メインストリーム/Mainstream
SNS大好きです!
TwitterにfacebookにInstagramにYouTubeなどなど。
有名人とかインフルエンサーのチャンネルやアカウント全部網羅してます!
面白かったりタメになったり、ひどいな!とか悲しい!とかムカつく!とか、ちょっとでも気持ちが動いたら「いいね!」って押すんです!
休日なんて気が付いたら一日中やってたりして!
きゃは!
・・・ってなってないですかね。
僕の場合ブログやってるくらいですから、もちろん数字は気にします。
むしろ中毒ですw
数字の多さが自分の価値とすら思い始めてますw
ヤバいですよね…。
今回鑑賞する映画は、YouTubeでバズッったことをきっかけにSNSの闇に飲まれていく男の末路を描く青春ドラマ。
発信する側を描くんでしょうけど、これはきっと閲覧する側に問題提起してる作品に思えて仕方ありません。
予想通りか。
早速鑑賞してまいりました!
作品情報
巨匠フランシス・フォード・コッポラの孫で、ソフィア・コッポラの姪である監督が、YouTubeの狂乱を描く刺激的な1作。
冴えない日々を送る映像作家が、話術の天才と共に動画を製作。
瞬く間にバズとなったはいいものの、祭られたスターは徐々に心を蝕み暴走していく。
現代社会において切っても切り離せなくなったSNSを題材に、インフルエンサーになりたいあまり、数字やコンテンツに大きな価値を見出す者たちや、彼らの一挙手一投足に翻弄されるなどネットユーザーなど、消費する側とされる側双方の闇と問題点を、ビビッドな配色や絵文字で飾られた映像と対比するかのように炙り出していく。
「アメイジング・スパイダーマン」から「沈黙~サイレンス~」と幅広いジャンルで多彩な演技を披露する俳優に、実際ファッションアイコンとしても活躍するサラブレッド女優が競演。
物語に狂喜と狂気を与えてくれます。
SNSに夢中なあなたにこそ見てほしい1作です。
あらすじ
夢と野心が交錯する街LA。
20代のフランキー(マヤ・ホーク)は映像作品をYouTubeにアップしながら、さびれたコメディバーで生計を立てる日々に嫌気がさしていた。
ある日、天才的な話術の持ち主・リンク(アンドリュー・ガーフィールド)と出会い、そのカリスマ性に魅了されたフランキーは、男友達で作家志望のジェイク(ナット・ウルフ)を巻き込んで、本格的に動画制作をスタートする。
自らを「ノーワン・スペシャル(ただの一般人)」と名乗り、破天荒でシニカルなリンクの言動を追った動画は、かつてない再生数と「いいね」を記録。
リンクは瞬く間に人気YouTuberとなり、3人はSNS界のスターダムを駆け上がってゆく。
刺激的な日々と、誰もが羨む名声を得た喜びも束の間、いつしか「いいね!」の媚薬は、リンクの人格を蝕んでいた。
ノーワン・スペシャル自身が猛毒と化し、やがて世界中のネットユーザーからの強烈な批判を浴びるとき、野心は狂気となって暴走し、決して起きてはならない衝撃の展開をむかえる―(HPより抜粋)
監督
本作を手掛けるのは、ジア・コッポラ。
コッポラという名前ですから、お気づきの方も多いと思いますが、おじいちゃんはフランシス・フォード・コッポラ。叔母さんはソフィア・コッポラ、他にもたくさんの映画関係者がいるという映画界の華麗なる一族で育ったお方。
そんな彼女は、若者たちの思春期の悩みを繊細なタッチで描いた前作「パロアルト・ストーリー」で高い評価を獲得し、本作に至ります。
今回SNSの闇と狂乱を描こうと思ったきっかけは「ソーシャルメディア上で人気を支えているのは何か」という点。
気が付けば閲覧し、無意識に「いいね!」を押す我々こそが主流を作っているのに、自覚がない。
日本でもインフルエンサーが様々な事件を起こしていますが、そもそも彼らをスターにしたのは誰?って話ですよね。
本作はこの「?」な部分を浮き彫りにするお話なのかもしれません。
キャスト
天才的な話術の持ち主リンクを演じるのは、アンドリュー・ガーフィールド。
本作で製作総指揮としても参加しているアンドリュー。
現在アメコミファンの間では「スパイダーマン/ノー・ウェイ・ホーム」に再びピーター役として出演するのではないかと噂になってますが、もし良かったらこれもみませんかスパイダーマンファンの皆さんということでw
本作はロサンゼルスが舞台ですが、アンドリューといえば同じロスが舞台の「アンダ・ザ・シルバー・レイク」でも主演してましたね。
美女と都会に取りつかれた若者の末路を「ロンググッドバイ」風味で描いた青春ミステリーとも呼べる一作。
若者を襲う何かという意味では本作と共通している部分もあるのかと思います。
本作では狂気に満ちた姿を見せてくれるそうですが、どれだけのものか期待したいところ。
他のキャストはこんな感じ。
フランキー役に、「ストレンジャ・ーシングスシーズン3」、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のマヤ・ホーク。
ジェイク役に、「パロアルト・ストーリー」、「マイ・インターン」のナット・ウルフ。
マーク・シュワルツマン役に、「スコット・ピルグロムVS邪悪な元カレ軍団」、「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」のジェイソン・シュワルツマン。
デッド・ウィック役に、TV番組「ジャッカス」、「メン・イン・ブラック2」のジョニー・ノックスヴィル。
イザベル・ロバーツ役に、「WAVES/ウェイブス」、「mid90sミッドナインティーズ」のアレクサ・デミーなどが出演します。
「いいね!」は人をどう狂わせるのか。
観られる側の重圧と、観る側の軽さが浮き彫りになっていく予感。
ここから鑑賞後の感想です!!
感想
#メインストリーム 観賞。
— モンキー🐵@「モンキー的映画のススメ」の人 (@monkey1119) 2021年10月8日
テーマや言いたいことはわかるが、作品としての出来はあまり上手いとは思えない。
しかしあれだ、YouTuberにだけはなりたくない。 pic.twitter.com/HXBvXt83he
SNSを発信する側、受け取る側両方に警鐘を鳴らす現代ならではの作品。
アンドリューの怪演は見事。
なんだろ、感想書くこと自体監督の術中にハマってる気がする。
以下、ネタバレします。
僕のブログを読んでくださる方へ。
何を隠そう私モンキーは、いわゆる「映画ブロガー」という肩書にカテゴライズされる身分にあたります。
長くやってきたこともあってか、たくさんの方に読んでいただく機会が増え、いろんな方からコメントを頂くことが増えました。
非常に感謝しております。
言いたい事や思ったことを正直に書くことをモットーにやっておりますが、時に自分の価値観が世間の求める「正しさ」からはみ出してしまうあまり、コメントで「ずっと楽しく読ませてもらったけど、がっかりした」とか、「お前の記事は読みづらい」とか、「オチまでちゃんと書けよ」とか、映画に対する意見ではなく、僕自身に対する言及をする方が一定数います。
どういう目的で、どういう経緯で訪れたかは僕には知る由もないので、ガッカリさせてしまったことや傷つけてしまったことに対しては、申し訳ない気持ちはもちろんあります。
しかし最近思うのです。
なぜ彼らはいちいち発信する側に対してあれこれ言いたくなるのか。
コメント欄があるからなのか。
匿名でレスポンスしていいからなのか。
何を言っても自分に被害はないからなのか。
俺が何か言いたくさせる、ツッコまずにはいられないようなことを書いているからなのか。
一体何が彼らを駆り立てるのか。
言いたいことを正直に書いていると言いましたが、実はこれ建前。
たくさんの方に読まれる機会を頂いたことから、いわゆる世間の目を気にして委縮してしまっている部分は、実際のところあります。
ここ1、2年はもっと言いたいのに言ったらまずいよなぁという葛藤を抱きながらやっております。
でもそれは、決して悪い事ではない。
読んでくださる方に配慮する力を身に付けた、つもりです。
もちろんまだまだですが。
いや、お前自分の事有名だって勘違いしてないか?なんてツッコむ人もいるでしょうが、数字を見ると勘違いしてしまうんですよ。
自覚してます、ちゃんと、自惚れ屋だってことは。
何が言いたいかというと、僕のブログに対して何か発言したい時、特に批判的な意見を言いたいときは、まずは一旦考えてみてはいかがでしょうか。
勢いに任せてコメントすることで、相手を傷つけることにはならないだろうかと。
匿名だから、身分がバレないから別に何を書いても良いという考えは、僕は決していい事ではないと思います。
仮に僕が誰かを傷つけるようなことだったり、世間的に正しくないと思った発言をしたのなら、怒りに任せてコメントするのではなく、言葉を選んでほしいなと。
本作の最後でリンクが言ったように、僕はロボットではなく血の通った人間で、普通に傷つく生き物なんです。
人間同士の付き合いなのだから、どちらかが正しくてどちらかが間違ってるという判断ではないやり取りを出来たらいいなと。
きっとこんな出だしの感想を書くと、「ちゃんと映画の内容に対する意見を述べろ」とかツッコまれると思うんでんすが、本作を見て感じたことはリンクの姿を自分とリンク(ややこしw)してしまったからであり、まずはブロガーとして、ブロガーである僕にコメントされる方に対して思ったことを書かせていただきました。
変な世の中になったもんだ
YouTubeでバズって有名になりたいと願う女性が、話術の得意な青年と出会いYouTubeで人気になっていく半面、数字に憑りつかれ一線を越えてしまう姿を描いた本作は、3人の三角関係を含ませた青春映画の側面を見せつつ、発信する側と受け取る側両方に対して、さらにはインフルエンサーに着目して群がるスポンサーに対して警鐘を鳴らす問題提起を前面に押し出す意欲的な作品であった一方で、物語としてのオチやキャラ描写が弱いと思ってしまった作品でございました。
今やネットやSNSの存在は日常生活において切っても切り離せないものになってきました。
誰かの発言が誰かの薬になることもあれば、誰かを傷つける毒にもなる。
尚且つ人間の性質なのか、いい事よりも悪いことの方が拡散される。
スポンサーは業績を上げるためにインフルエンサーを見つけては金をチラつかせ持ち上げ、人気に陰りが見え始めたら数字を上げろと迫る。
発信する側はどうにか人気を回復するためにインパクトのある記事やコンテンツを製作。
数字に踊らされるあまり、気が付けば一線を越えた内容の作品を作り上げ、集中砲火を浴びる。
どこの誰かも知らない奴が発信したものに、どこの誰かも知らない奴らが好き勝手言っていいネットの世界。
面白いモノを作れば称賛されるが、モラルを逸脱すれば批判を喰らう。
そんなことが繰り返される今。
変な世の中になりましたよね~。
どこの誰が言ったか忘れましたが、今や「一億総ツッコミ時代」なったことで、芸能人もメディアに取り上げられる人も、たまたま映ってしまった一般人でさえもツッコまれ、ネタにされ、つるし上げられてしまう世の中になりました。
正しさを求めるあまりはみ出し者や異端児は、間違った発言や歯に衣着せぬ発言をすると、沢山の人にツッコまれることでメンタルをやられ、一番取ってはいけない選択すら選んでしまう結果になることがあります。
劇中では、リンクが数字や人気欲しさに過激な内容の動画を製作しアップしたことで、顔にあざのある女性が死を選んでしまうという悲しい結果になります。
顔にあざのある女性は、見せたくない部分を隠してインスタグラムにアップしており、リンクは君は本当にそれでいいのかと問い詰め、観覧者からの同調圧力を味方に、彼女の本当の姿をアップしてしまう暴挙に出てしまいます。
動画の数字を稼ぐために、リンクは嫌がってる彼女に無理矢理ボタンを押させる、いやゆる「やらせ」をやっているため、死を選んでしまった彼女を追い詰めてしまっ原因を作った罪は確かに重い。
もっと重いのは、歯に衣着せぬ発言や過激な意見に感激するあまり、彼を持ち上げるネットユーザー。
勝手に「やれ!もっとやれ!」と煽っておきながら、最悪の事態になると手の平を返して「あれはやりすぎだ」と一斉に叩く。
リンクにも責任はある。
しかし責任を背負わなければいけないのは、果たして彼だけなのだろうかというのが本作の一番の問いだったのではないでしょうか。
感想の冒頭でも書いた通り、僕もどちらかというと発信する側の立場。
一線を越えるような発言は慎まなくてはいけない、寧ろそういうことを周囲の方から学ばせてもらったわけで、リンクのように数字や人気を最優先にしたコンテンツ作りはしないようにしようと思ってはいます。
しかし数字に踊らされるあまり、承認欲求欲しさに一線を越えたくなる気持ちも理解できます。
欲を抑える事って難しいですよね。
フランキーに至っては、何者にも馴れてなかったときの歯がゆさを味わっている部分がある故に、今の人気を保ちたい欲求のあまり、ブレーキが甘くなってしまう。
気が付くと取り返しのつかないことをしてしまったと落ち込む結果に。
リンクはネットやSNS、物欲に対して警鐘を鳴らし、ただの一般人=ノーワンスペシャルでいることで、人間の尊厳を重んじようと巧みな話術で周囲を惹き込む存在でしたが、そんな彼でさえ承認欲求に駆られていくわけです。
2人の顛末は全く違う決断になっていきますが、人の死を招いてしまったことに対する2人の言い分は、どちらも間違ってないと思えてしまう物語だったように思えます。
死んでからでは遅いと気づき心を痛めるか、死を招いた原因は俺だけか?と言い放つか。
結局のところ、こういう問題ってどうすれば解決するんでしょうね。
過激なことや誰かを傷つけること、迷惑をかけるような動画や記事を作り続ける人たちをなくすことなのか。
彼らに対して一喜一憂するネットユーザーに、例えば実名制にして責任を持たせるようなルールにするべきなのか。
人気のあるインフルエンサーたちにビジネスを持ち込んで操るスポンサーを排除すればいいのか。
僕はそもそもYouTuberと言われる方の動画をほぼ見ないんですけど、「好きなことで生きていく」をモットーに努力されてる方は尊敬に値します。
一方で、炎上目的で知名度を得ようとする方は、正直尊敬できません。
でもどちらにも共通するのって、見てもらって「いいね」をもらって数字を稼いで、結果広告収入を得ることで生活することなんですよね。
だから広告収入出来ないような仕組みにすればメリットが減るから発信する側は減ると思うんですよ。
でもそうなると、今度はプラットフォームを提供する企業が儲からなくなる。
広告を載せることができない企業にも影響が出てしまう。
では、匿名だからと言って好きかって言えるユーザーを規制すべきなのか。
これも個人情報に関わる問題だからなかなか手の付けられない部分。
もうこうなると、ひとりひとりがネットやSNSに対しての付き合い方を改めるしか道はないのかなと。
そうなると、今度はリンクが提唱する「スマホか尊厳か」にぶつかってくる。
正直極論なんですけど、最終的にはそうなってくるのかな?
とにかく、上手に距離を取りながら付き合うしか道はなさそうですね…。
最後に
自分語りが過ぎた感想になってしまいましたが、本作は見る側に問題を投げかけるような終わらせ方にしてるのが非常に上手でしたね。
ああすれば、僕のような人たちがああだこうだ言う構図が生まれる。
ツッコまずにはいられない、意見を言いたくて仕方ないように仕向けてるわけですよ。
だから、もうどんな感想を言おうが結局監督の術中にハマってしまてるわけです。
劇中でもオシャレな楽曲や、絵文字を使ったPOPな演出が際立ってましたが、逆にそれが映画を安っぽく見せてしまってる原因に見え、映画でなく動画を見せられてるような錯覚に陥ってしまいました。
あとはフランキーのお父さんに絡んだ彼女のキャラ設定が活かせてません。
自責の念をずっと抱いたまま生きてきた割には、結局人が死ぬまでその思いを忘れてして舞うほど動画製作に夢中になってしまい、結局振出しに戻ると解釈しましたが、どうも上っ面しか描けてないというか。
もっと彼女の心情を露わにするような脚本でもよかったなぁと。
読み取れはするんですけどね。
しかしアンドリューの怪演は素晴らしかったですね。
今後ヒーローもののヴィランでもイケるかもしれませんw
劇中でローラが出演してましたが、一言くらいセリフあげてやってよ監督w
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆★★★★★5/10