モンキー的映画のススメ

モンキー的映画のススメ

主に新作映画について個人の感想、意見を述べた文才のない男の自己満ブログ

映画「正欲」感想ネタバレあり解説 正常な欲の人なんて、一人もいないんですよ。

正欲

人間の三大欲求は「食欲・性欲・睡眠欲」だそうですが、分類化なり細分化していけば

様々な「欲」が出てくると思います。

 

心理学者のヘンリー・マレー氏によれば、体が求める欲求と、心が求める欲求と分類化され、さらにそこから分類した39種類になるんだそう。

普段「○○したい」と声を漏らしたり嘆いたりすることはありますが、いざリスト化していくと、これだけあるんですね。

 

今回観賞する映画は、このリストに倣って当てはめると「心が求める欲求」の中の、「承認欲求」や「親和欲求」に当てはまるのではないかと思われる映画。

 

正しさを欲する、と解釈すればいいのでしょうか。

百人百様の正しさがあり、それを押し付けたり押し付けられたりすることが面倒だなと思う昨今ですが、それでも自分の「正しさ」を求めるのには、何か理由があるのでしょうか。

 

本作は、様々な問題を抱えるキャラクターによって織りなす物語だそうですが、どんな内容化想像がつきません。

ショッキングな物語なのでしょうか。

正直考えても始まらないので、早速観賞してまいりました!!

 

 

作品情報

桐島、部活やめるってよ」や「何者」など、読者の価値観を激しく揺さぶる内容で支持を得ている朝井リョウが原作の小説。

第34回柴田錬三郎賞を受賞、発売部数はすでに40万部(2023年9月現在)を突破、「これまでの価値観を覆す読書体験」として大いなるうねりを生み出している。

 

そんな彼のベストセラーを、「あゝ荒野」で国内の賞レースを席巻した監督の手によって映画化。

 

息子が不登校になった検察官、ある秘密を抱えた販売員、心を閉ざして生活する大学生など、一見無関係な人々の人生が、ある事件をきっかけに交差し始めていく姿を描く。

 

前科者」で希望と再生の物語を感動的に描き、「あゝ荒野」ではボクシングに生きる2人の男の友情を美しく描くなど、ドラマメイクに定評のある岸善幸

過去作でタッグを組んだ脚本家と共に、壮大な原作の世界を見事に映像に収めた。

 

キャストには、「十三人の刺客」で名脇役の印象を世に与えたことで新たな俳優像を開拓した稲垣吾郎をはじめ、「劇場版コード・ブルー」や「GHOSTBOOK おばけずかん」の新垣結衣、「さかなのこ」、「波紋」、「」と話題作に引っ張りだこの磯村隼斗などが出演。

それぞれが物語のキャラに寄り添い、繊細に演じる。

 

また、卓越した音楽センスで魅了するVaundyが初の映画主題歌を担当。

「生きるということは息を吸うということ。少しでも長く君と同じ空気を吸っていたい」というシンプルな思いをメロディに乗せ、キャラクターの背中後押ししていく。

 

同じ地平で描かれる、背景の異なる5人を映し出す本作。

生き延びるために必要なこととは何か。

もう観る前の自分に戻れない」と突き付けるこの映画を、しっかり受けとめよう。

 

 

 

 

あらすじ

 

横浜に暮らす検事の寺井啓喜(稲垣吾郎)は、息子が不登校になり、教育方針を巡って妻と度々衝突している。

 

広島のショッピングモールで販売員として働く桐生夏月(新垣結衣)は、実家暮らしで代わり映えのしない日々を繰り返している。

 

ある日、中学のときに転校していった佐々木佳道(磯村隼斗)が地元に戻ってきたことを知る。

 

ダンスサークルに所属し、準ミスターに選ばれるほどの容姿を持つ諸橋大也(佐藤寛太)。

学園祭でダイバーシティをテーマにしたイベントで、大也が所属するダンスサークルの出演を計画した神戸八重子(東野絢香)はそんな大也を気にしていた。

 

一見何の接点もないように見えるそれぞれの人生が、ある事件をきっかけに重なり始める。(HPより抜粋)

youtu.be

 

 

 

感想

正しい欲は、片っ方からみれば「正しくない欲」。

だからといって、それを排除して良いモノなのか。

多様性という言葉を、今一度考え直すいい機会を与える映画。

以下、ネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

 

人に言えない性的興奮で苦しむ人たち

多様性が叫ばれる昨今。

日本は遅れてるなんて揶揄されてますが、何を持って「遅れている」のか、僕自身正直よくわかってません、

法律の事を言ってるのか、組閣や組織といった場所、コミュニティや社会全体の事を言ってるのか。

そして遅れてると言ってるのは、果たしてマイノリティの人たちなのか。

進んでいたらそれは良いことなのか。進んでいなかったらダメなの事なのか。

 

・・・まぁダメなんでしょう。

ただダメだからいけないと誰かが指摘するのではなく、自然と「遅れてない」という空気を作ること、誰もが理解したり一旦受け止めたり、少数派の人たちが「息苦しい」と思わなくていいような気持ちを持つことが大切なのではないか。

本作から感じたことは、そんな一人一人に「改心」を与えるような作品だったのではないでしょうか。

 

ここに登場する少数派にあたる人物は、「死にたい気持ち」を抱えたまま生きていたのだそう。

常に生気を感じないような表情で生活し、誰かと関わりたくない気持ちがありながらも、誰かと関わって過ごさなくてはならない。

自分が抱える「欲」を明かすものならば、白い目で見られ後ろ指で刺されることは明白。

そんな「誰にも言えない気持ち」を抱きながら、社会という大きな世界で「死にたい気持ち」を抱えながら生きている。

 

誰にも理解してもらえない気持ちを抱えながら生きるって、こんなにも辛いことなのかと、彼らを通じて感じる。

本作はそうした彼らの思いをしっかりと見せつけていくものでした。

 

 

冒頭から衝撃ですよ。

普段我々が何の気なしに閲覧する『情報」。

佐々木曰く「情報を見る理由は、明日も生きたいからだ」と。

 

確かにそうだ。

服や靴を買いたい、今起きているニュースを知りたい、どこどこの新メニューが発売されるから評価が知りたい。

それらは全て「生きたい」が故に今「知りたい」ことなのだと。

 

だから死にたい気持ちを持つ人間は、そんなもの見ても意味がないのだという。

そうなんだよ、死のうと思ってる奴がそんなの見ても死ぬだけなんだから要らないことなんだよな。

 

佐々木が求めているのは、情報ではなく、多数派で溢れているこの社会の中に、自分の欲を「共有」できる人物。

今でこそSNSを始め、様々な媒体で「仲間」を見つけるのは容易な事で、そういう少数派が様々な形で発信できる環境だからこそ、色々な人がいるんだということを知れる時代だけども、実際佐々木が抱えている「欲」を持っている人って、いるのだろうかってのが、本作の核になっているんですね。

 

一体どういう「欲」かといいますと、「水」だそう。

水…いや普通じゃないかと思うでしょうが、これが相当レアというかフェチすぎるというか。

佐々木の場合、水が捻じ曲げられたり飛沫をあげたりする姿を見て、「性的興奮」をするというもの。

 

自分もいやらしい話、ここで書いたらドン引きされるんじゃないかっていうフェティシズムを持ってるんですが、さすがに「水」で性的興奮はしないな…と。

 

そうか、これが佐々木にとっての「正常な欲」で、世間にとっての「異常な欲」なんだなと。

中々人に言える話ではないですよ。

 

彼と高校の同級生だった夏月もまた、同じような性癖を持っていて、地元で冴えない日常を送りながら、息苦しい気持ちを隠して生きていたわけです。

そんな彼女に、途中で転校してしまった佐々木が現れたことで、彼女の中でずっと抱えていたモヤモヤが少しずつ晴れていくわけです。

 

というのも、二人は高校時代、工事で壊されることになる後者の水飲み場で、性を満たしていたのです。

2人にとって最高の瞬間だったことでしょう。

誰にも言えなかった悩みを共有できたこと、それを共に味わえたこと。

 

それから約20年誰にも言えなかったわけですから、夏月にとってこの再会は奇跡といっても過言ではありません。

 

しかしどうしてか、佐々木は普通に社会に溶け込んでいるではないか。

同級生の結婚式で再会したクラスメートの女性と回転すしデートしてるではないか。

夏月の中で充満した「喜び」は、やがて怒りへと変わり、佐々木の実家のガラスを割ったり、職場で話しかけてくる妊娠中の同僚にも八つ当たりをしていく。

 

やがて大晦日、見たくもないTV番組を見せられることでストレスは爆発。

とうとう自殺することを決心していくのであります。

 

偶然佐々木と再会し、この社会で生き抜くために「結婚」という契約を結んだ二人は、誰にも言えない性的興奮を共有しながら過ごす姿を描きます。

 

彼らと時を同じくして、大学のダンスサークルに所属する諸橋もまた、同じ性的興奮を持っていることで、コミュニティを拒絶する姿を描いたり、そんな彼にシンパシーを感じながらも、男性に対して不快感やトラウマを抱えておきながらも異性愛者であるジレンマに悩まされる女子大生・神戸との関わりを映し出していくのが、本作のメインとなっていきます。

 

多数派代表・稲垣吾郎

そうした、マイノリティ側となる人たちが交差していくエピソードと同時に、本作はそうした「あり得ない」やつらや、「普通」じゃない奴らを冷ややかな目で見る人の姿も同時に描いていきます。

 

それが稲垣吾郎演じる検事、寺井です。

彼の子供は、学校に行かなくても学ぶことはできると推奨する同学年のYouTuberに共感を得て、彼女のようになりたいと寺井に相談します。

しかし、寺井はそんな「普通」の事が出来ないでいる息子に一喝。

 

「そうやって逃げ道を作ると、ずっと逃げていくだけだ」

息子の気持ちを全く理解せず、自分の意見だけを押し付ける父親の姿を見て、母親はNPO団体が運営する不登校児を集めたこんひゅにてぃスクールに行かせる決心をします。

 

そこで仲良くなったアキラ君と共にYouTubeチャンネルを作ったことで、息子はそれまで塞ぎ込んでいた表情から解放されていくのであります。

 

それでも納得しない寺井。

徐々に彼の本心が浮き彫りになっていきながら、物語は、佐々木や夏月らと対峙するクライマックスへと向かっていくのであります。

 

 

世の中にいる多数の人らが、きっと寺井のような考えを持つ人だと思います。

こうであるべきだと押し付け、それができなければシステムのバグと一緒。

そう決めつけて社会の中で平然と普通を突きつける愚か者。

 

こんな人がいるからいつまでたっても日本は遅れているのではないかと勘ぐってしまうほど。

 

とはいいつつも、自分にもこうした側面があることは自覚しており、日々の他者との会話の中でごく自然に「普通○○だろ」と押し付けてしまっている。

その一方で、多数派とされる彼らもまた、全てが多数派になるわけではなく、普通の考えじゃない考えを持ってることがあると思うんです。

 

そうなった時の疎外感といったらまぁ苦しかったりするんですよね。

個人的なことで言えば、散々飲んでいた酒を「飲まない」と決めたことで、飲み仲間から冷たい目で見られてしまい、それが辛くて距離を取りました。

本作のキャラと同等にすることがおかしな話ですが、あくまで例えとしてこういう局面になり息苦しくなることだってある、そういう経験を持っているからこそ、佐々木や夏月の気持ちを全く分からないわけでではないと言いたいわけです。

 

 

今やだれとでも繋がれることが可能な社会において、マジョリティだろうがマイノリティだろうが、抱えている悩みを共有できる同士や仲間と繋がれることは、明日への生きる糧になる要素があること、それによって救われるんだということを示したのが本作なのだろうと思います。

 

まだ多様性には乏しさを感じる地方に住む人たち、そんな中で「見たいモノを見る」と断言してTVを独占する母親の姿などから、まだまだ「観たい世界しか見ない」ことしかできない人であふれてる姿を映す一方で、あの人を意識したであろう小学生YouTuber、佐々木や夏月、諸橋ら少数派の欲を抱える者たち、そして犯罪と分かっておきながらそれを抑えきれないでいる人たち、それを断罪する法の側の人間など、寛容できることとデキないことの区別もまた難しい世の中である側面も映した作品だったと思います。

 

 

最後に

とはいうものの、どこか記号的に感じるキャラクター像。

水フェチだからまだ許容できる物語でしたが、これがガッツリ犯罪じみたものだった場合どうするのかという逃げも見えた本作。

終盤では性犯罪をする人間を出すことで、帳尻合わせをしてるようにも思えましたが、その辺りをもっと天秤にかけるような見せ方でもよかったのではないかと思います。

 

また群像劇としては少々バランスが歪にも感じたのが勿体ない所。

特に神戸のパートは、諸橋を通じての吐露というところで殻を破ったように見えてますが、決して彼女を理解した人が現れたわけではなく、本作では彼女だけが確実に救われてません。

その辺も回収すればもう少し「正欲」という言葉が強まった気がするのになぁと、見終えて思いました。

 

多分ですが、一番彼女が生き辛いんじゃなかろうか・・・。

 

他にも夏月と寺井が街の中で遭遇するシーンのやり取りが不自然だなと。

怪我をしたところを助けたって流れの中で、どうして見ず知らずの人にのろけられるのか、どうして初対面の人に「妻と息子が出ていった」というやりとりにつながるのか。

その後に繋がるから仕方ないですが、あまりにも不自然でしたね。

 

 

また、お芝居に関してですが、ガッキーがまぁ驚きでした。

水フェチゆえに「性交」の仕方を知らないから、佐々木君教えてというわけです。

それまで清純なイメージを持っていたガッキーが「これがM字開脚というやつか」とか「その体勢で腰を振ってみて」とか言うわけですよ。

実際に濡れ場があるわけではないですが、これらをごくナチュラルにセリフを言いながら、なんてことなく演じるわけです。

衝撃ですw

妙な性的興奮を覚えましたとさ…w

 

吾郎ちゃんに関しては、少々喋りも動きもお堅い感じでしたけど、しっかり圧のある表情とセリフの言い回しによって、検事であることや「普通」が大事だと語る父親を熱演してましたね。

 

個人的にはクライマックスでの寺井との質疑応答のシーンでのガッキーが素晴らしかったですね。

拘留中の佐々木にどんな内容の伝言をしたかったのかを尋ねられた時のガッキーの目!

それまで塞ぎ込んでいた表情から一変。一気に希望の眼差しを浮かべるガッキーの表情ですよ。

一瞬で切り替えられるその演技を見て、あ、ガッキーってちゃんと女優だわと思った瞬間でした。

 

というわけで以上!あざっしたっ!!

満足度☆☆☆☆☆☆★★★★6/10