ボイリング・ポイント/沸騰
あらすじ
一年で最も賑わうクリスマス前の金曜日、ロンドンの人気高級レストラン。
その日、オーナーシェフのアンディ(スティーヴン・グレアム)は妻子と別居し疲れきっていた。
運悪く衛生管理検査があり評価を下げられ、次々とトラブルに見舞われるアンディ。
気を取り直して開店するが、予約過多でスタッフたちは一触即発状態。
そんな中、アンディのライバルシェフ・アリステア(ジェイソン・フレミング)が有名なグルメ評論家サラ(ルルド・フェイバース)を連れてサプライズ来店する。
さらに、脅迫まがいの取引を持ちかけてきて…。
もはや心身の限界点を超えつつあるアンディは、この波乱に満ちた一日を切り抜けられるのか……。(HPより抜粋)
感想
#ボイリングポイント 沸騰 観賞。
— モンキー🐵@「モンキー的映画のススメ」の人 (@monkey1119) 2022年7月15日
「ディナーラッシュ」のような群像劇に長回しワンカットから生まれる緊張感。
面白い!
てかアンディ全然調理してねぇじゃねえかw
ジェイクは速攻でクビだ!w
ただこの店には行きたいとは思わない… pic.twitter.com/9RfP61GCCn
凄まじいほどの緊張感と臨場感。ピリピリムード。
全編ワンカットだからだけじゃない、負の連鎖だからこそ生まれる「沸騰」。
以下、ネタバレします。
全編ワンカットすごくね?
クリスマス前に高級料理店で起きた、従業員たちが「沸騰」するまでのの90分間を、狭いスペースでありながら、スタッフや客だけの少ない人数だけで「社会の縮図」を生み出す巧さと、それを手持ちカメラで駆けずり回りながら様々な人間模様を追いかけていくアイディアとセンスに脱帽した、お見事としか言えない作品でございました。
ヒッチコックが作り出した「ロープ」という映画でも「ワンカット」を試みた密室劇に舌を巻いたが、厳密には当時フィルムを交換しないといけない当時の事情故に、あくまで「ワンカット風」の映画としてしか作れなかった。
それから数十年の時が経ち「バードマン」や「1917」、「カメラを止めるな!」のような現代の技術と綿密なリハーサルの成果によって大ヒットを遂げた映画が次々と誕生したのは言うまでもない。
本作「ボイリングポイント」は、そんなワンカット映画の歴史に新たな1ページを刻んだ作品といっても過言ではない。
外から寒そうにしながら料理長アンディがやってくるところから物語は始まる。
仕事の忙しさ故に家庭を疎かにし、子供との距離がどんどん離れていく現状を何とか打破しようと一生懸命電話をかけ謝罪するアンディ。
そんな自信のトラブルに更なるトラブルが重なって来る。
店に着くや否や衛生管理官からの残酷な結果を言い渡されるのである。
これまで「5点」を保ってきた衛生管理だったが、スタッフの衛生面に対する重要性の低さや、ほったらかしにした書類の記入ミスが仇となり、「3点」へと下げられてしまったのである。
ようやくシェフとして店を持てたにも拘らず、誰かのせいで、そして自分の怠慢のせいで不運な結果になってしまったアンディ。
そして今夜は金曜日。
クリスマス前の週末もあって予約はいっぱいであり、落胆したアンディにとってさらに厄介な出来事が降りかかるのだ。
こんなオープニングから不穏な空気が充満している店内を、アンディやスー・シェフ、フロアのウェイトレスに支配人、バーカウンターの店員から、裏で作業してる洗い物担当やパティシエに至るまで、全員の視点をシームレス且つスムーズにすり替えながら、みんなが抱える「イライラ」を積み重ねていくのである。
驚きなのは店内の狭さ。
客席と客席の感覚は普通に考えれば一般的だが、週末ということもあって満席。
しかも店内がムード漂う薄暗い照明というのも手伝って、かなり狭く感じるのだ。
そんな客席の中を縦横無尽にカメラが動き回る。
また厨房も客席から見える吹き抜けのような間取りとなっており、時に厨房の外から、料理担当だけで会話する際は厨房の中に入って彼らを間近で捉えていく。
厨房にいるスタッフは、前菜担当や魚介類担当の立っている狭い通路を抜けてフロアで出ていく。
さすがにここはカメラは通れないだろうと思ったが、いとも簡単に通っていく。
回数的にはさほど多くなく、基本的にはフロアの方から彼らを捉えることが多かったが、それにしてもそこを通ってでもワンカットにこだわったのかと驚いた。
カメラはどこまでも彼らを追いかける。
厨房やバーカウンター、客席だけではなく裏口やゴミ捨て場、時にはトイレにも行ったり一度店外へも回るのだ。
この店がワンカットにうってつけなのは一度裏口に行ったとしても厨房を回らずにフロアに行けるという点。
厨房でじっとしていられないアンディは、色々な場所から厨房へ入ったり、フロアから裏口へ行ったりと駆けずり回るが、カメラが遠回りしないで済むような設計になっているのが映画的に利点となっている。
しかし手持ちカメラということもあって、かなり映像がぶれるのが難点だ。
この手持ちカメラによってレストランの中でふつふつと湧き上がっている感情を表すのに、非常に良い効果をもたらしてるんは言うまでもないが、ずっとこの調子だと目が疲れてきてしまうのは否めない。
恐らく90分という尺は、このような気持ちを抱いてしまうかもしれない観客への配慮と、長編映画という枠に収めたい製作側の折衷案だったのかもしれない。
社会の縮図
さて肝心の物語だが、アンディにとってトラブルや不運はどんどん度重なっていく。
あまりの忙しさ故に自分に課せられた役目を怠り、衛生管理官に高級なヒラメを「ラベルが貼ってないから」捨てられ、今夜分の食材を前日に発注しなくてはならなかったのに忘れてしまう。
衛生管理官に指摘されたスタッフには八つ当たりをしてしまったり、自分のミスを棚に上げて怒り出したりしてしまうアンディだったが、全ては自分のせいだと理解した瞬間、ちゃんと謝罪をするのは好印象だった。
冒頭からこんな調子で始まる本作。
この後どんな悲劇が待ってるのか、気が気じゃない状態で見つめることになる。
アンディ以外にも様々な「怒り」を抱えているスタッフがいる。
支配人に昇給をお願いするようアンディに頼んでいるスー・シェフ。
自分のミスを棚に上げて指示をするアンディに苛立ちを募らせるロティシエール。
フランス人が故にアンディの言葉が早すぎて聞き取れない前菜担当。
普段の持ち場でないのにカキを殻から取り出すのに苦戦している黒人男性。
妊娠しながら働くも相方が遅刻してるせいで一人で切り盛りしなくてはならない洗い場担当。
そんな相方の事など忘れ堂々と遅刻し、ゴミ捨てがてらに一服かましながら友人と落ち合い薬物を仕入れるもう一人の洗い場担当。
見らないパティシエがなぜ袖をめくらないのかを知ったことで涙ぐんでしまうパティシエと、そんな彼女から優しくハグされたことで、自分を慰めてくれる存在の素晴らしさを知る見習いパティシエ。
黒人差別を堂々とする客によってメンタルを削られるフロアのウェイトレス。
ゲイであることを隠さずにフレンドリーに接客するも、パリピな女性客から堂々としりを触られて気分を害す男性ウェイター。
基本的には忙しさゆえに何かと集中力のないアンディに対してか、お客様第一主義の支配人への怒りがほとんどだが、客から辛い仕打ちを受ける者も多く、とにかく負のオーラがひしひしと伝わるのだ。
また厨房とフロアでも諍いが生じている。
注文されたウェイターたちは、バーカウンターの横にあるオーダーシステムにメニューを打ち込む。
その際焼き加減やアレルギーといったイレギュラーな注文にも対応しており、細かくオーダーできる仕組みになっているようだ。
だが、事前に予約した際アレルギーがあることを客は伝えていたにもかかわらず、支配人厨房に紙切れ一枚渡して伝える。
これが後に悲劇を生むことになるのだ。
他にも黒人差別をする客から「ラムが生焼け」だというクレームが入り、厨房側は怒り心頭になる。
ラムは中がピンク色の状態で食べるのが最もいい焼き加減であり、厨房側が間違っているのではなく、こういう料理であることをウェイターがしっかり伝えないといけないと主張。
アレルギーの件然り、焼き加減然り、厨房とフロアの意思疎通がしっかりできてないのだ。
にもかかわらず、お客様第一主義の支配人からは「お客様の言うとおりに」の一点張り。
アンディはいちいち事を荒立てなくないのか支配人の言うとおりにと仲裁に入るが、ロティシエールやスー・シェフらは激怒。
これを発端に、スー・シェフは支配人への怒りをぶちまけてしまうのだ。
そもそもこのレストラン、あまりにもガサツな環境整備によって負担が誰かにのしかかり過ぎてたり、アフターケアや全ての管理がうまくできていない。
会社でもこういうのをよく見かけたり聞いたりするが、レストランでもあり得る事態なのは、本作でも見ての通りだ。
予約率を100%オーバーにしたり、メニューに乗ってないメニューを作れと言い出したり、オーダーシステムを中途半端に怠ったり、スタッフの見方でなくてはならない支配人がお客様の顔色を窺い過ぎていて、結局怒りを買うだけの仕事ぶりになっているのである。
そもそもスー・シェフは自由奔放に厨房を離れてばかりのアンディをサポートする役目を担っていたが、そんな面でも疲労が蓄積しておりとうとう爆発してしまうのだ。
資本主義社会の如く搾取する者と搾取される者との諍いを店内で描きながら、「お客様は神様」の如くわがままを言いまくる客、SNSの普及によって無茶な要求はやがて脅迫にも匹敵する要求へと変化し、店側と客との諍いにも繋がっていく。
さらには多様な人種故に差別も生まれ、正に本作が描く物語は「社会の縮図」を見ているかのように描かれていく。
こうした数々のハラスメントや分断による怒りは、過程と板挟み状態のアンディにも重くのしかかっていく。
以前の店で経営者だった元同僚の来店は、料理批評家も連れての来店という悪いサプライズによって、アンディのメンタルをさらに悪化させ、これまでの騒動や客がアレルギーによって救急搬送された全ての要因が自分にある事、これまでずっと支えてきてくれたスー・シェフの決断によって、彼は悲痛な末路を辿っていく。
なぜあのような結末になったのか。
彼がちゃんと家庭に帰れるよう、仕事を分担すればよかったのか。
彼にのしかかる重圧を皆で分担すればよかったのか。
怒りが生まれないようなコミュニケーションや環境整備をすればよかったのか。
何が原因かは正直わからないが、結局負の連鎖によって誰かが犠牲になるのだ。
社会も同じ構造だったりする。
皆が言いたい放題やりたい放題だから誰かにしわ寄せがいく。
喜びも痛みも分かち合い、思いやりを持つ社会でなければこの物語の結末のようになってしまう。
本作はそんな問題提起を孕んだ作品だったのではないだろうか。
最後に
だいぶ固い内容になってしまいましたが、すごく面白かったんですよ。
そもそも日本での公開が決まった時から楽しみにしてた作品で、90分という短い尺や、ワンカットという撮影技術、様々な問題を抱えた者たちによる群像劇や、意外な笑いどころ、唐突なラストに至るまで、かなりのエンタメ作品だったように感じます。
一応僕の推測なんですけど、遅刻常習で仕事サボりまくりのジェイクを、アンディはなぜクビにせず減給止まりにしたのかは、たぶんジェイクから薬物を安価で購入してたからじゃないのかなと。
他にも「みんなから嫌われている」ことが明かされた支配人が、自分を改めようとスタッフに「今度お酒でも飲みながら話さない?」とアクションを起こしていたことに関しては、物語の中で一番変化したキャラだったのかなと。
この店をよくしたいと一番思っていたのはなんだかんだで支配人だったのかもしれません。
お父さんに弱音を吐いて「やめたい」と嘆いてましたが、七光りだけじゃねえぞ!って意地と、彼らからの不満を真摯に受け止めた証なのかなと。
やっぱり怒りをぶちまけるだけで消化するのではなく、どう改善すべきかを見つめることが「沸騰」を抑える一番の近道なのかなと。
そう簡単にはいかないんですけどね、怒ると。
とにかく、こんなに不満が飛び交うレストランにはいきたくありませんw
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆☆☆★★★7/10