生きちゃった
原点回帰だそうな。
「舟を編む」や「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」の石井裕也監督が、香港国際映画祭と中国の映画会社の出資したプロジェクトに参加したんだそう。
テーマは「至上の愛」と「原点回帰」。
一応海外の企業が予算を出しているのでタイトルは日本では「生きちゃった」だけど、向こうでは「All the Things We Never Said」。
僕らが言えなかったこと、って訳せばいいのか?
至上の愛っていうのは、この上ない愛ってことで、原点回帰ってのは、原点に帰り、基本に戻るってこと。
要は監督はこの映画で原点に帰り、この上ない愛を描く、という命題の下、製作したってわけですかね。
そもそも石井監督の原点ってどこなのか。
デビュー作「川の底からこんにちは」のような愛くるしいコメディを描くということか?
いや、そうなると、彼の映画の主人公ってどこか隅っこに追いやられそうな変な奴、というか一風変わった奴が、実は周りの人を変えてしまうような影響力を持ってたってパターンの話が多い気がするんですけど、それとは全く違う内容の映画を作るってことか?
一応商業映画、賞を獲ってる映画は見てるので、今回興味本位で鑑賞してきたわけです。
キャストは仲野太賀に大島優子、若葉竜也という30歳くらいの年齢の人たちが中心。
仲野太賀は石井組常連だし、大島優子は海外留学を経てさらに花開いた印象。
若葉竜也に関しては、小規模映画にはよく出てるイメージですけど、そう何度も出演してる作品を見ていないので、僕にとってはまだ惹かれるものが無く、今回楽しみであります。
というわけで、早速鑑賞してまいりました。
ざっくりあらすじ
高校時代ミュージシャンになる夢を追いかけていた、厚久(仲野太賀)と武田(若葉竜也)、2人に割って入る奈津美(大島優子)の3人はいわゆる幼馴染。
学校帰りにパピコを購入し、2人とも半分に割って奈津美に渡す説いた仲睦まじい姿が映し出されている。
やがて大人になり厚久と奈津美は結婚し、5歳の娘を設ける。
厚久と武田は海外ビジネスをやる夢のために、中国語や英会話を習っていた。
3人家族には少々狭いが、ささやかな暮らしの中でそれなりに生活をしている厚久。
帰宅して3人でビールを飲みながらニュースを見ている。
原発原発って、このアナウンサーこのニュースを私たちに伝えてどうさせたいんだろうね。
奈津美がつぶやく話題に、無反応の厚久。
蒸し暑い夏の夜に扇風機の生暖かい風がなびく。
厚久の実家の墓参りに行く厚久一行。
奈津美曰く、厚久の兄の引きこもりのせいで厚久の家族はすでに壊れているそう。
言葉の通り厚久の両親からは、どこか陰湿な空気が漂う。
何もかも失いただただ生きているかのような。
厚久が夜中トイレで起きると、台所で兄がカップ麺を食べていた。
そんな兄に厚久は「爺ちゃんが死んで12年も経つのに、生きてたのか死んでたのかよくわかんなっちゃった」
「兄ちゃんも小さいこととか気にしないで生きろよ」と、奈津美とは大した会話もないのに、兄の前では素直に話す。
ある日、仕事中にめまいがしたため早退した厚久は、自宅に帰ると、妻である奈津美の不倫現場を目撃してしまう。
鋭い眼差しで厚久を見つめる奈津美。
動揺を隠せない厚久は倒れそうな勢いでガラス戸を割るも立ち上がるも、幼稚園にいる娘を迎えに、一目散で自転車に乗り走り出す。
その夜、奈津美から5年間の結婚生活の中での不満を吐露される厚久。
「愛してほしかった」
婚約破棄してまで自分を選び、一生添い遂げる覚悟で一緒になったのに、一度も愛されたことが無いと嘆く奈津美。
やがて二人は離婚し、娘の幼稚園の関係から厚久が家を出ていくことに。
武田の家にふらりとやってくる奈津美は、厚久が家庭のために一生懸命やってるのに自分は知らない男とお盛んですか、という意味合いの「ズルい」と武田から言われるも、これまでずっと我慢してきたのにズルいのはどっちだと言い返す。
そこからダラダラ愛に飢えていたことを語り出す奈津美に、武田はつい「そんなこと聞きたくない」と言い返す。
奈津美に本当のことが言えない厚久。
本当のことを言ったことで人生を転がり落ちてく奈津美。
親友のために本当のことを聞けない武田。
高校時代何の気なしに仲の良かった3人が、なしある日を境に壮絶な日々を過ごしていく。
というのが序盤のあらすじ。
感想
見終わった直後に出た言葉は「辛い」だった。
一体何が辛いのか。
お金が無ければ英会話もロクに受講できない貧しさなのか。
シングルマザーとして生活するには苦しすぎる世の中なのか。
それとも配送される物流がやがてAIに切り替わり人間は用無しとなっていくように、紙の本もやがてすべて電子書籍へと変わってしまう利便性のみが残っていくことが、社会的弱者が簡単に切り捨てられていく世の中のメタファーになっていることか。
そういった弱者には辛い社会になっていくと、これ以上墜ちていくことに恐怖を覚え、現状維持になり、現状を壊さないように本当のことを言わずに保守的になっていく。
厚久は社会的に本当のことが言えなくなってしまったわけではないが、様々な過去が重なり本音を言えなくなってしまっている。
それが発端になり、物語は奈津美の不倫を皮切りに、どんどんつらい立場に追いやられていく姿が描かれている。
自分が辛いと思ったのは、やはり厚久の姿からだろうか。
とにかくい息苦しそうな表情を終始している。
本音を言えない状況というのは、人をここまでにしてしまうモノなのか。
武田という親友がいながら、本音を吐く場所はなかったのだろうか。
何をそんなに思い詰めているのか。
実家で引きこもっている兄の事か、それとも心の支えだった祖父のことか。
様々な思いを駆け巡らせながら、息苦しそうにつらそうにしている厚久を、ただただ見つめていた。
厚久は婚約をしていたが、奈津美を選んだ。
しかも婚約者が厚久の家を訪ね、子供ができない体だったことを明かされる。
その上奈津美が帰宅してしまう。
ぎこちない空気が漂う中、厚久は「ゴメン」しか言えなくなってしまっていた。
奈津美曰く厚久はこの日を境に変わってしまったと語る。
婚約者の気持ちも奈津美への気持ちも重なり、苦しくなったのか。
まさかここからずっとあの息苦しそうな表情をしていたというのか。
しかしその本音を言えずに息苦しそうな表情をし続けていたことで、結果奈津美をも苦しめてしまうことに。
奈津美は愛を欲しがっていた。
厚久は厚久なりに愛していただろう。
しかし奈津美には届かなかった。
奈津美は別の知らない男と不倫し、好きになり、厚久と離婚後その男と同居するように。
しかし恋人は見た目ヤバそうな仕事をし、金を家に入れない。
デリヘルでもやれば?と呑気に言う恋人に対し、デリヘルくらい大したことない、私には好きな人と娘のために何でもできる覚悟がある、だからあなたも覚悟を決めて、と寝そべっている恋人に言い放つ。
やがて恋人は厚久の兄に殺され、死んだ恋人の借金の肩代わりにデリヘルで働くようになり、客によって殺されてしまう。
この映画は「覚悟」の映画だと監督はインタビューで語っている。
それは映画製作への覚悟とも取れるが、ある程度の収入と地位を得ると人は守りに入ってしまう。
一種の保身であり、一種の甘えであり、一種の妥協でもある。
このままでいいのか。
安定のために保身に走り、無難にこなす。
映画を作るということはそれでいいのか、原点回帰しなければいけないのではないか。
きっとそんな思いと熱量で製作されたことだろう。
劇中の人物も現状を壊すために、今の自分から脱皮するためにもがき苦しみながら前へ進もうとするラストで締めくくられる。
今のままでいいのか。
本音を殺してただただ生きていくだけでいいのか。
言いたいことも言わずただ傍観しているだけでいいのか。
にもかかわらず覚悟を持って生活していた奈津美だけが死んでしまうという現実。
こんな感じで生きちゃった者たちに、社会は僕らはどう生きるべきかを、キャスト陣らが魂のこもった高い熱量で演じる姿にやられたし、それを手掛けた監督の熱意がひしひしと伝わる作品だったように思えます。
毎度毎度考えがまとまらない感想ですが、一応本音は言ってるつもりですw
出来たら半年後を多用せず描いてほしかったということも言っておきましょうか。
自分もまだ「生きちゃった」状態なのかな。
ただただ色んなことをかわして生きてるのかな。
だからもがいてる人たちを見て辛いとかこぼしちゃったのかな。
こういう言い方で逃げたくないですが、色々考えさせられる作品でもありました。
是非監督のむき出しの映画をご鑑賞ください。
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆★★★★★★4/10