モンキー的映画のススメ

モンキー的映画のススメ

新作映画ばかり見ないで、旧作映画も見ようね。楽しいぞ。

映画「隣人たち」感想ネタバレあり解説 思ってたより怖かったお隣さん。

隣人たち

2026年アン・ハサウェイの快進撃が止まらない。

北米で公開される作品のみで語ると、日米でも同時公開だった「プラダを着た悪魔2」、8月に同じく日米同時公開される「オークストリートの異変」、実はこの間にクリストファー・ノーランの「オデュッセイア」が入るなど、主役級で参加しているビッグバジェット作品が5,7,8月と立て続けに公開されている。

 

さらに「アイデア・オブ・ユー 〜大人の愛が叶うまで〜」でタッグを組んだマイケル・ショウォルター監督と再タッグをしたサスペンススリラー「ヴェリティ/真実」が10月に公開予定。

AmazonMGM製作なのでもしかしたら日本では同日配信の可能性もある。

 

このほかに初期の代表作「プリティプリンセス」の続編やアダム・ドライバーと共演したロン・ハワード監督の作品などが控えているという充実ぶり(この辺はおそらく来年以降と思われる)。

さらには先日「ご懐妊」の報道までされたのだから、どう考えても今年はアン・ハサウェイイヤーといっても過言ではない。

 

ハリウッドで働く以上2~3年先を見据えて仕事を切らさないようにもらうのは鉄則。

自らが表舞台に立てない状態になっても、世間は公開された彼女の作品を見るので忘れることはない。

憶測にすぎないが、上記の作品を従えて賞レースに躍り出る可能性だってある。

レース前に出産し、翌年の頭にはゴールデングローブ賞で助演女優賞候補として華やかな場に姿を現す、なんてところまで考えた計画だったら末恐ろしい。

 

そもそもここ数年の彼女の作品はあまり目立ったものがない。

化け物じみた「魔女がいっぱい」での魔女くらいがせいぜいで、「オーシャンズ8」でも自虐的なキャラではあったが3,4番手の活躍。

 

だからこそ今年がより目立って仕方ないのだ。

 

そんなアン・ハサウェイの2024年製作の映画が今回鑑賞する映画。

ジェシカ・チャステインとの共演というのも期待できるが、何より今年はアン・ハサウェイイヤーと銘打ってもおかしくない本数なので、この映画も見逃がしたらいかん!という前振りでした。

 

 

早速鑑賞してまいりましたっ!!

 

作品情報

“ベルギーのアカデミー賞”マグリット賞で史上最多の9部門を受賞した『母親たち』のリメイクがハリウッドからの熱烈ラブコールにより実現。

博士と彼女のセオリー』などで撮影監督を務めてきたブノワ・ドゥロームがリメイクを手掛け、本作で監督デビューを果たした。

 

隣り合う家に住む主婦二人が、ある事故をきっかけに互いへの疑念や妄想が暴走するサイコスリラー。

 

トロント映画祭で上映された際にジェシカ・チャステインをマネジメントする製作者ポール・ネルソンが「母親たち」を鑑賞。

あまりの良さに惚れ込み、これを受けたジェシカは共演に親友のアン・ハサウェイを提案、ジェシカとアンがそろってプロデュースも兼任することが決まったという。

当初はオリジナルのマッセ=ドゥパスが監督する予定だったが、家族の緊急事態で降板、ジェシカとアンが以前一緒に仕事をした経験がある撮影監督のブノワ・ドゥロームにアプローチし、ドゥロームの監督デビューが決まったという経緯とのこと。

 

すでに「ヒッチコックを彷彿とさせるサスペンス」と謡われているが、監督本人も「トーンと雰囲気あるスリルを強く想起させた」と認めており、どこまで演出が生かされているかに期待したい。

 

一人息子を失う悲劇に見舞われる主婦セリーヌ役にアン・ハサウェイ、そんなセリーヌの行動に疑念を持ち始める隣人アリス役を、「モリーズ・ゲーム」「タミー・フェイの瞳」のジェシカ・チャステインが演じる。

ほかにもノルウェー俳優のアンデルシュ・ダニエルセン・リー、『いまを生きる』のジョシュ・チャールズが出演する。

 

アメリカの古き良き時代が舞台となっていることもあり、物語に映る風景は一見幸福に満ちた空気。

そんな中で行われるオスカー女優同士の腹の探り合いを堪能しよう。

 

 

 

 

モリーズ・ゲーム(字幕/吹替)

モリーズ・ゲーム(字幕/吹替)

  • ジェシカ・チャステイン
Amazon

 

あらすじ

 

1960年代アメリカ、大都市郊外の隣同士の家に住む親友のセリーヌ(アン・ハサウェイ)とアリス(ジェシカ・チャステイン)。


同い年の一人息子を持ち、完璧な幸せな生活を送っていたふたりだが、セリーヌの息子が不幸な事故に遭ったことで関係は一変。

喪失感や罪悪感に苦しむ中、互いの行動に疑問を持ち始める…。

 

いったいどちらが嘘をついているのか?

この不安は母性本能が感じ取った危機?

それとも妄想?

 

高まっていくサスペンスの果てに、やがて事態は予想もつかない衝撃のクライマックスへ向かっていく…。(公式より抜粋)

youtu.be

 

 

感想

ジェシカも怖いしアンも怖い!!

一方的に怪しいと見せておく演出も巧いし、結末がマジで怖い…。

クラシックで堅実なパターンをどうとらえるかでこの映画の良し悪しが決まるかも。

以下、ネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初はアリスがヤバいと思ったよ。

庭付の一軒家にカラフルな車、エレガントなワンピにドレスに昼からお紅茶もたしなめる優雅な生活。

まさに映画でよく見る50年代60年代の中流家庭のあれ。

夫は外で働き妻は家庭を守る、そんな昭和的な時代がアメリカにもあったわけですよええ。

 

お隣さんに頼まれたのか自分の息子とお隣さんの息子のお迎えをするセリーヌ。

一方彼女が留守の間こっそり合鍵で家に侵入するアリス。

キッチンに向かってこっそりナイフを手にするじゃねえか追い、いったい何考えてんだ!?

 

息子たちと歌を歌いながら帰ってきたセリーヌを待ち構えていたのは、なんとサプライズの誕生会でした。

 

 

…なんだおい、心配したこっちが損したじゃねえか。

しかも旦那たちも早々と帰宅してパーティーに参加、真珠のネックレスまでプレゼントしちゃう気前の良さと来たもんだ。

 

 

同じような家族構成に同じような服、同じような家と庭と車。

そう、私たちはそうやってバランスを保ち、お互いを想いあってる。

相手の家で何か起きたらすぐ駆けつけるし、自分の家に何かあったらすぐ駆けつけてもらう。

だから合鍵を渡せるし、それだけの信頼を持っている。

なんてすばらしい隣人さん…。

 

かつて俺が子供の頃にもお隣さん同士の付き合いはあった。

ウチと同じく4人家族、妹たちは同い年で長男は1歳違い。

小学校時代はよく遊んでた。

普通に家を行き来し、庭でバーベキューなんかやる際はちゃんと声をかけていた。

 

そう、俺たちは普通に仲が良かった。

大人たちも一見仲良さそうに見えていた。

しかしウチにはウチのルールがあり、向こうには向こうのルールがある。

どうもその辺でウチの親は向こうの親、いや向こうのルールや習慣をものすごく気にしていた、そんな小言をよく夕食時に父に話していたし、俺らにも指摘していた。

 

ウチが正しいと思うのは当たり前で、俺も子供の頃はそう思い込んでいたが、それは側面でしかなく、きっと向こうの家も同じように思っていたのだろう。

でもそれをうまく表に出さずに付き合うのがお隣さん同士の鉄則なんだろう。

 

今回のこの「隣人たち」は、そうした俺ん家のお隣さん事情とは全く違う風景を見せていながらも、もし子供たちが死んだときのことを考えると、怖くてたまらない、なんなら一軒家に住む子供にこの映画を見せてはいけないのではないかとまでて考えてしまう映画だった。

 

 

なんでウチの子供時代の話を出したのかというと、表向き仲はいいけど「監視」や「干渉」してる着物悪さが隣人同士あるよねってことを言いたかった。

この二組の家族ももろに干渉や監視をしている。

 

マックスを失ったことで家からでなくなってしまったセリーヌ。

お悔やみを告げようと夫と共に訪ねたアリスだったが、会わせてもらえず。

 

アリスの子供であるテオは、イマイチセリーヌの子供マックスが死んでしまったことがよくわかっていない。

そんなアリスの家を窓から覗く視点がわずかに入る。

 

わかっていないながらも寂しさだけはあるテオは学校を休むことに。

アリスがふと目を離すとテオの姿がない。

庭中探して回ると、テオは隣の家の庭でセリーヌを慰めていたのだった。

 

茂みからその光景を見たアリスは、急に不安がりテオに帰ってくるよう強く促す。

 

このように、窓や茂みから覗くという視点を多く見せることで、監視や干渉という意味で演出を重ねていくのが本作の特徴。

一見幸せそうに見える中流家庭だが、家から外に出ることができない(仕事もさせてもらえないという意味も含め)女性たちの閉塞感も促す効果を発揮しており、そうした一連の視点がヒッチコック的だと語られるゆえんなのだろう。

 

 

子供がもう産めない体という設定のため、次の子供=未来はないセリーヌ。

そんな彼女がアリスと面会する気を一切見せなかったのに、テオには会うという不可解さ。

 

会うたびにお互いの気持ちを共有するコミュニケーションをとるものの、1か月後のテオの誕生会に呼ばれたセリーヌの登場、そしてその日にアリスの義母が薬を飲まなかったことで心臓発作で亡くなったこと、セリーヌの家のバルコニーでマックスが落ちて死んだのに、そこでテオが遊んでいることなど、セリーヌの異常性が見えてくる。

 

 

アリスにも「不安症」という設定が徐々に活きてくる。

物語の序盤から後半にかけて、不安症ゆえにちょっとしたことで神経質になり、仲の良かった隣人同士の関係をぶち壊すほど細かいことに過剰に反応しヒステリックになっていく姿を見せることで、ヤバいのはセリーヌでなくアリス、という見立てを作っていく。

 

実際俺も騙された。

というか、優しすぎないか?とさえ思った。

 

マックスが鳥かごを2回のバルコニーから一人で設置しようとしている光景を目の当たりにしたアリスは、急いでセリーヌの家まで走り彼女を探す。

セリーヌは1階で掃除機をかけており、アリスの叫び声など耳にできなかった。

アリスは急いで2階へ向かうも、時すでに遅し。

 

こうした経緯から、アリス自身も事故を防げたのではないかと自責の念を持っている。

それが不安症を再発させているとセリーヌに語っているのを通じて我々に説明している。

 

この説明があったせいで、「子を失っておかしくなっているセリーヌ」よりも「自分の子が狙われているかもしれないと思い込むアリス」の方がおかしいぞ!と我々は思うんだけど、それが優しすぎるだろと。

 

あまりに解り過ぎて、お話がここから面白くならないんじゃないか?とさえ疑う始末。

きっとここからアリスが常軌を逸してセリーヌを殺すんだろう、冒頭でもナイフをキッチンから取り出す映像があったし、伏線回収!とかいうやつだ!

 

 

…そう思っていたんですよ、ええ。

 

後半から俺の思惑がずれていく。

そう、この映画にまんまとやられたのは、そうした見立てを裏切る展開になったから。

 

夫の許可なく義母を解剖させ、薬を飲んでいなかったことを知ったアリス。

庭に落ちていた薬入れを部屋の棚の中に隠したのに、誰かに奪われてしまった。

それを夫に伝えると、すべて勘違いだと指摘されるアリス。

不安症が再発したことを受け、病院に通えとまで言われるアリスは、自分自身を悔い改めセリーヌに謝罪すると共に関係修復を試みていく。

 

マックスが事故で死んでしまったのはアリスのせいではない、セリーヌもそう考えているわけで、色々あったけど責める立場ではない。

不仲に見かねたテオが自殺未遂をする事態になる中、セリーヌが差し伸べた手は救いの手か否かというサスペンスなシーンを見せたのち、二人は和解していく。

 

…なるほど、こうしてお隣さん同士また仲良くやっていくのかぁ…と思ったら大間違いでしたよ!!!

 

 

この後セリーヌの旦那が自殺!

介抱しようと家に招き入れたものの、着替えを取りに行ったら床に血がついてるし、地下室の薬入れのカギを発見、中を開けるとクロロフォルムがあんじゃねえか!

ヤバい!テオが危険だ!!

急いで帰宅すると夫が睡眠薬で眠らされている!!

トロフィーを持ってそっと2階に行くとやっぱりセリーヌが襲い掛かってきたぁ!!!

 

そう、結局アリスの不安症が再発したのでなく、義母の薬入れが盗まれたことで死に、夫を自殺に見せかけ、全てを奪ったアリス家も死に追いやってやる!というセリーヌの緻密な計画だったのであります。

 

 

普通さ、こういう映画って、ほんとの悪者は彼女でした、そして疑っていたけど勘違いでしたとなっている側が狙われたら、普通死なないでしょ?

誰かが助けに来るとか、なんならセリーヌの陰謀をアリスが阻止してハッピーエンドって思うじゃん?

 

マジで怖いと思ったのはラストですよ。

アリスから一発打撃を食らったものの、アリスを眠らせることに成功したセリーヌは、ガス中毒死させることに成功、テオも葬るかと思ったらなんと養子にして二人で暮らすというオチ。

 

マックスを失ったことでやたらテオに近づくセリーヌでしたけど、どうやらアリスの見えないところで二人は悲しみを共有している描写やセリフがちらほらあったんですね。

二人にしかわからない領域とでもいうんでしょうか。

 

大体テオがなんでマックスのお母さんを自分の誕生日会に呼ぶのか不思議だったんですよね。

かわいそうだからと言ってましたけど、なんかもっと心の奥深くで通じ合ってるような関係で、正直いやらしくも見えたんですよw

いけない関係とでもいうかw

 

しかもアレルギー持ってるのに、ピーナッツのクッキーを食べさせようとしたわけですよセリーヌは

なんで生かして育てようって思ったんでしょうね、というかどこでそう思ったんですかね。

やっぱり一家中毒死させる寸前かな。

 

最後のセリフでもありまたしけど、テオにも同じ悲しみを追わせることで、心に空いた穴を二人で埋めていく、そういう作業を暮らしながらしていけば幸せになれると考えたんですかね。

セリーヌの夫は、一人で勝手に悲しんで埋める作業をしてくれなかったわけじゃないですか、だから殺したんでしょうし。

一番自分の悲しみに寄り添ってくれるのは、テオしかいない、そう最後に考えたんじゃないかなぁ。

 

最後に

もうね、ベストキャスティングだと思います。

ただヒステリックを演じるのではない、狂ったように神経質になって感情が不安定になっていく、ただ黙って怒ったり、急に過保護になったかと思えば、隣人をやさしく抱擁するそぶりを見せるジェシカ・チャステインは見事でした。

 

もちろんアン・ハサウェイも見事。

彼女もヒステリックな役ができたと思うけど、そっちよりも今回のように悲しみに暮れながらも気丈に振舞う、でも実はメンタルボロボロ…と見せておいて飛んでもねえこと考えてましたっていう化けの皮を見せれちゃう二面性。

二人とも50年代が似合う顔立ちで、タバコ吸う姿もまぁ似合う。特にジェシカ。

 

こんなドロドロの隣人事情、子供に見せれますかって話ですよw

これ子供に見せたら、「ねぇお母さん、○○くんちと仲良くしてね」なんて言ってくるに違いないし、ウチの実家のように陰口みたいなこと言えなくなりますよw

 

均衡を保っていたお隣さん、それが崩れた途端隣の芝生が青く見えだし乗っ取ってみたくなるという怖~いお話。

 

あ、色々決めつけでセリーヌが黒幕みたいに語りましたけど、特に証拠って映っても語られてもないんですよね。

そこも面白いところだったかな。

俺にはそう見えたけど、真実はわからない。

セリーヌはほんとに薬入れを盗んだのかとかね。

あくまで殺害したのは夫とアリスとその旦那のみ。

 

いやいや十分黒幕だけどw

というわけで以上っ!あざっしたっ!!

満足度☆☆☆☆☆☆★★★★6/10