BLUE/ブルー
勝負の世界はいつだって、スポットライトが当たるのは勝者。
努力は必ず報われると信じて勝ち取った栄光なのだから、周囲がそれに群がり称賛するのはごく普通のことですし、大衆も同じ。
ただ勘違いしてはいけないのは、「敗者がいるから勝者がいること」なんですよね。
どちらもたゆまぬ努力と練習を積んで舞台に立ち決着をつけるわけですし、同じ土俵に上がることが素晴らしいと。
今回鑑賞する作品は、勝者の陰で忘れられていった、たくさんの敗者たちに贈る映画。
ボクシングの世界を描いた映画ですが、音楽の道を進むことを諦め、夢に敗れた僕にもささりそうな題材。
近年優れたボクシング映画がたくさん製作されていますが、本作はその仲間入りを果たせるのでしょうか。
早速鑑賞してまいりました!!
作品情報
人間の滑稽な姿や光、そして誰しもが抱える闇や影を、リアルな描写で描く吉田恵輔監督。
そんな彼が30年続けてきたボクシングで見てきた風景やボクサーにスポットを当てた映画が完成。
負けっぱなしのボクサーが周囲の人物に影響を受けながらも、ひたむきに努力し続けていく「青コーナー(挑戦者)の生きざま」を描く。
「彼らの流した涙や汗、すべての報われなかった努力に花束を渡したい気持ちで作った」という監督の思いに、将棋の世界を描いた「聖の青春」で勝負した二人が再び共演。
闘いの舞台を将棋盤からリングへと移し、「役作りの鬼」魂を再びスクリーンで魅せる。
またボクシングの殺陣指導を監督自らが務めたことも話題。
30年以上続けてきた監督だからこそのこだわりや見える視点など、普通のボクシング映画では見られないリアルな光景にも注目。
どれだけ努力しても、どれだけ才能があっても約束された「成功」などない。
時に残酷な人生の中で、それでもミットにジャブを打ち続ける男の「迸る青」を堪能せよ。
あらすじ
誰よりもボクシングを愛する瓜田(松山ケンイチ)は、どれだけ努力しても負け続き。
一方、ライバルで後輩の小川(東出昌大)は抜群の才能とセンスで日本チャンピオン目前、瓜田の幼馴染の千佳(木村文乃)とも結婚を控えていた。
千佳は瓜田にとって初恋の人であり、この世界へ導いてくれた人。
強さも、恋も、瓜田が欲しい物は全部小川が手に入れた。
それでも瓜田はひたむきに努力し夢へ挑戦し続ける。
しかし、ある出来事をきっかけに、瓜田は抱え続けてきた想いを二人の前で吐き出し、彼らの関係が変わり始めるー。(HPより抜粋)
監督
本作を手掛けるのは、吉田恵輔。
「中学生の頃から現在まで、30年近くボクシングをやっています。何箇所もジムを渡り歩き、沢山のボクサーと出会い、見送っていきました。そんな自分だからこそ描ける、名もなきボクサー達に花束を渡すような作品を作ったつもりです。」とHPでコメントを寄せている監督。
今回は監督・脚本に加え、殺陣もこなすほどの気合の入れよう。
それだけのルーザーを見てきたわけですから、きっと思いはひとしおですよね。
トークイベントでは、小川演じる東出昌大が、パンチドランカーの症状を調べたものの、脚本に書かれていた通りだったり、試合で勝利したものの不格好なのは、実際のボクサーは足がフラフラだから、ロープに上がってガッツポーズなんかしてる余裕はないと語っています。
華やかなスポーツに見られがちなボクシングは、実は危険がとてもいっぱいでリスクがつきものだから、長く続けてきた以上かっこいいところだけを映すことには抵抗があったんだそう。
モンキー的には「さんかく」や「犬猿」、「ヒメアノ~ル」などで人間の可笑しみを絶妙な間で笑わせる作風が大好きなんですが、本作はきっとそれらを抑えて真面目に描かれてそうな気がします。
監督に関してはこちらもどうぞ。
キャスト
主人公・瓜田信人を演じるのは松山ケンイチ。
今回の役を演じるにあたり、撮影に入るまで2年間ボクシングの練習をしてきたそう。
確かにちょっとまえまでは「聖の青春」後ってのもあってか、若干ふっくらしていた印象がありましたが、今回写真で見てもわかる通り、だいぶ頬がこけてますよね。
ちなみに彼が起用された理由は、監督曰く「まるで捨て犬のような表情で、哀愁を醸し出すことができるから」とのこと。
言わんとしていることは、わかるw
さて本作は、彼と東出昌大、そして柄本時生が「聖の青春」以来の共演てのもちょっとした売り文句になってます。
こちらはライバル同士が勝ったり負けたりしながら静かな炎を燃やすのが印象的ですが、本作はそれとは違い、負けっぱなしの男と才能も強さも持つ男という差が出ていることや、頭脳勝負ではなく肉体勝負といった点もあるので、二人がどんな表情をして観衆を惹きつけるのか非常に楽しみです。
彼の出演作品は、こちらもどうぞ。
他のキャストはこんな感じ。
瓜田の後輩・小川一樹役に、「スパイの妻」、「峠 最後のサムライ」の東出昌大。
天野千佳役に、「ザ・ファブル/殺さない殺し屋」、「火花」の木村文乃。
楢崎剛役に、「バイプレーヤーズ もしも100人の名脇役が映画を作ったら」、「宮本から君へ」の柄本時生などが出演します。
青コーナーに立つ挑戦者たちが、なぜそこまでしてボクシングを続けるのか。
彼らの背中から何が語られるのか。
沸き立つ何かを感じられたらと思います。
ここから鑑賞後の感想です!!
感想
ブルー、素晴らしいじゃないか… pic.twitter.com/OXxPBpiPOd
— モンキー🐵@「モンキー的映画のススメ」の人 (@monkey1119) 2021年4月9日
3者3様の「好き」が詰まった、敗者たちの物語。
さらに吉田恵輔の「好き」まで詰まった、カッコイイ映画でした!!
以下、ネタバレします。
吉田恵輔、最高です。
ボクシングの世界を舞台に、勝利を掴むことができずにいるも飄々と笑う男、才能に任せ勝利を掴むも病と闘う男、下心から始めるも少しづつ好きになっていく男、そして幼馴染と恋人を影で見守る女性の4人を中心に描く物語は、普段見るようなボクシング映画の装いではない描写で試合をリアルに表現しながら、人物描写にこだわりも入れた監督の気合がみなぎる作品であったと共に、「負け」を重ねても「好き」を貫く姿勢こそが「強さ」であることを証明した、紛れもない良作でございました。
モンキーは吉田恵輔監督の作品に関しては、基本甘いです。
ぶっちゃけ贔屓してます。
今回ももちろんながら最高の出来でした。
これまでの作品とは違いユーモア描写は最小限にとどめたモノの、登場人物全てにスポットライトを浴びせ、無駄のない説明、昼と夜でまるで違うボクシングジムの緊張感、余韻や後ろめたさを残さずに堂々と編集してしまう潔さ、なのに感情移入してしまう小ズルい演出。
どれをとっても監督の巧さが秀でた作品だったと思います。
丁度僕の師匠も別の映画館で本作を鑑賞していたようで、人物描写が特に素晴らしいと絶賛されてました。
めっちゃ共感です。
前にも「犬猿」の時かな?書いたんですけど、監督って役者の寄りばかり撮らずに、後ろにいるエキストラの人たちも逃さずカメラに収めるのが特徴なんですよね。
そしてほぼファミレスのシーンがあるw
今回は居酒屋や試合会場、ボクシングジムでしっかりエキストラをおさめて役者を撮ってるんですよね。
特にいいトコ収めてるね~!!って思ったのが、試合会場で小川の試合時間が近づいてきた時に、瓜田と千佳の二つくらい後ろの席の男性が、そのセリフが放たれた直後に時計を見る仕草をするんですよ。
ぶっちゃエキストラの人ピンボケしてるんですよね。
にもかかわらず、ちゃんと演技指導してるあたりがさすがだなぁと。
他にも敢えて展開を省略して構成しているのも潔いし、あのテンポの良さどこか昭和の映画見てる感じがして、良かったなぁと。
試合の部分も実際全部やってないんですよね。
敗北したかどうかは、切り替わったシーンの役者の表情を見れば理解できるでしょくらい端折ってました。
瓜田、カッコイイぜ
特筆すべきなのは、3人の主人公をしっかり2時間雄枠に収め完結させたこと。
松ケン演じる瓜田は、試合に負け続けるばかりなのに周囲の人間には悔しさを覗かせない男。
普通試合に負けたら感情むき出しになって八つ当たりしたり、悔し涙を流したりと露わになりがちですが、彼に至ってはその後の打ち上げでも周りに気を遣ってお酌したり声を掛けたりする人の良さが出ています。
ボクササイズにやってくるおばちゃんたちに、いい歳なんだからそろそろボクシング諦めたら?と言われても、「いやぁやること他にないんで」と軽く受け流すほど。
後輩に負け続けてることを指摘されても決して言い返さず、研究生とのスパーリングでコケにされてもするりと交わしたり、相手の発言を普通に認めたりと、底が全く見えてこない。
しかし誰も見ていないところでは、試合での悔しさを人一倍噛みしめる姿が。
大阪ので試合で判定負けを喫した帰りの夜行バス。
会長がビールを飲んでる横で、鋭い目つきで前を見つめる表情。
ひとり家に帰ってコンビニ弁当を食べながら「違う・・・違う・・・」と呟くように脳内で試合の反省をする表情。
さらに試合で負けた後、幼馴染に励まされることに照れで返すも、ジュースを買っている間一人頭を抱え込み、背中で悔しさを見せる姿。
そんな瓜田を本気で励まそうと「瓜ちゃんのボクシングしてる姿は、ホントにカッコイイよ」と言われた瞬間、うっすら涙を浮かべる瓜田。
ちなみにここ、すぐさま小川が入場することで泣くのを堪えるんですよね。
監督の寸止め演出、最高っす!!
そんな自分の負けに悔しがる姿を見せず、仲間の応援をかかさない瓜田の「ボクシング愛」は本作の中で涙腺決壊モノです。
試合に負けた後、すぐさま後輩の楢崎のデビュー戦。
無様な姿を見せてしまった瓜田ですが、ボロボロになりながらも肩を叩いて緊張をほぐす優しさは、楢崎の背中を後押ししたことでしょう。
さらにはまだ試合での敗戦に後ろ髪惹かれる思いだったろうに、タイトルを掛けた小川の試合を全力で応援する。
彼のボクシング熱に感化されるのは僕らだけでなく、幼馴染の千佳も同様。
なんてこの人は、ボクシングに活かされてるんだろう。
未だ花の咲かないボクサーなのに、こんなにも仲間を思い体力の尽す限り応援する。
さらにさらに彼のボクシング愛は、ジムを去った後も続きます。
会長以外誰にも告げることなくジムを去った瓜田は、敗戦後に八つ当たりしたまま別れたことにしこりを残しままの楢崎に、試合に勝つための練習方法がびっしり書き込まれたA4ノートを送るのであります。
最後に書かれた「楢崎君は強い」という言葉を呼んだ小川は、これまで才能でのし上がってきた自分にはない瓜田のボクシング対する熱量に涙するのであります。
ここは、小川よりも先に自分の方が目頭が熱くなってしまいました。
ボクシングを教えてくれた瓜田よりも花を咲かせた小川が、あれだけ負けても後輩を褒め称え、自分の出来ること全てを注ぐ瓜田の姿勢と熱量に恐れ入ったわけです。
きっと二人で一つの身体になれば、たちまち世界チャンピオンになれたろうに。
小川、カッコイイぜ
負けっ放しの瓜田に対し、日本チャンピオンタイトル目前の小川は、瓜田の幼馴染の千佳と付き合うなど順風満帆。
しかし居酒屋でろれつが回らずシークワサーサワーを言えなかったり、仕事先の運送トラックをぶつけてしまったり、自転車を真っ直ぐこげなかったり、終いには片頭痛、吐き気と、ボクサー稼業にとって一番痛手な脳による障害が発生。
タイトルまであと一歩の時に出くわした大きな壁。
身体の心配をする千佳の手を振りほどき、小川は迷うことなくボクシング道を突き進んでいきます。
千佳も瓜田の方から病院で検査してもらうようお願いしたり、タイトル戦を辞退するよう頼んでと懇願します。
しかし瓜田は、小川の立場になったとしても止めることはできないときっぱり断ります。
「好き」なモノから手を引くこと。
そう容易くはいかないでしょう。
僕の場合、音楽を志してそれなりに頑張ったけど、メンタルがついてこなかったことで身を引いたわけですが、僕のような「好き」度とは訳が違うんでしょうね。
本気の度合いというか、例え命を犠牲にしてでも成し遂げたいことがあると。
だからこそ仕事に支障が出ても、どんなに頭痛が襲って来ようとも、ジムで汗を流しロードワークに精を出し、黙々とミットにパンチを打ち込み、勝利を掴むための努力をし続けているんでしょう。
彼に関しては「才能」の片鱗をしっかり瓜田に見せているシーンを入れているのが印象的。
瓜田自分の試合を控えているにもかかわらず、小川の家に出向き対戦相手のクセを研究したり分析したりして夜中にドタドタ音を立てながら練習する。
ボディをずっとガードしながら連打が終わった途端にアッパーをした方がいいと語る瓜田に対し、小川は後ろにステップした時にカウンターを一発顔に入れたほうが効果的だと語る。
瓜田はそれは難しいんじゃないかと小川のやり方に半ば後ろ向きな発言をするが、小川は「俺ならできる気がする」の一点張り。
実際試合で瓜田が、アッパーを使えと大声でアドバイスを送るも、結局トドメは小川が「出来る気がする」といった後ろにステップしてのカウンターだった。
ほら見て見ろ、できたじゃないか。
拳を高らかに上げ、遠くの瓜田を見つめる小川。
それを見た瓜田は「あいつ、ホントすげえな…」と表情を固くする。
出来る者と、出来ない者の差を瓜田を手前に小川を見せるカットはとんでもなく素晴らしい。
一番の主人公、楢崎
松山ケンイチが主演の作品ではあるものの、物語の核を担っているのは実は三番手である柄本時生演じる楢崎であることが、最後まで見ていくと理解できます。
彼はアミューズメント施設で働く青年でしたが、同僚の気を惹くためだけに「ボクシングをやってる風」を身に付けたくてボクシングジムに入会します。
スパーリングをスパークリング、サウスポーをサンスポ―と言い間違えるほどボクシングを知らない彼でしたが、瓜田の手ほどきと優しいアドバイス、そして何より「センスあるね」という飴と飴を与え続けることで、少しづつボクシングを好きになっていくんです。
そもそもフォームも基礎体力もそこそこの彼が、好きな女の子を振り向かせるためだけに半年も続けてきたことがまずすごい。
姿見前でのシャドーボクシングも赤髪の研究生に邪険に扱われたり、「はじめの一歩」で描かれていていた見よう見まねの必殺技披露をバカにされても、彼はとにかく続けてきた。
本人はただ、なんとなくなのかもしれないが、きっと続けてこれたのは瓜田の励ましのおかげのように思う。
瓜田のおかげで基礎をしっかり身に付けた楢崎は、スパーリングをやらせてもらいボクシングの「痛み」を知り、赤髪の研究生とのスパーリングで大けがを負わせてしまったことへの「痛み」を知る。
「才能」も「熱量」も瓜田や小川より持ち合わせていない彼が、少しづつボクシングを「好き」になり、「勝ちたい」という意志が芽生えることで、成長を遂げていく。
瓜田の仇討とばかりに挑んだ比嘉選手との試合では、ノートに書かれたことや瓜田とのミット打ちの練習を思い出して、冷静に試合運びをしていく。
結果判定まで持ち込んでの満悦の笑み。
あのシーンも最高ですね。
認知症のお婆ちゃんを一人支えながらも、逞しく成長する彼の物語でもありました。
最後に
王座についたボクサーなどほんの一握りで、本作の登場人物たちのような人たちがきっと山ほどいるんでしょう。
本作は例えていうなら「火花」のあの二人で、「ボクたちの交換日記」のあの二人で。
この二作は夢に破れた者たちを讃える映画ですが、本作は試合に敗れたとしても歯を食いしばってキープウォーキングしていく男たちの姿を背中で語る映画でしたね。
てかね、みんな見せ場あるのが良いんすよ!
千佳だって瓜田の背中見て無くし、小川の苦痛の表情見て心ざわつくし、楢崎の暴言にいち早く反応してビンタするし。
赤髪の研究生も、基礎をサボって瓜田や楢崎をバカにしてプロテスト落ちて、大けがしたことで心境の変化が出て、楢崎を励ますっていう。
比嘉選手ですか?アイツもキックボクサーから転向した分実力があって、散々おちょくるのが様になってるし。
ボクササイズのおばちゃんたちもちゃんと鋭い事言わせてるし、会長に突っ込まれる見せ場もある。
もうね、全員いいんですよ!
ホント人物描写が巧い!!
端から見れば往生際の悪い男たちの悪あがきかもしれないけど、監督が30年見続けてきた名も無きボクサーたちへの花束と仰ってたように、敗者があるからこそ勝者がいること、どんな状況下であっても虎視眈々と王座を狙う男たちの美学を堪能させてくれた良作でした。
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆☆☆☆★★8/10