことで、彼女もまた理想の押し付けという暴走をし、「なりたい自分」になるためのサークル「モアイ」を作り出します。

 

空気を読むことで相手を傷つけないように接する楓は、きっと作った当初も秋好の信条には賛成できなかったと思いますが、「自分にないモノ」を持っている真逆の性格の秋好を通じて、どこか満足感を得ていたのでしょう。

 

「モアイ」は海のゴミ拾いや、フリースクールでのお手伝いといった社会に貢献する活動を行なっており、小規模ではありますが「世界を変える」ための一歩を踏み出し、「なりたい自分」に近づいていました。

 

 

そんな2人の前に現れたのは、大学院で社会福祉の研究をしていた脇坂という男。

彼は研究室にこもり過ぎていたせいで自分が目指す世界に限界を感じていたわけですが、二人が笑顔で社会貢献している姿を遠目で見た時に、これが自分のやりたいことだと共感し、「モアイ」に参加します。

 

彼が参加したことで参加人数が増えていき、素直に嬉しい秋好とは対照的に、楓は内心違和感を抱いていました。

 

恐らく楓が抱いた違和感というのは、自分の居場所がない事のように思えます。

自分が創始者にもかかわらず、脇坂のアクティブな勧誘や行動が多くの人を寄せ付けたことや、彼にべったりな秋好を端から見ていて、なんで自分をもっと頼ってくれないのか、そんなことをこの時思い始めていたんではないでしょうか。

その思いがやがて、自分が思っていた秋好ではなくなった、変わってしまった秋好が憎い、みたいな想いに変化してしまったように思えます。

 

 

そんな思いから秋好と距離を取り、やがてモアイからも離れていく楓。

3年後、無事企業からの内定をもらった楓は、秋好が掲げていた理想のサークルとは違い、就活サークルと化してしまったモアイを、あくまで秋好のためにという前提でぶっ潰す計画を企てていきます。

 

親友の董介と、彼の後輩であるポンちゃんを巻き込み、まことしやかに囁かれている「ヤリサー」疑惑や、企業から金銭を受け取っている疑惑などの証拠を掴み世間にばらすことを目的に、交流会やBBQ大会に潜り込んで、サークルの中心人物である通称テンをターゲットに、真実へと迫っていきます。

 

変わってしまったモアイは、いわゆる意識高い系の学生たちが、金融や商社、マスコミといった大企業の人間たちと近い距離で接する機会を設け、就活に有利な場として活動を繰り広げていました。

 

テンの行動を探っていくと、出会うやいなやいきなりため口、連絡先交換などといった急激な距離の縮め方やコミュニケーション能力に圧倒される楓。

楓の中で怪しさが加速していきます。

董介も、当初はテンが怪しいと思いつつも、実はテンがめちゃめちゃ熱い奴でヤリモクで女に手を出すような奴ではなく、好きな女に一直線な奴だということがわかり、徐々に楓との意見が分かれていきます。

 

 

モアイに参加してから二人の形態には頻繁に企業からの迷惑メールが来ることが発覚。

もしかしたらテンが企業に個人情報を流出していたのではないかとの疑いが浮上。

企業を装ってサークルの人間に顧客リストを再度送るように罠を仕掛けると、見事に的中。

楓や董介のメールアドレスが記入されたリストを入手することに成功。

楓はこれをSNSに流すことで、モアイをぶっ潰すことができると画策。

モアイって俺らが思うようなサークルじゃないと考え出した董介の反対を押し切って、楓はついに復讐を実行するのでした。

 

 

果たして、モアイはどうなってしまうのか、というのが大まかな流れ。

この3年後の楓の復讐劇と、1年生の時の秋好との交流を交互に見せていく展開となっています。

 

 

大して相手の事や団体のことを知らずに、イメージを膨らましたり噂を鵜呑みにすることで、一方的に嫌悪感を抱くことあると思います。

それが言い悪いは抜きにして、誰もがやってしまうことだと思います。

劇中の秋好も、授業中に急に「暴力をなくすことはできる」だとか「みんなが戦争を無くせばいいと思えば戦争はな、くなる」などの理想を掲げた発言をきっかけに、アイツヤバいからアイツイタい!というレッテルを貼られ、ちゃんと中身を知らないのに、ちゃんと彼女を把握してないのに、遠ざけてしまう事態に。

 

でもふたを開ければ皆が彼女の意思に賛同し、世界を変えるために作られたモアイは大きな団体へと成長していくあたり、正に外から見た景色と中から見た景色は違うってことなんだと思い知られます。

 

 

また意識高い系と括られてしまうような人や団体も、内側にいる人間て決してそんな括りではいわないですよね。

あくまで外にいる人間たちが使う用語だなと。

これもまた一方的にイメージを膨らまして揶揄してしまう身勝手な発言のように思えます。

それを体現したのが楓の親友、董介であり、彼は最初こそ噂を鵜呑みにしても愛を毛嫌いし、楓の計画に賛同していましたが、中心人物テンと数回飲みに行ったりモアイのイベントに参加していくことで見方が変わっていきます。

 

これも外から見た景色と中から見た景色は違うってことですよね。

 

 

そして肝心の楓はいつまでたっても内側からの景色を見ようとせずに、他者からの意見や思いに目も向けずに暴走をし、最後の最後でようやく向き合うことで我に返るわけです。

なりたい自分になろうとしていなかった自分に、自分にないモノを持っている人たちに対し、勝手に悪意を向けていたことに。

 

 

最後に

「人間関係ってさ、間に合わせみたいなことってあると思うんだよ」、という脇坂のセリフが印象的でした。

 

確かにたまたま近しい人と仲良くなって、最初はそれがずっと続くと思ってたけど、気が付くと離れ離れになっていて、相手は別の人間と仲良くなってて、自分との付き合いは疎かにされてしまうことって、これまでの人生でたくさんあったなと。

 

それに一喜一憂するんじゃなくて、歳を重ねるにつれてそういうモノだと割り切って生きていかないと、いつまで経っても相手に固執してばかりで成長しないよなぁと。

 

 

また、楓は最後に傷ついてでもいいから相手と向き合うことを選択して終わります。

これまで人と距離を取って生きてきた男が、心を痛めてもいいから人と距離を縮める人間に生まれ変わります。

行動や言動が「痛い」だけでなく、そういう心の「痛み」も描かれていた作品だったのではないでしょうか。

 

 

さて、今作に描かれてる「大きな嘘」についてですが、途中で若干核心に触れてしまってるのでこれ以上は伏せますけど、そもそもそこまでの「大きな嘘」だったのかな?と。

正直大どんでん返しを期待していたのですが、なんとなく予想ができてしまっており、急激な展開というインパクトはなかったように思えます。

 

ただ楓視点で物語は進むので、彼が思うことと、実はこういうことだったという落差の衝撃は大きく、それが楓の「痛さ」になっている構成は上手だなぁと。

 

しかし監督の演出がなかなかの「痛さ」で、過去パートに行ったり現在パートに戻る際の写真が燃え上がるような演出や、フリースクールで担任の先生に追いかけられる瑞希をブレブレの手持ちカメラで長回しで撮影し、スリリングな劇伴で大袈裟に描くシーン、さらにはSNSに綴られたたくさんのツイートを画面いっぱいに羅列して見せる演出に関しては、目新しさもなく極々見飽きた演出で、登場人物以上に「痛さ」に拍車をかけていたように思えます。

 

逆にこれがあったから「痛い」部分がより際立ったのかもしれませんが、なんというかTV的な演出だなぁと。

 

 

不満点はこれくらいにしてw

 

多分自分の事を「痛い」っていう人はほとんどいなくて、大体相手の事を指すと思うんですけど、それも今作を見ると、勝手な決めつけだよなぁと。

自分だって「痛い」部分あるはずなのに、棚に上げて勝手に相手を決めつけて揶揄して。

 

お話としては教訓的な部分も含めて好みではありますが、なんかこう、映画としてもっとできる見せ方があるような気がして、ちょっとモヤモヤしております。

ただ見てよかった映画ではあります。

こういう青春映画、もっとあるべき。

青春て、良かったことよりも、やらかしたことの方が圧倒的に多いはずですからw

 

途中「ラ・ラ・ランド」みたいなシーンありましたけど良かったですね。

If的な妄想シーン。

あれも正直「痛い」けどw

というわけで以上!あざっしたっ!!

満足度☆☆☆☆☆☆★★★★6/10