グレイテスト・ショーマン
アカデミー賞にノミネートもされた映画です。
筋肉モリモリ、野獣感むき出しで「X-MEN」のウルヴァリンを長きに渡って演じてきたヒュー・ジャックマン。
彼の本当の顔は、アメコミ映画で見せたそんな姿ではなく、歌って踊れるミュージカル俳優であり、アカデミー賞で司会もこなしてしまうエンターテイナーなのだ!
だから今作で伝説の興行師を演じるというのは、適役で当然で必然なのであります。
舞台での彼を拝むことは日本では難しいですが、映画「レ・ミゼラブル」での演技や、数年前にはTOYOTAのCMで「キセキ」を歌い、美声を日本全国に届けてくれた実績を考えれば、今回の作品は期待せずにはいられないのです。
上映時間も2時間に満たないということで、あっという間のサクセスストーリーを堪能できるのではないでしょうか。
というわけで早速観賞してまいりました!
作品情報
19世紀半ばのアメリカでショービジネスの原点を築いた伝説の興行師、P.T.バーナムが成功していくまでの物語を、「ラ・ラ・ランド」でアカデミー賞主題歌賞を受賞し、トニー賞でも受賞した音楽チームで構成されたオリジナルミュージカルドラマ。
妻への一途な愛を糧にひたすら夢を追いかけた彼は、差別や偏見によって行き場を失っていたエンターテイナーたちを招き、彼らがスターになれる場所を提供し続けることで、エポックメイキングなショーを創造したことで広く知られている。
多様性が求められる今、ありのままに生きることに対し背中を押してくれる、ロマンティックな感動ミュージカルエンタテインメントです。
あらすじ
19世紀半ばのアメリカ。
幼馴染の妻チャリティ(ミシェル・ウィリアムズ)を幸せにすることを願い、挑戦と失敗を繰り返してきたP.T.バーナム(ヒュー・ジャックマン)は、オンリーワンの個性を持つ人々を集めたショーをヒットさせ、成功を掴む。
しかしバーナムの型破りなショーには根強い反対派もいた。
裕福になっても社会に認めてもらえない状況に頭を悩ませるバーナムだったが、若き相棒フィリップ(ザック・エフロン)の協力により、イギリスのヴィクトリア女王に謁見するチャンスを手にする。
レティ(キアラ・セトル)たちパフォーマーをつれて女王に謁見したバーナムは、そこで美貌のオペラ歌手ジェニー・リンド(レベッカ・ファーガソン)と出会う。
彼女のアメリカ公演を実現させれば、一流のプロもモーターとして世間から一目置かれる存在になれる。
そう考えたバーナムは、ジェニーのアメリカ・ツアーに全精力を注ぎ込むと決め、フィリップに団長の座を譲る。
そのフィリップは一座の花形アン(ゼンデイヤ)との障害の多い恋に悩みながらも、ショーを成功させようと懸命に取り組んだ。
しかし、彼らの行く手には、これまで築き上げてきたもの全て失いかねない危険が待ち受けていた。(HPより抜粋)
監督
今作を手がけたのはマイケル・グレイシー。
今作で長編映画デビューとなる監督さんだそうです。
これまでミュージックビデオなどを手がけ、エルトン・ジョンをはじめ数々のアーティストと仕事をしたんだとか。
その後、CMの監督にも携わることになり、カンヌライオンズなどの広告賞でも賞をもらっているクリエイターです。
ちなみに彼、日本が世界に誇る超人気コミック「NARUTOーナルトー」の実写映画の監督も務めるとのこと。
マジか・・・。
登場人物紹介
左上より。
- P.T.バーナム(ヒュー・ジャックマン)
芝居や音楽が上流階級の人々のものだった時代に一般市民向けの娯楽を編み出し、ショービジネスの原点を築いた伝説の興行師。
個性と才能に恵まれながら社会から疎外されてる人々をパフォーマーとして迎え入れたショーを考案し、成功させた。
幼馴染の妻チャリティと娘たちを愛するよきファミリーマンでもある。(HPより)
- フィリップ・カーライル(ザック・エフロン)
上流階級出身で、ロンドンのステージで大成功した興行師。
P.T.バーナムの斬新なビジネススタイルに魅了され、全てを捨てて相棒になる。
空中ブランコ乗りのアンに恋するが、公私とも様々な障害にぶつかる。(HPより)
- チャリティ・バーナム(ミシェル・ウィリアムズ)
P.T.バーナムの幼馴染の妻。
裕福な名家の出身だったが、親の反対を押し切って、貧しいバーナムと結婚し、いかなるときも彼を支えた。
そんな彼女を幸せにしたいという思いが、バーナムを前に進ませる原動力になった。(HPより)
- ジェニー・リンド(レベッカ・ファーガソン)
バーナムがイギリスで出会うスウェーデン人の歌姫。
彼女の公演を一流プロモーターへの足がかりにしようと考えたバーナムは、破格のギャラを提示してアメリカに招き、ツアーを主催する。(HPより)
- アン・ウィーラー(ゼンデイヤ)
空中ブランコのパフォーマーで、P.T.バーナム一座のスター。
フィリップ・カーライルと惹かれあうが、人種の違いと住む世界の違いに悩むことになる。(HPより)
- レティ・ルッツ(キアラ・セトル)
P.T.バーナムの一座で髭女として人気を博すパフォーマー。
ショーの中でスポットを浴びることで、「This Is Me」(これが私)と主張できる自分を獲得。
その感謝の気持ちを、失意にかられたバーナムに伝えて勇気付ける。(HPより)
- W.D.ウィーラー(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)
P.T.バーナムの一座に所属するパフォーマーで、アン・ウィーラーの兄。
妹とフィリップの恋愛を快く思っていない。(HPより)
ミュージカル映画は内容ももちろんながら、劇中で歌われる楽曲も魅力あるものばかりなのが素晴らしいと思います。
きっと今作も胸を打つ歌の数々が作品を彩り、その言葉に勇気付けられることでしょう。
そしてバーナムに起こる危険とは何なのか。
苦難を乗り越えることはできるのか。
ここから観賞後の感想です!!!
感想
パーナムの栄光と転落と再生をジェットコースターばりに描く、これぞ王道のエンタテインメントショー!!
しかし、パーナムの人間性にう~ん・・・。
以下、核心に触れずネタバレします。
見ていて気持ちいいよね。
常に向上心と自信と貪欲さを忘れないパーナムが興行師として成り上がるまで、転機、成功。
築き上げた立場から見えてくる、さらなる強欲さと上流階級への歪んだ感情故の転落。
しかし暗闇から射す一筋の光に気付き、再び彼のショーマンシップが蘇っていくまでの姿を、豪華絢爛なショーの数々、フリークスと呼ばれる演者たちの素晴らしい踊りと歌、歌に宿る力強いメッセージなどの様々な演出が随所で光り、どんなに後ろ指さされようとも、全てを否定されようとも、「これが私」と高らかに拳を突き上げる宣言に、涙なしでは見られない感動と興奮の104分でございました。
急に歌ったり踊ったり、セリフを言いながら軽くメロディラインを入れてくるあたりは、ミュージカル映画と謳っているだけあり、その唐突さにちょっとはにかんでしまうんですが、全然問題ありません。
だって、ヒュージャックマンもザックエフロンも、ミシェルウィリアムズもゼンデイヤもキアラセトルも素晴らしい歌声なんですから。
ミュージカル映画は苦手だって人も、この豪華なメンツならきっと気に入ってくれるんじゃないかなぁと。
大きな足音をリズムにし、大勢のコーラスで構成された曲で、華麗に歌い踊るバーナムのキレッキレのダンスと歌。
月明りに照らされて洗濯物のシーツが舞う幻想的な屋上で、バーナムがチャリティを抱き寄せクルクル回り幸せを噛みしめる姿。
フィリップを勧誘するため酒場へ飲みに誘い、コップをテーブルに置く音を合図にリズムを刻み、突如ショーへと突入していく展開。
フィリップとアンが彼の両親に悲痛な言葉を浴びせられたとこで、本当の気持ちを伝えながらも、身分や肌の色などの偏見を無視してこの恋は成就できないという思いを、空中ブランコをしながら赤い糸のように縄を手繰り寄せていくシーン。
そしてまばゆい光のど真ん中にいることで勘違いしてしまっているバーナムに屋敷から追い出されたことで、自身の存在を声高に主張するレティの迫力の歌声。
どのシーンをとっても圧巻のステージであり、心躍らせてくれる場面でありました。
演出もまるでサーカス。
テンポも非常に早く物語が進むので、飽きることをさせません。
ジョットコースターのようと見出しで書きました。
その所以はもちろん物語のスピードの事を指すのですが、暗転して次の場面へ進むのではなく、映像をつないで時間を早送りする手法をとっていて、これが非常に作品に合っていると感じました。
アパート暮らしをはじめ、幸せの絶頂にあるバーナムとチャリティが、その喜びを歌とダンスで見せる夜の屋上のシーン。
チャリティを後ろから抱き寄せ歌で締めるかと思いきや、場面はそのまま子を身ごもったチャリティを後ろから抱き寄せる姿へと変わり、月日が1年経ったことを伝える手法や、娘の願いに応えるためバレエシューズをプレゼントし、家の中で夢中で踊り始めるも、中々爪先立ちできないでいる姿を映しながら、そのままバレエ教室での発表会に場面転換するスピード術。
フィリップを勧誘するときも、商談成立するとバーにいるはずなのに、カメラを逆方向に向けるとショーの舞台裏へと一気に場面転換し、空中ブランコをしているアンの姿に目を奪われるフィリップが映る、とてつもなく速い流れ。
根本的にこの映画は、バーナムのショーマンシップと、映画そのものをエンターテインメントにしたい監督の思いが重なることで、圧倒的なパフォーマンス映画に仕上がっており、いくつもの感動とサプライズが用意されていたのだと思います。
差別と偏見によって生まれた感情。
さらにこの物語には、幼少時から不遇の人生を送ってきたマイノリティや貧困層が、上流家庭や富裕層に対しての怒りや妬みなどを浮き彫りにした視点も強く描かれていました。
その中心人物がバーナムやショーのメンバーたちでありました。
特にバーナムは、幼馴染のチャリティに生涯をささげる覚悟で、花嫁学校に行って寂しい思いをしている彼女を励ますほど夢中になり、とにかく彼女を幸せにするためにお金を稼いで彼女の両親を見返してやるという、ハングリー精神の強い男というのが序盤で垣間見えました。
小さい時から彼女の父親から冷たくあしらわれ、親子揃って使用人としてしか見られていなかった想いが大人になっても根付いており、恐らくバーナムの心の中には、彼女を幸せにすること以上に、彼女の両親や上流家庭で育った富裕層に、強い怒りや反骨精神を持っていたように思えます。
幼少時の思いが徐々に露骨になっていくんですよね。
特にそれが見えたのは、NYでのジェニーリンド公演をする辺り。
今までフリークスたちを集めてサーカスを繰り広げていた彼は、世間ではペテン師扱い。
表向きには大歓迎さ!くらいのスタンスでしたが、実際腹の中は悔しい思いでいっぱいだったのでしょう。
批評家や上流階級にとにかく認めてもらい、彼らをぎゃふんと言わせたいという思いが水面下であったように思えます。
ジェニーリンドという存在に惚れ込み、誰の助言も受けず突っ走るバーナム。
結果は大成功でしたが、彼女の公演を観たいと訴えていたフリークスたちを特別席ではなく立見席で見せるバーナムの考えに、フィリップ同様我々も疑問に思ったはず。
あれだけ彼らの事を高く評価し、彼らを使って自分は成功したのに、その仕打ちはねえだろ・・・。
結果、公演の後のパーティーで爆発します。
チャリティの両親から今回は良かったと褒めてもらえたのに、今までの借りを返すかのような仕打ちをチャリティや娘たちの前でしでかし、バーナムの成功を祝おうと集まったフリークスたちを、パーティー会場の人たちに見せたくない一心で追い払う始末。
奇人変人を集めお客さんを驚かすというのが彼のショーの醍醐味。
だが中身は単なる金儲けのためだけのことで、彼の中では外見や身分などの差別に対して手を差し伸べるような理解ある人間ではなく、自身がまるで被害者みたいな考えだったのかもしれません。
そういう愛がなければ結局何をやってもペテン師止まりだし、地位や名誉をいくら得たからといって、心は貧しいだけの男なんですよ。
だから転落するし、家族からも見放されるわけで。
「キングスマン」でも言っていたでしょう。
マナーが紳士を作るって。
心が礼儀を重んじてなければ、いくら見た目が良くなったって何も変わりゃあしないんです。
もちろんバーナムは自分の愚かさに気づき、光にとらわれ過ぎていたと歌います。
暗闇の中にずっといれば暗い気持ちになるのと構造は一緒で、光の中にずっといると眩しすぎて気持ちが高ぶったままなんですね。
人生において極端に暗くてもいけないし、明るすぎてもいけない。
きちんと光と闇を持っていないと正しい心は生まれない。
プラネタリウムと同じで、僕らは常に暗い闇がくれる光を知っていないといけないし、太陽のような強い光を見続ければ目もおかしくなる、むしろサングラスのような遮るものがなければ目はおかしくなってしまうわけで。
正にバーナムはそういうことを体現し、我々に教えてくれたのかもしれません。
そんな彼とは打って変わって、心は錦なフリークスたち。
小さい時からバーナム同様辛い目に遭ってきた彼らにとって、バーナムショーは本当の家であり、メンバーは家族のように強い絆で結ばれていました。
だから彼の成功をすごく喜んでいたし、彼のやることに疑問なんて感じていなかった。
なのに何だその仕打ちは!
でもバーナムへの憎しみを彼らは誰かにぶつけるのではなく、自分以外の人間に私という存在を見せつけることで、私という存在を証明させる。
今までつけてきた傷はもう隠さない、再び同じような傷が増えたとしても、もう逃げない。
堂々と人前を歩き、私が私であることをみんなに訴える。
そんな気持ちでパーティー会場の人たちの前に現れ、高らかに歌う「This Is Me」は圧巻です。
で、ジェニーリンドという存在も、物語の中ではバーナムのような思いを抱いていたことが分かります。
婚外子として生まれた彼女は、バーナムやフリークスたち同様不遇の人生を歩んできました。
とにかく成功して今まで私を見下していた奴らにぎゃふんと言わせてやるという強い気持ちが、彼女を成功に導かせたのかもしれません。
だからバーナムと出会った時、同じ匂いがすることを彼女は感じ取っていたと思います。
ジェニーの貪欲な思いは、歌詞にも強く表れていました。
彼女が歌った「Never Enough」という歌は、まさに成功を勝ち取ったハングリー精神の強いバーナムへの愛の告白とも感じ取れる内容の歌でありながら、どれだけ成功してもどんなに光が当たっても、これしきの事で満足いくような私ではないというニュアンスの歌。
きっとバーナムを独占したいという思いもあったように思えます。
あなたもそうよね、今の幸せじゃあ満足できないのよね?
アタシと同じ。
じゃなきゃ家族や今やってるショーをほっぽりだして、私に人生賭けたりしないですもの。
だからあなたと私でもっと高みへ行きましょう?
そしてあたしに光をもたらせて!
きっと彼女の意志にバーナムも気づいていたことでしょう。
だから途中まではバーナムも同じ気持ちだったのかもしれません。
しかし、彼女の取った行動に我に返り、ツアーの同行を途中で止め、家族の元へ帰ろうとするんですね。
これをきっかけに、一気に気持ちが覚めたジェニーの手のひら返しはすごかった…。
このように歩んできた人生に決着をつけ、新たな道を進もうとするものいれば、未だに上の階級に執着しつづけ貪欲に突き進もうとする者もおり、幸せの満足度はそれぞれなんだなぁと。
最後に
実は、あれ?これ本人がやってる?みたいなところが、実はいくつかあって。
一つはバーナムとチャリティが屋上で踊るシーン。
あれ多分二人とも本人ではないように思えます。
バーナムがチャリティを持ち上げるシーンはいくつかありましたが、持ち上げる時間やキープ力を考えると、明らかにあのシーンは本人ではない気がしますし、ミシェルウィリアムズもあんな軽やかな動きやってるところ見たことない。
というか、激しい動きは全て遠目でのショットばかりで、決めポーズの時だけ本人たちの顔アップだったので「あれ?本人やってる?」疑惑が生まれました。
あくまで疑惑なんで確信ではないです。
もう一つジェニーリンドの歌声ですよね。
ほんとにレベッカファーガソンってあんな声出せるのか~?と。
なんか地声と歌声にギャップがありすぎるんですよね・・・。
とにかく全体を通してみると幸福感に包まれた圧倒的なショーだったわけですが、バーナムという男の人間性に焦点をあててみると、アイディアとアクティブな行動力はショーマンとして十二分に素質のある男だというのに、一人の人間として見てみると、フリークスたちを見世物扱いしていたという部分はちょっとどうなのかなと。
もちろん改心して彼らとともに歩んでいくし、上流家庭育ちのフィリップとは最初利益の10%支払うという上下関係だったのに対し、最後は50%50%にする=階級なんてもう関係ない、僕らは平等だという意味合いを持った場面だったわけで、
バーナムは差別をなくし人々を平等に見ることができる興行師になることができたって結末になるので、いい終わり方だなとは思ったんですが。
そもそもこの物語はテンポとスピードとエンタメ性重視の作品だったので、人間性がどうとか登場人物に深みがないとか、あれこれ細かいところを突くのは野暮なことで、もっと楽しんでみられる作品なんだよなぁということも、このブログを書きながらふと感じました。
だから、ミュージカルそのものとして楽しめる作品だし、ショーならではの演出が光る作品で、尚且つ劇中歌がどれも素晴らしい作品だったということで、この部分が満足できれば十分素晴らしい作品だと思うわけです。
実際オイラ、フィリップとアンのダンスシーンは涙止まらなかったですよ・・・はい。
というわけで以上!あざっした!!
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