線は、僕を描く
3部作として製作され大ヒットし、主演を務めた広瀬すずの代表作にもなった「ちはやふる」。
百人一首という普通のかるたとは違う文化的競技を題材に、ダイナミックな動きで躍動感を生み、CGやアニメーションを多用して百人一首が持つ言葉の美しさを見事に表現した、汗と涙と青春がたっぷり詰まった高校生たちの物語でした。
あれ以上の続きは作れないわけですが、やはり製作陣は「もう一度ちはやふるのような作品を」と願い、原作を探し回ったのだと思います。
そして見つけたのがこの「線は、僕を描く」という作品。
これまた一般人には馴染みの薄い「水墨画」を題材にした物語ですが、ちはやふるのスタッフ、監督が挑むのですから楽しみで仕方ない。
何よりどのような形であれ、映画を通じて伝統文化を知ることはすごくいいことだと思います。
僕のような知らない人たちに興味を持ってもらえるよう創意工夫をし、映画という一つのエンタメにパッケージして伝える。
きっと「ちはやふる」の時のように水墨画に興味を持つ人が増えることでしょう。
またタイトルも気になりますよね。
「僕は、線を描く」のではなく「線は、僕を描く」ですから。
自分が描くのではなく、線によって自分を描くって意味なのかな?
その辺りも物語のキーポイントになるんでしょうか。
早速観賞してまいりました!!
作品情報
2020年「本屋大賞」3位を記録した砥上裕將の青春芸術小説を、広瀬すず主演で百人一首に青春を捧げた「ちはやふる」3部作で、新たな青春映画の匠として認知された小泉徳宏監督の手によって実写映画化。
深い喪失の中にあった大学生が水墨画と出会い、師匠はじめ様々な絵師との触れ合いを通じて、命の本質へと迫っていく姿を描く。
「アキラとあきら」や「流浪の月」など次々と話題作に出演しキャリアを磨く横浜流星が主演を務め、動きが必要とされる水墨画を得意のアクションを利用してダイナミック且つ繊細に演じる。
他にも「ちはやふる」にも出演した清原果耶や細田佳央太ら若手俳優、江口洋介や三浦友和といったベテラン勢が脇を務める。
「ちはやふる」ではCGやアニメーションを駆使した色鮮やかなグラデーションで魅了したが、本作は白と黒の2色を扱う芸術。
これを監督はいかにして色鮮やかな世界へと染めるのか。
一本の線を引くこと。
まるで心を映すかのような水墨画に誰もが涙する。
あらすじ
大学生の青山霜介(横浜流星)はアルバイト先の絵画展設営現場で運命の出会いを果たす。
白と黒だけで表現された【水墨画】が霜介の前に色鮮やかに拡がる。
深い悲しみに包まれていた霜介の世界が、変わる。
巨匠・篠田湖山(三浦友和)に声をかけられ【水墨画】を学び始める霜介。
【水墨画】は筆先から生み出す「線」のみで描かれる芸術。
描くのは「命」。
霜介は初めての【水墨画】に戸惑いながらもその世界に魅了されていく――(HPより抜粋)
監督
本作を手掛けるのは、小泉徳宏。
冒頭から何度も語ってますが、百人一首というマイナーな競技を、一気にメジャーな競技へと押し上げた功労者であり(原作者もそうですがw)、原作での名シーンもしっかり入れながら、スポーツとして、そして高校生たちの熱き友情と恋模様も忘れない青春映画として見事に昇華させた「ちはやふる」の監督です。
今回も比較的マイナーな競技を扱った主人公の喪失と再生の物語。
前作でもおわかりのとおり、目の前のものに当事者がどのような視線を送るのかを丁寧に抽出したり、心の迷いや葛藤といった機微をしっかり見せる所作も手を抜かないなど、人間をしっかり見せることにも長けている方だと思います。
ちはやふるは、だからこそ成功したと思ってる部分もあり、心に傷を負った大学生が主人公という本作も、きっと線を描きながら成長を遂げていく姿を、我々が想像もしないような描写で驚かせることでしょう。
そんな監督の演出に期待です。
登場人物紹介
- 青山霜介(横浜流星)・・・とあるきっかけで水墨画を学ぶことになり、その世界に魅了されていく主人公。様々な出会いによって、内に秘めた水墨画の才能を開花させていく。
- 篠田千瑛(清原果耶)・・・水墨画の巨匠・篠田湖山の孫。霜介と出会い、ライバル心を抱くようになる。
- 古前巧(細田佳央太)・・・霜介の親友。霜介に水墨画を始めるきっかけを与える。
- 川岸美嘉(河合優実)・・・霜介に触発されて水墨画を初めた同級生。古前とともに水墨画サークルを立ち上げる。
- 国枝豊(矢島健一)・・・美術館館長。
- 滝柳康博(夙川アトム)・・・大手広告代理店の営業。
- 笹久保隆(井上想良)・・・大手広告代理店の営業。
- 藤堂翠山(富田靖子)・・・水墨画の評論家。
- 西濱湖峰(江口洋介)・・・湖山の一番弟子。少々破天荒気味なところもあり、霜介を翻弄する。根は優しく、霜介・千瑛たちを温かく見守っている。
- 篠田湖山(三浦友和)・・・水墨画の巨匠。霜介を一目見て、弟子として迎え入れることを決める。(以上HPより)
「ちはやふる」の感動再びなるか!
自分も水墨画の魅力を堪能したいと思います。
ここから観賞後の感想です!!
感想
#線は僕を描く 観賞。
— モンキー🐵@「モンキー的映画のススメ」の人 (@monkey1119) 2022年10月21日
白と黒の間に無限の色が広がる水墨画を通して描く自分=線探し。
大学生版「青春全部賭けろ」を静かながらも力強く魅せる描写はさすが。
しかしラストが駆け足なのが残念。
個人的収穫は江口洋介乃正しい使い方。#せんぼく pic.twitter.com/JTo8EtctjM
初めて魅せられる水墨画の世界。
線によって自分を描き出してく所作はさすが小泉監督でしたが、些か構成が盛り上がりに欠けるのは痛い。
とはいえ冒頭と江口洋介は最高。
以下、ネタバレします。
僕が線を描くのではない。
過去の哀しい出来事によって心を閉ざした青年が、水墨画の世界と出会い周囲の人の協力や心の様を画に投影していくことで自分を切り拓いていく物語は、「ちはやふる」ほどのパンチ力はなかったもの、画を描いていく映像とピアノを主体とした軽やかで力強い音楽とのマッチはさすがスタッフであり、幾度か涙を浮かべてしまうほど心動かされたが、畳みかけるようなラストに評価が下がってしまった惜しい作品でございました。
「ちはやふる」では個人個人の葛藤や課題、壁にぶつかりながらも、仲間からの支えによって強くなると同時に絆を深めていく高校部活映画の傑作でありましたが、本作はどちらかというと勝負事の世界にフォーカスを当てるのではなく、個人の内面を徐々に深く見せていきながら、自分自身がどうあるべきかどうなりたいかを見極め、画に投影していく=線を描いていく物語でした。
アートの世界然り音楽の世界然り、芸術において自分の中から何かを生み出す作業は、才能やセンスはもちろんですが、それ以外にも自分の出自や心が深く関係していると思います。
霜介は、水墨画の巨匠である湖山から認められ弟子として迎え入れられ、一番弟子である湖峰や湖山の孫である千瑛から水墨画の世界を教えられ、元来持ち合わせたひたむきな努力と子供ながらの眼差しで没頭していくが、ただお手本通りに描いてもそれはただの模倣に過ぎないと突き付けられてしまう。
また時を同じくして孫である千瑛も壁にぶち当たっており、湖山からなかなか認めてもらえない状況の中、なかなか自分の線を描けずにいる。
そんな2人が出会い今の自分が線を描けないのはなぜかを自問自答していく姿を、本作は小泉監督ならではの演出で描かれていくのであります。
自分も作詞作曲等をしていたのでこの辺は非常に理解できますが、最初の内は音楽理論もきょくづうくりの方程式も分からないまま、漠然とした何かに突き動かされるように歌を作っていったわけで、霜介がニコニコしながら水墨画をひたすら描いている姿には共感しました。
やはり無我夢中で創作していると、しっかりと完成された作品がキラキラしてる事ってあると思うんですよ。
多分それって「好き」とか「楽しい」とかって衝動が作品に現れているから、迷いがないというか負のオーラが見えないというか、とにかく作ったその人の表情が浮かぶことってあると思うんです。
でも気が付くと「慣れ」だったり「迷い」って気持ちが徐々に膨らんできて、それがそのまま作品に出てしまったりする。
これまで作ってきた作品が評価されないから、いつもと違ったパターンだったりトリッキーなコード進行とか入れてみて作ってみるんだけど、なかなかいいものが生み出せない。
結局そうしたスランプを救ってくれるのは、自分自身を今一度見直すことだったり、自分の方向性を地に足付けて進んでいくことだったり、何よりも始めた時の楽しかった感覚や「好き」という気持ちを取り戻すことだったりするのかなと。
一応本作では霜介が過去を清算することで心の整理がついて、被写体への本質を見極めていき、迷っていた線が正しく描かれていくんですが、作品づくりってその人の心次第で善し悪しが出てしまうよなぁと本作を見て感じました。
本作の見どころ
霜介は大学進学による一人暮らしスタート初日に両親と大喧嘩して家を出てしまい、しっかり言うはずだった「いってきます」を言えないまま家族と一生会えないことになってしまったことによって心を塞いでいたわけで、そんな自分の凝り固まった心を解きほぐしてくれたのが水墨画だったわけです。
そしてそこで出会った千瑛は、その世界で先鋭的な画を描くことで現代水墨画の姫として崇められてはいるものの、栄誉ある賞で審査委員長に酷評を受けて以来、自分の画を描けずにいたわけです。
そんな悩める二人が如何にして自分の線=あるべき姿を探していくかが見どころだと思います。
鑑賞前はそれこそデカい半紙にデカい筆でアグレシッブに描く姿によって、ダイナミックな映像を拝めるのかなぁと思っていましたが、そもそもそんなことをできるのは湖山や湖峰レベルでないとできない芸当なわけで、霜介は最後にそれに挑む姿を見せるも、製作過程は描かれておらず、そこは勿体ないなぁと。
ただ序盤で見せる湖山の製作部分や、急きょ画を描くことになった湖峰の栄作する姿は見事な演出。
基本的にはリズミカルなピアノの伴奏にアンプラグドなアレンジを加えたスピード感とポップ感のある音楽に合わせて、演者が画を描いていく映像なんですが、ちはやふる同様当事者や作品に息遣いと躍動感がみなぎっていくパターンで我々の心を動かしていきます。
僕にとって初めて見る水墨画の世界。
そりゃもう「かっけ~!」の一言に尽きます。
劇中霜介が墨を作るシーンがありますが、どうやら水墨画は一つの筆に3層の墨をしみこませて描くそうで、これに加えて筆をどう扱うかによって、様々な線が生まれるんだとか。
するとあらま不思議、直線や曲線が3層の白黒によってコントラストを生み、味わい深い画になっていくではありませんか。
これに想像性豊かな鳥や山がスラスラ描かれていき、モノの見事に大作が生まれていく驚き。
お習字で字を書くこと以外やったことのない僕としては、そんな使い方で画を描くのかと学べた瞬間でもありました。
湖山は巨匠と呼ばれることもあり、貫録を出しながらもキャリアに胡坐をかかない姿勢で、温かさと柔らかな視線で画を描くのが印象的。
これに対して湖峰は、体を大きく動かしてダイナミックに描くタイプ。
何が素晴らしいってこの年齢にしてまるで童心に帰ったかのような眼差しを持ち合わせており、紙を見つめる視線がとにかく楽しそう。
ちょっとしたアクシデントもアートに活かす対応力と柔軟性が見ていてホントにワクワクして、どちらかというと自分と似たタイプなのかなと思ったりw
僕がかつて創作活動で見失っていた表情が湖峰にはあったなぁと、ちょっとウルっとしてしまいましたw
デカい紙で描く二人に対し、霜介と千瑛はどんな眼差しで描くのか。
霜介も湖峰と同じような眼差しで楽しそうに描くけど、「どうしてやろうか」と見つめる湖峰とは違い、紙に真摯な姿勢で向かう姿が印象的。
美しい姿勢と美しい筆の持ち方から彼の特性が見え隠れしており、教えられたことを精一杯自分のものにしようとひたむきに描くんですよね。
どちらかというと優等生な感じなんでしょうが、それが湖山いわく「悪くない画」と後々言われることになり、壁にぶち当たっていくわけです。
一方千瑛は、被写体をじっと力強い視線で見つめながら画に反映していくタイプ。
画に関しても他の3人とはまるで違う水墨画で、直線や曲線がかなり張り巡らされており、まるで一枚の写真のような洗練された水墨画を描いています。
被写体そのものを忠実に再現するかのような描き方により、現代の若者から高い評価を得ており、SNSでもバズる傾向にある設定になっています。
しかし彼女的には本来描きたい線を描けていないようで、物語は霜介同様彼女の物語にもなっていく流れです。
このように同じ水墨画でも個人個人で全く違う画になる様が非常に面白く、それがキャラクターにも活かされた作品になっていたように思えます。
しかし全体的に水墨画に対する映像表現が一定の興奮を覚えることができなかったのが残念。
つまるところ「ちはやふる」の再来を期待していた自分の心構えの悪さが露呈した結果ではあるんですが、画を描いてる映像表現とそれ以外の心の葛藤を見せる映像表現に差が出来過ぎてしまって、一貫して暗い物語になってしまってる印象を受けました。
霜介が抱える心の暗さをずっと水面下に置いたまま物語が進行するので、霜介自体が水墨画に没頭してもやはりワクワクしてやってるように見えないんですよ。
それはそれこれはこれというように、過去へのトラウマは秘めているけど、今やってることはむちゃくちゃ楽しい!という見せ方でないと、僕としては乗るに乗れないというか。
一貫して暗い物語になっている要因として演出にも問題があって、終始静かなんですよね。
和の心を大事にしたかったのかあまりガチャガチャした様な演出にしなかったのは理解できるんですが、もっと底抜けな明るさを作って起伏だったりギャップを入れても良かったのかなと。
その役目を果たそうとする友人の巧がぶっちゃけ痛すぎて見てられなかったのもあり…。
あくまで静か=暗いと結びつけたくないんだけど、霜介を考えるとそこがイコールになりがちな演出になってないかと思ってしまうんですよね…。
だからこそ僕は江口洋介演じる湖峰のキャラクター性が凄く救いで、実際湖山よりもこの人に弟子入りした方が霜介伸びるんじゃね?と思うほど人当たりの良いキャラでした。
ホントこの映画は江口洋介の正しい使い方をしているなと思わされて。
それこそもはやベテラン俳優で脇役を軽く演じても画になる方ですよ。
そんな人を「ひとつ屋根の下で」のあんちゃんのような振る舞いに、年齢を重ねた包み込むような優しさを入れることで、悩める主人公の背中をうまく押すキャラになってたし、自然に寄り添う人生こそが自分の線を巧く描くコツなんじゃないかっていう湖山の教えを実はしっかり体現している(手を合わせて自然の恵みを頂く所作などから)唯一のキャラってのにも好感が持てるというか。
それこそひたすら飯作ったり裏方作業やったり庭いじりばっかりで、一体コイツ何者なんだ?ただのお手伝いさんか?と思ったら、すげえいいタイミングで見せ場を与えるってのも今回すごくおいしいキャラだったりするのかなと。
とにかくここ最近あまりいい役をもらえてなかったように感じた江口洋介が久々に見ていて気持ちの良かったキャラでしたw
最後に
本当に一番残念だったのはラストです。
ようやく自分の線を見つけ、賞にエントリーするための作品を制作してる仮定から最後のシーンまでかなり駆け足で見せてしまっているのが非常に残念。
この賞にどんな気持ちで臨むか、そしてそれを完成させるまでのプロセスがあまりにもハイスピードで、見てるこっちを置いていくほど。
完成された作品もあんな短い尺でなく、もっと余韻たっぷりに見せるとか、それを見たギャラリーの感想を挟んでみるとか、湖山が画を見てほほ笑むとか、そういうリアクションを入れるだけで観衆の反応が良くなると思うんですよ。
見てる側の気持ちを誘導するかのようなリードするキャラがいても良い気がするんですよね~。
そうすることでマインドコントロールじゃないけど、終わった後の余韻て変わる気がするんだよなぁ。
やはりレースでも勝負事でもない世界の話なので、分かりやすい気持ちよさとか爽快感得られないんですよね。
しかし高校部活映画の「ちはやふる」とは違い、社会人手前の青年たちが主人公なので、ちょっと大人びた、気持ちの落ち着いた内容にしたかったんだろうなというのは理解したいですね。
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆☆★★★★6/10