ある男
愛した人は別人だった。
今回鑑賞する映画は、亡くした夫が素性を偽り過ごしていたことから、彼の正体を探っていくヒューマンミステリー。
他の誰かと入れ替わった人物を扱った映画は、「ガタカ」や「独裁者」、「太陽がいっぱい」など多数存在しますが、別人だった対象を探っていく作品ていわゆるミステリーだったりどんでん返し系の作品になりがち。
恐らく本作はその出自を辿っていくことで、ある男への思いに涙するというヒューマン要素を盛り込んだ作品になるのではと予想しています。
雰囲気としては是枝監督の作品のような是非の問いを提示してきそうですし、東野圭吾的なカタルシスがあるのかもしれません。
相変わらず原作未読で臨みますが、早速観賞してまいりました!
作品情報
「マチネの終わりに」や「日蝕」などを著書に持つ芥川賞作家・平野敬一郎が読売文学賞を受賞した同名小説を、「愚行録」や「蜜蜂と遠雷」で海外から高い評価と今後の期待を寄せられている監督の手によって実写映画化。
愛したはずの相手が別人だったことから、彼の正体を探るべく動き出した周囲の人物たちの姿から、人の存在や過去と愛の意味を紐解いていく。
主演には「愚行録」で主演を演じた妻夫木聡が、本作ではある男の正体を探る弁護士を演じる。
他にも亡き夫の妻役に「万引き家族」の安藤サクラ、別人として生きていた夫役に「マイブロークンマリコ」の窪田正孝、「キングダム2」の清野菜名、仲野太賀、真木よう子、小藪千豊など豪華布陣で物語を描く。
一体、愛に過去は必要なのだろうかという問いかけから、今を生きる全ての人々に優しい光を照らす感動のドラマです。
あらすじ
弁護士の城戸(妻夫木聡)は、依頼者の里枝(安藤サクラ)から亡くなった夫「大祐」(窪田正孝)の身元調査という奇妙な相談を受ける。
里枝は離婚を経て、子供を連れて故郷へ戻り、やがて出会う大祐と再婚。
新たに生まれた子供と4人で幸せな家庭を築いていたが、ある日彼が不慮の事故で命を落としてしまう。
哀しみに暮れる中、長年疎遠になっていた大祐の兄。恭一(眞島秀和)が法要に訪れ、遺影を見ると「これ、大祐じゃないです」と衝撃の事実を告げる。
愛したはずの夫は、名前も分からない全くの別人だったのだ・・・。
「大祐」として生きた男は、一体誰だったのか。
「ある男」の正体を追い、”真実”に近づくにつれていつしか城戸の心に別人として生きた男への複雑な思いが生まれていく—。(HPより抜粋)
監督
本作を手がけるのは、石川慶。
「愚行録」では幸せを絵に描いたような家族に起きた悲劇から、人間の羨望からくる嫉妬や駆け引きといった「愚行」の数々を、灰色を基調とした無機質な質感で卑しく描いたと思えば、「蜜蜂と遠雷」や「Arc/アーク」では鮮やかな色彩で音楽と芸術を演出し、青春映画とSF映画を作り上げた、非常に引き出しの多いお方。
今回はミステリーといえども、ある男の出自を追いかけていく中で複雑な思いと共に感動をもたらしていくような物語だそうで、監督自身も「人の過去を含めてすべて愛せるか」というテーマに着地していくことで、深い余韻と考えさせられる内容にしたそうです。
また「天国と地獄」や「砂の器」などの名作を引き合いに、社会問題とエンタテインメントの両方を兼ね備えた作品作りを、この原作なら映画化できると踏んで製作に入ったそうで、死生観と今起きている問題を描いた前作「Arc/アーク」のさらに先を目指したのかもしれません。
ミステリーの部分も楽しみですが、本作のテーマもしっかり受け止めていきたいと思います。
登場人物紹介
- 城戸章良(妻夫木聡)・・・弁護士。かつての依頼者である里枝より亡くなった夫の身元調査という奇妙な相談を受け、「ある男」の正体について調べる。
- 谷口里枝(安藤サクラ)・・・一度の離婚を経て、大祐と出会い再婚。幸せな家庭を築いていたが、不慮の事故により大祐を亡くす。大祐の死後、大祐が別人として生きていたことを知る。
- 「谷口大祐」(ある男X)(窪田正孝)・・・別人である「谷口大祐」を名乗り生きていたが、事故により命を落とす。なぜ別人として生きていたのか。その理由は謎に包まれている。
- 谷口恭一(眞島秀和)・・・弟の法要に訪れたが、別人であることを知り里枝に告げる。本物の大祐とは絶縁状態。
- 谷口大祐(仲野太賀)・・・本物の「谷口大祐」。なぜある男Xに戸籍を売ったのか謎に包まれている。兄とは絶縁状態。
- 後藤美涼(清野菜名)・・・・本物の「谷口大祐」の元恋人。素性を知る数少ない人物。
- 城戸香織(真木よう子)・・・城戸の妻。
- 中北(小藪千豊)・・・城戸の同僚。
- 伊東(きたろう)・・・「ある男X」が務めていた林産会社の社長。
- 小見浦憲男(柄本明)・・・過去のある事件について城戸が話を聞く相手。
(以上HPより)
ある男は、何故他人の戸籍を手に入れてまで過ごそうとしたのか。
根底にあるであろう社会問題を突き付けながら、人間の優しさの可能性を秘めた作品になってそうですが果たして。
ここから観賞後の感想です!!
感想
#ある男 観賞。
— モンキー🐵@「モンキー的映画のススメ」の人 (@monkey1119) 2022年11月18日
全くの別人だった男の人探しを依頼された妻夫木聡演じる弁護士を通じて、人生や過去、血筋など背負わされたものを考える。
いい意味でいやらしい石川慶の演出が際立ってました。
最初と最後でうまくまとめたね。
てか、そこ隠して宣伝しないといけないのか…ってなった。 pic.twitter.com/ICfvTqwwtk
親によって育ってしまった大きな木を、切ってしまえたらどれだけラクだろう俺の人生、そんな映画。
過去なんて関係なくて、その人と生きた時間こそ「事実」だってのをもっと強く主張してほしかったなぁ。
以下、ネタバレします。
なぜ彼は別人として生きたのか。
愛する夫を亡くしたことで発覚した「別人」という事実から、人探しをしていくことで人生を見直そうと決心していく弁護士の姿を、石川慶ならではのスローテンポといやらしい締め方でミステリアスに描くと共に、戸籍制度、在日問題、ヘイトスピーチ、死刑囚など、見てみぬ振りできない社会問題を巧く埋め込んだ社会派の一面も見せたヒューマンミステリーでございました。
別人として生きたいという背景には、今のままでは生きる事すらも辛いという現状から湧き上がる思いかと思います。
過去に犯した罪ややらかしを消せず不当に扱われることで辛いと。
でもその場合自分自身がやらかしてしまったことなのだから、一生償っていかなければならないので、何言ってんのとなります。
しかし親によって植え付けられてしまったモノに関しては別なのではないかとというのが本作の言いたい事なんじゃないだろうかと。
本作では死刑囚となった親によって常に脳裏に付きまとい息苦しい日々を送っている者、親が築き上げた遺産から解放されたくて自分の戸籍を手放したい者、そして親が在日であることから周囲から冷たい視線や価値観を押し付けられている者が、人生を変える術=戸籍交換をすることで新たな人生を築こうとする人たちのアイデンティティをめぐる物語でした。
無論僕は今の名前に満足してるし、親が何かやらかしたわけでもないので、彼らの苦悩とやらに中々同情だとか共感はできないんですが、彼らの立場になってみたらそりゃ辛い人生だよなぁと。
特に死刑囚の息子ってだけで後ろ指射されて、ただただボクシングやってみたら才能が開花しただけの話なのに、強い理由が「流石死刑囚の息子」って言われたらくじけるって。
また何が辛いって親父にそっくりな顔っていうね。
ぶっちゃけ整形すればいいのにとは思いましたけど、顔を変えたくて自分をいじめるっていう理由でボクシング始めたってのは近いものがあるのかなと。
要するに、人生って厄介なモノで親が築き上げたものまで引き継いで生きなきゃいけないっていうしがらみがあると。
それこそ貧乏とか裕福だとか、親が会社の偉い人とか医者の院長とか学校の先生とか政治家でもいいや、人さまから見られてるような立場だったりした場合、それすらも引き継いでいかなきゃいけないと。
ドラマでよくあるじゃないですか。息子の出来が悪くて困ってるとかいう親がいて、その息子がそれに対して不快感だとか反発心を抱くみたいな。
あれにも通じる作品だったと思うんですよね。
ただ本作の場合は国がダメ!と言っている戸籍交換は本当に罪なことなのか、それがもし合法だったら登場人物のように苦しんで生きてる人がどれだけ救われるかっていう物語だったと僕は感じます。
ただこうした問題を扱うのであれば、仮にその法律を変えることができたとして弊害や悪いケースがどれだけ増えるのかという部分も描く必要があるんじゃないかなぁと。
それこそ法を扱う人が最後にやった行動に誰かが言及することでうまく扱える気がしたんですけど、いきなり端折ってそれで物語を閉じるっていう中々駆け足な終わり方をしてるので、正直う~んとはなりました。
もちろん原作がそういう設定だから譲れない点なのかもしれないんですけど、だったら冒頭の大祐と里枝の出会いから結婚、別れに至るまであんなに時間割かなくてもいいし、そのエピソードは終盤に持っていった方がスマートだったなぁと。
依頼された弁護士である城戸の視点でぐんぐん進行した方がミステリーとしてもドラマとしても構成として見やすいのかなぁと。
安藤サクラを主人公にしたほうが。
また本作が提示したいメッセージはそうした社会問題の是非よりも、愛した人との過ごした時間は紛れもない事実で、決して誰かに上書きされるようなものではない、っていう「愛」の在り方を訴えたい話だったと思うんですよ。
問題だけを見れば彼女は被害者に値する立場ですけど、決して裏切られたとか被害に遭ったという気持ちはさらさらなくて、人探しの結果を知ることでより「彼と過ごした時間はプライスレス」だったことに気付くと。
それはそれで素晴らしいことなんだけど、なぜかこの映画は彼女にあまりスポットライトを当てようとしない。
要は伝えたいことの割に、主人公が在日3世の弁護士にしちゃってるもんだから、色々とブレブレな映画になってない?って思っちゃったんですよね。
これ安藤サクラを主人公にして描いた方がもっとハートフルな映画になったのに、その上でそんな問題があるって受け止められるはずなのになぁと。
あとはまぁ、最初の夫の事についてあまり存在がないことですかね。
長男がだいぶXになついてるのはわかるけど、あなたの本当のお父さんは里枝がもめた旦那ですよと。
そこを無視して「お父さんは自分探されたかったことを僕にしてくれたのかな」ってのも無理があるよなぁ。
最初のお父さんはあんなお父さんだったけど、谷口さんの方がよっぽどお父さんだったとかって言ってもよかったのでは。これ言うことでいかにXが良い人生だったかが強まると思うんですけどね。
またミステリーとしてもぶっちゃけ弱いんですよね。
戸籍の交換をあっせんした罪で刑務所にいる小見浦を見つけ出すまでがあっさりですし、その小見浦が色々ぼんやりとしたことしか言わないし、絵葉書の内容が余計に謎めいてる感を出してるけど、その答えがスカッとしないからくりになってるし、さらには谷口大祐=Xの過去に着目し過ぎてるせいで、彼の出自が「なるほど!」とならないんですよね~。
結局弁護士たちで開いた死刑囚が描いた絵画展の中に、Xが描いた絵とそっくりなのがあってそこから一気にXの正体がわかるって流れだったんですけど、そんなの絵画を集めてる段階で気づくだろうと。
選考に城戸自身が関わってたかはわかりませんけどw
他にも本物の谷口大祐が、なぜ戸籍を交換したと思ったのかという点も彼の言い分をごっそり描かないというある種潔さの出た構成になってましたけど、色々な「生き辛さ」があることを彼の視点から描くべきだろうと。
そこにもミステリーとして味付けすれば面白くできたのになぁと。
蓋を開けてみれば二重の戸籍交換だったってからくりですけど、彼から事情を聞いたりすればこっちもドキドキするし、なんなら一度目の戸籍交換をした曾根崎をスルーしちゃうって意味わかんないし。
演じた仲野太賀、今回涙ぐんだだけでセリフ在りませんでしたよw
なんて贅沢な使い方だw
恐らくミステリーとして描こうなんてあんまり思ってなくて、当事者たちの過去を探っていくとかその人が送ってきた人生にフォーカスを当てることに重きを置いた話にしたいって思惑があったのかなと。
だからまぁ僕が指摘する部分はどうでもいいんですけど、きっとこれをミステリーとして楽しみたい人からしたら同じ思いするんじゃないかなと。
最後に
そういえばSEKAI NO OWARIのヒット曲に「habit」って歌がありますよね。
何でも分類したがるカテゴライズしたがる奴らに皮肉交じりの一発をかます良い歌なんですが、本作もそうした「型に嵌めてしまう」世間に対するメッセージでもあり、「型に嵌められた」人の苦しみを炙り出した作品だったんじゃないかと。
また最初と最後でシーンが繋がる物語になっていて、最初誰がバーで酒を飲んでいるのかわからないんですよね。
その正体が最後にわかる仕組みになっていて、この最初と最後の見せ方は旨いなぁと感じました。
またXがなぜ林業の会社で木を伐採する仕事をしているのかというのが、最後に登場する人物が語ることでちょっとしたメタファーになってるのも映画的だなぁと。
50年かけて大きく育った木を切るということで、Xは過去や親と決別するという。
それに押しつぶされて死んでしまうという哀しさ。
でも愛した人はちゃんと見ていたよっていう。
また一番最後に語るセリフを途中で切って終わらせるのもニクイやり方だなぁと。
まぁ大方何を言おうとしてるのかはわかりますけどね。
ブッキーも段々眉間にしわを寄せていくことで、表面的には笑顔を見せてるけど内心腹が立ってる姿って表情の演技が良かったですね。
正直ただ人探しをするだけの人物かとばかり思っていたので、ちゃんと彼の物語になるような芝居をしていたのは良かったと思います。
というわけで以上!あざっしたっ!!
満足度☆☆☆☆☆★★★★★5/10