モンキー的映画のススメ

モンキー的映画のススメ

主に新作映画について個人の感想、意見を述べた文才のない男の自己満ブログ

映画「さかなのこ」感想ネタバレあり解説 「好き」を全肯定してくれる最高に優しい作品。

さかなのこ

さかなクン

きっと日本で一番有名なおさかな博士だと思います。

会話の中に「ご」があれば「ギョ」に変換することで、一見全く話が入ってこない時がありますが、やはり知識量はもちろん、魚に対する熱量は誰にも負けてないと思います。

 

自分も幼少期「ウルトラマン博士」になりたいというしょうもない夢を抱いており、母親の教育方針も「一つの事に熱中しなさい」という教えだったこともあって、当時は常に図鑑やソフビ人形を肌身離さず持っていた記憶があります。

 

大人になった今、別の事に熱中してたり現実を目の当たりにしてそれどころじゃない人生を歩んでますが、もしあの時抱いた夢を今も追いかけていたらどんな人生だったでしょうか。

それで飯は食えてないんじゃないかなw

 

今回鑑賞する映画は、そんな一つの事に熱中した変わり者を愛でる作品。

個性的な人物を描かせたら右に出る者はいないであろう沖田修一監督が手掛けますが、非常に相性のいい作品になってると思ってます。

早速鑑賞してまいりました!!

 

 

作品情報

お魚の生態や料理法について豊富な知識を持ち、東京海洋大学名誉博士、さらには客員教授の肩書を持つ「さかなクン」が執筆した自叙伝「さかなクンの一魚一会~まいにち夢中な人生~」を原作に、個性的な人物を可笑しくも魅力たっぷりに描く沖田修一監督の手によって映画化。

 

お魚が大好きな主人公が、沢山の人に囲まれ、色んな事に葛藤しながらも「好き」を貫く姿を、ユーモアを交えてほのぼのと描く。

 

主演には「あまちゃん」でブレイクして以降、歌手や映画監督など多方面でクリエイティヴな活動の幅を広げるのん

好きなことに一直線で周囲の人を幸せにする不思議な魅力を持つ主人公を、性別の垣根を越えて熱演。

彼女にうってつけの配役であることは間違いない。

 

他にも柳楽優弥夏帆といった中堅俳優や、磯村勇斗岡山天音などのフレッシュな面々、井川遥三宅弘城宇野翔平などのベテラン勢、さらにはさかなクン本人まで出演。

誰もが知るさかなクンの、誰も知らないすっギョい人生を豪華な顔ぶれで描く。

 

また主題歌には、コンプレックスを全肯定することをコンセプトに世界規模で楽曲製作を続けている女性4人組バンド「CHAI」が担当。

デュラン・デュランをはじめとした世界的アーティスト達が絶賛する彼女たちの音楽で、普通とは違う人たちを勇気づけていく本作にピッタリの曲で物語に花を添える。

 

さかなクンが伝えたい「そのままで、きっと大丈夫。」な想いを凝縮した、人生賛歌です。

 

 

 

 

あらすじ

 

お魚が大好きな小学生・ミー坊(のん)は、寝ても覚めてもお魚のことばかり。

他の子供と少し違うことを心配する父親(三宅弘城)とは対照的に、信じて応援し続ける母親(井川遥)に背中を押されながらミー坊はのびのびと大きくなった。

 

高校生になり相変わらずお魚に夢中のミー坊は、まるで何かの主人公のようにいつの間にかみんなの中心にいたが、卒業後は、お魚の仕事をしたくてもなかなかうまくいかず悩んでいた…。

 

そんな時もお魚への「好き」を貫き続けるミー坊は、たくさんの出会いと優しさに導かれ、ミー坊だけの道へ飛び込んでゆくーー。(HPより抜粋)

youtu.be

 

 

監督

本作を手掛けるのは、沖田修一。

 

南極料理人」から彼が描いてるのは、普通とはちょっと違う人を全肯定する作品だと思うんですよね。

横道世之介」もそうだし、「モヒカン故郷に帰る」のお父さんもそう、「モリのいる場所」も「おらおらでひとりいぐも」も、個性的で愛くるしいキャラなんですよね。

 

だから今回さかなクンを監督が描くってのは、ものすごくマッチした題材だと思うんですよ。

 

また彼の作品には悪い人はあまり登場せず、みんながみんな主人公の魅力によって幸せな気持ちになっていくのが特徴的。

本作も不良みたいなキャラが登場しますが、きっとミー坊に魅せられて変わっていくだろうし、それを見た僕も思わずニヤけてしまうのでしょう。

楽しみです。

 

キャスト

主人公ミー坊を演じるのは、のん。

 

「じぇじぇじぇ」から「ギョギョギョ」。

NHK朝ドラ「あまちゃん」からずっと見続けていますが、芸名が変わってからは色々な作品やジャンルに挑戦している姿がうかがえます。

 

映画で言えば「私をくいとめて」では、「おひとりさま女子」が脳内で生み出した「A」という存在との掛け合いを「ひとりごと」のようにお芝居しており、すっかり良い女優になられたことへの嬉しさと引き換えに、ただただ無邪気な笑顔ではしゃぐ「能年玲奈」のままでもいいのになぁと、勝手ながら感じてしまったのです。

 

なので本作は、そういった過去の彼女と今の彼女が存分に楽しめるのかなぁと期待しておりますし、今回男の子を演じるという点でも楽しみにしております。

 

 

 

 

 

他のキャストはこんな感じ。

幼馴染のヒヨ役に、「HOKUSAI」、Netflix映画「浅草キッド」の柳楽優弥。

モモコ役に、「喜劇 愛妻物語」、「Red」の夏帆。

総長役に、「異動辞令は音楽隊!」、「ビリーバーズ」の磯村勇斗。

籾山役に、「キングダム2」、「沈黙のパレード」の岡山天音。

ミー坊の父ジロウ役に、「中学生円山」、「孤狼の血 LEVEL2」の三宅弘城。

ミー坊の母ミチコ役に、「トウキョウソナタ」、「東京公園」の井川遥などが出演します。

 

 

 

 

 

 

 

周りの視線なんて気にすることない、君は君のままでいい、そんなことを教えてくれそうな「多様性」を秘めたお話になりそう。

ここから観賞後の感想です!!

 

感想

「好き」を貫くことに躊躇している人にエールを送る人生賛歌。

監督の演出もユーモアセンスもお話の構成もすごく好みで巧い!

何よりも全俺が泣いた、泣きまくった・・・。

以下、ネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

 

「好き」でいていいし、「普通」なんて気にしなくていい。

おさかな博士になることを夢見て成長していくミー坊の姿を、4つのターニングポイントにフォーカスをあてて紡いでく物語は、監督の演出センスはもちろん、能年玲奈の表情をしながらも今できる芝居を存分に発揮した「のん」との相乗効果にあっぱれ、そして母親からの愛情をたっぷり受けた主人公が「好き」まっしぐらに突っ走る姿や現実という壁にぶち当たる悔しさ、そして周囲の人を巻き込みながらも「好きに勝ることはない」という人生において大事な格言を体現し、今人生を悩んでる全ての人の背中を後押ししてくれる素晴らしい映画でございました。

 

はい、感想の冒頭から明言しますが、最高に素晴らしい映画でした。

こういう映画がもっと作られてほしいとさえ思いました。

 

やっぱり監督が作る映画は、おかゆくらい「優しい」。

俺は優しさに飢えてるのか?それとも優しい世界に飢えてるのか?

よく分からないが俺の心の琴線にガンガン引っかかってひたすら泣いてましたw

…一体何が素晴らしかったのかは一旦置いといて。

 

趣味を極めていけば仕事になり、それだけ食っていけることも可能な時代になりました。

僕がやっているブログでもそうだし、何よりYouTubeでも自分が持ってる「好き」を発信するだけでビジネスになる。

いやらしい話になりがちですが、実際子供の頃夢中になったことがいくつかあったはずなのに、それを貫くことよりも社会に出ても恥ずかしくないように一生懸命勉強していい大学に行っていい会社に入ることを優先してしまい、「普通」でいることの方が大事だと思い、結果あの頃夢中になっていたことは遠い昔みたいに暮らしてしまってるわけです。

 

決してそれが悪いことだとは思いませんし、自分で決めた道だし、周りの目も気にしてしまうことも理由なのかなと。

でも、一番近くにいるお父さんやお母さんが「あなたはそのままでいいのよ」といい続け、自分の苦手なことでも関心を持ってくれてるような態度で優しく微笑んでくれたら、自分の将来はどうだったろうかと。

 

…こういってしまうと親批判みたいに聞こえてしまうかもしれませんが、要は誰でもいいんですよ、誰かが自分のやってることを全肯定してくれたらどれだけ心強かったろうと。

…こういってしまうと今度は、いやいやそれお前の「好き」を貫けなかっただけで他人のせいにしてるだけじゃんと。

もちろん仰る通りなんですが、要は「好き」を貫いても誰もが「いいね!」と言ってくれる世界だったらみんなどれだけ素晴らしい人生を送れるだろうなと本作を見て思ったんですよ。

 

で、この映画はそんな「好き」を貫いた人が、いつしか中心的な存在になって相手の価値観を変化させ人生をも変化させてくれるお話なんです。

再会した旧友たちは、未だ人生をくすぶっている主人公に、何か自分が役に立てないかと協力してくるわけです。

 

知らず知らずにまいた種が実は周りの人も変えるほどの力を持っていて、周りの人の支えによって大きく実を結び報われていく姿がとにかく最高なのです。

 

しかもその「好き」が次の世代にも影響を及ぼしていく。

「好きに勝るものはない」と締めくくる本作は、今人生に迷ってる全ての人に「それでいいんだよ」と優しく背中を押してくれるのです。

きっと荒波が押し寄せてくることでしょう、でも「好き」という力はそんなものにも負けません。

途中寄り道もしたくなるかもしれません、でもあなたがまき散らした「好き」はちゃんと回収されて大輪の花を咲かせることでしょう。

 

残念ながら自分は「えいがのこ」になれませんでしたが(ほんのちょっとあきらめてはないんですけどw)、本作はそんな「なれなかった人」にも優しい愛情を注いでくれる効果を、あるキャラクターを使うことでもたらしています。

 

映画的にも最高なんです

テーマ性や話の構成に焦点を絞ると、監督の過去作である「横道世之介」と凄く似ている点が多いんですよね。

あの映画は、横道世之介という一風変わった男と出会った周囲の人たちが、彼のおかげで今を生きていることに感謝をささげるような物語だったんですが、彼はとある事故によって命を失ってしまうシーンがあり、劇中では自分に多大な影響を与えた彼が、この世界にもういないことの大きさを悲哀を込めて描くんですよね。

 

無論僕の中ではオールタイムベスト級に好きな作品なんですが、もしかしたら本作はそれを越えてる気がしてますw

 

一番の理由は世之介のようにいなくなってしまった存在でないこと。

今も尚「好き」を貫いてたくさんの人に多大な影響を与えてることを明確にして終わってる事です。

単純に「悲哀」な部分がないんですよ。

 

あとはやっぱりユーモアセンスですかね。

前半はとにかく笑わせてくれるエピソードが盛りだくさんでした。

 

まずタコに魅せられたミー坊は、晩飯にタコ料理をリクエストしてるんですね。

お母さんはタコのお刺身を振る舞うんですが、手に着いた臭いが気になる様子(これが後の伏線になってるんでんすけど)。

そして晩御飯の時間、食卓を見てみると、タコのお刺身だけじゃないことが分かります。

タコの炊き込みご飯にタコの味噌汁、さらにはタコ焼きまで並んでるw

もちろん見てるこっちは献立の違和感にぶつかり、その答えをすぐ提示してくれるんですね。

何とミー坊はタコ料理を極めるために、家族をも巻き込んでたことが判明。

冷蔵庫に張ってあるメモ帳に様々なタコ料理が書かれており、食べたものには横線を引いて消すシーンが挿入されています。

 

ここでは誰もが「タコばかりは嫌だ」という顔をせずに、ミー坊の「好き」に付き合ってる姿が微笑ましいですし、明らかに「普通の晩飯」ではないことが「おかしい」と思わせてくれるシーンでした。

 

ミー坊のタコに対する欲求はまだ消えず、海水浴で大きなタコを捕まえるというエピソードへ。

ここでは沖田監督お得意の長回しを披露。

ミー坊の小さな体にへばりついたタコをお母さんに見せようと波打ち際を歩くシーンを、そのまま長回しで撮ってるんでんすが、監督はこういう時必ず背後にエキストラを入れて撮るんですね。

 

最近の日本映画の場合、対象を寄りで収め、お母さんのところへたどり着くまでの導線を削って見せることが多いんです。

ぶっちゃけミー坊が大きなタコを捕まえた画さえ見せれば見てるこちら側は「え~!」とリアクションが取れるんですが、さらにそのリアクションをエキストラにさせることで、より「おかしさ」を強調させてるんですよね。

実際海水浴をしてる際に、子供がデカいタコを抱えて歩いてたら俺も二度見したりしますから、あのシーンはすごく自然でありながら監督の意図も理解できるシーンでしたね。

 

捕まえたタコは、この後お父さんの「しめる」行為によって爆笑な場面に。

首をひねってコンクリートにバンバン足を叩きつけるんですね。

この寸前までミー坊はお母さんに「タコ飼っていい?」と相談していた矢先の出来事で、中々の残酷なシーンでしたが笑わずにはいられないシーンでしたw

この後火を焚いて串焼きにして食べるシーンが挿入されてるんですが、監督がちゃっかり出演してましたw

 

 

こんな感じで笑えるポイントがいくつも散らばってるんですね。

 

高校生になったエピソードでは、さかなには詳しいがお勉強がイマイチなミー坊は「クローズ」ばりに荒れ狂った不良の巣窟みたいな学校に入学。

板に張り付けた魚を机の中にしまって並べてほくそ笑んでる中々の変態ぶりを見せていたのが超ツボだったんですが、さらにツボだったのはこんなミー坊が不良グループと普通に接し、さらには抗争までも収めてしまうほどの存在になっていること。

 

おじいちゃんが漁師という家柄である設定の総長のため、さかなに詳しいミー坊にどこか羨望のまなざしを送ってるんですよね。

不良に脅えるどころか屈しない態度のミー坊を認め、何か自分にできることはないかとカブトガニの飼育をお願いすることでさらに関係を深めていく両者。

 

沖で釣れた魚をさばいてお刺身を振る舞うシーンでは、手下が持ってるバタフライナイフを包丁代わりに捌くんですが、あまりの唐突な行動に「おいおいお前何やってんだよ!魚から血が出てるじゃねえか!殺すなよひでえな!」と総長。

それに対しミー坊は、「違うよ、しめてるんだよ、総長だってしめるだろ?」と。

「しめるけど、そういうしめかたじゃねえよ」と返すんですが、このやりとりに絶妙な間で返す総長が非常に面白いんですよね。

 

この後対立する学校の不良グループが登場し、なぜかHigh&Low The Movieよろしく抗争が勃発。

ハイローのような荒々しく激しいバトルなんてございません。

片方が逃げ片方が追いかけると、助っ人が現れることで形勢逆転。

この繰り返しを上から撮影することで、どこかのどかでほのぼのとする抗争になってるんですよね。

 

 

後半は僕の中では涙なしでは見せないシーンの連発。

先の抗争で再会した幼馴染のヒヨは、ミー坊と出会ったことを境に不良をやめいい大学に入ることを決意。

睡魔を殺すために左手にコンパスを指してまで勉強に熱を入れるシーンは爆笑でしたが、それをもあって見事学内で5位に入る結果を残すまでに。

 

そんなヒヨが、高級レストランにミー坊を招待し彼女を紹介するんですね。

お母さんに作ってもらった魚の刺繍が入ったセーターを着てやってきたミー坊は、ふつう場違いえではありますが、ミー坊をよく知ってるヒヨは少しばかり茶化すも周囲の目など気にしない様子。

TVのタレントをしている彼女がミー坊に「お仕事は何をしてるの?」と聞くと、「ペットショップをしながら、おさかな博士になることを目指してる」と話し始めます。

 

すると彼女は笑いが止まらなくなるんですね。

良い大人が何がおさかな博士よ、と。

ここでヒヨは空気を読んで一度は彼女の反応に便乗はするんですが、表情はすごく固いんです。

すると場面は変わり、彼女は怒って帰ってしまうんですね。

 

このシーンが僕にとって凄く素晴らしいシーンだと思ったんです。

普通、なぜ彼女が怒って帰ってしまったのかを説明するために一部始終を見せると思うんです。

ですが、敢えてそこをカットしてヒヨとミー坊の時間に充ててるんですよ。

これは「監督が観客を信用してる」証拠だと思うんです。

別に「なぜ彼女が怒って帰ってしまったのかを見せなくても、ヒヨの気持ちがわかるはずだ」という我々に対しての信頼があそこにはあるんですよ。

 

要はヒヨは努力して掴んだ裕福な暮らしと素敵な彼女よりも、普通の暮らしなどよりも自分の好きを優先して生きているミー坊の方がよっぽどすごいし友人として誇らしいと思ってるわけです。

そんな友人を小バカにしてる彼女に腹が立ったわけです。

きっとミー坊のいないところで「お前俺の友達をバカにするなよ」と苦言を呈したはずです。

彼女が怒ったのも「自分よりもあんな変な友達を優先するわけ?大体非常識でしょ、こういう場所にあんな格好で来るなんて」みたいな反論をしたはずです。

 

ここをカットして見せた監督の潔さと、何よりも自分に大きな影響を与えた友人を大人になった今でも大切にし、さらには不良上りということもあって男気を見せたヒヨの信条に涙してしまいました。

 

 

こういう潔いカットはこの後登場する桃子とのエピソードにも使われてるんですよね。

金づると同居生活をし子供まで作った桃子は、相手との生活がうまくいかず追い出され、子供と一緒にミー坊の家に転がり込んできます。

ミー坊は隣の床屋を経営する主人と奥さんの姿を見て、大事なおさかなを職場のペットショップに売りに行き、そのお金で桃子の子供のためにクレヨンを買って帰るんですが、そこに桃子たちの姿はありません。

 

このシーンも秀逸で、桃子がどういう心境でミー坊の家を出ていったかなど描いてません。

桃子が起きたら水槽とお魚が無くなってるシーンだけで、桃子が今どういう心境かを見せてるんですよね。

きっとミー坊は自分の「好き」を捨てて、共に暮らすことを優先しようとしている、そんなことをしてはせっかくここまで「好き」を第一に生きてきたミー坊に申し訳が立たないと感じたはずです。

 

それこそ隣の床屋の夫婦のシーンも特にこれといった台詞はありませんが、そこにカメラを向けている、しかもミー坊がその姿をおみて佇んでるだけで十分伝わるし、桃子の心情も全部見せずとも伝わるんですよね。

ホント今の日本映画にはこういう潔さが足りません。

もう少し観客を信じて映画を作ってほしいです。

我々にはちゃんと読み取る力がありますから。

 

 

最後に

解説のつもりが段々説教みたいな流れになってしまいましたw

すいませんw

 

とにかく本作は「おかあさん」の教えがミー坊を作ったと言っても過言ではありません。

まさか「家族全員おさかなが苦手」だったなんて意外過ぎましたし、これを知ることで、サンマを頭から食べてみるとか、タコ三昧な夕食の光景に、そんな裏があったこと、さらにはそういう教育方針に対し、家族がバラバラになってしまってる裏側まで読み取れるわけで、お母さん凄すぎるだろ!と。

 

いやぁ~もう最高に素晴らしい映画でした。

冒頭で「男とか女とか、どっちでもいい」って表示をするんですけど、のんちゃんのお芝居が凄く中世的で、物語に没入していくと、ホントに性別を意識しなくなるような見せ方になってるんですよね。

キャラの性格的には「あまちゃん」ぽさがあって、そこが能年玲奈でもあったし、あの時のような初々しさを見せながらも、中堅女優としての風格もしっかり見せていた、部妙なニュアンスの表情を拝めただけでも最高です。

 

また、僕自身「好き」を貫けず夢半ばで挫折した経験のある身でして、そういう人にも優しい眼差しで描かれてたのが凄くよかったです。

それをさかなクンが演じた「ギョギョおじさん」を通じて描いてて、みんながみんなミー坊のようになれるわけじゃないけど、あなたが与えた影響はきっと誰かが受けているはずだよって教えてくれた気がして。

 

周囲のキャラにもしっかり見せ場を作ってるのも映画的だし、そんな彼らがミー坊に影響を受けて育ってる姿をしっかり見せ、ミー坊のために一肌脱ぐって流れがもう最高なんです!

 

自分の「好き」を信じて見ていいと思います。

もちろんその代償がやがて訪れるかもしれないけど、きっと「好き」が勝つと信じて見てください。

それで挫折しても何かの役には、誰かの役にはたってるはずです。

 

まだまだ語りたい部分があるんですが、だいぶ長くなってしまったのでこの辺で。

満足度見てくれたら、それがわかるんじゃないですかね。

というわけで以上!あざっしたっ!!

満足度☆☆☆☆☆☆☆☆☆★9/10