モンキー的映画のススメ

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主に新作映画について個人の感想、意見を述べた文才のない男の自己満ブログ

映画「ゴジラ-1.0マイナスワン」感想ネタバレあり解説 ALWAYS永遠の0からマイナスへ

ゴジラ -1.0 マイナスワン

どうも、実は怪獣映画が苦手なモンキーです。

ウルトラマンに没頭してた身としては、どうしても「怪獣」をカッコイイとは思えなくて…。

見た目じゃねえんだ心意気なんだって話ではあるんですけど、それでも怪獣が街をめちゃくちゃにしたり人々を襲ったりする描写は最高ですよね。

 

そんな怪獣映画を代表するキャラクター「ゴジラ」が、再びスクリーンに帰ってくるのであります。

しかも「日本映画」として。

 

シン・ゴジラ」だの「怪獣惑星」だの従来とは毛色の違うパターンで公開され、ハリウッドでは「ゴジラVSコング」で大滑りしてしまったゴジラですが、今回のゴジラは一番最初の「ゴジラ」を彷彿とさせる「パニック」要素に、「戦争」が絡んだ王道パターンな気がします。

 

ただまぁ、監督が「映像はいいけど物語の描写はどうも…」とされてしまっている方のため、正直高い期待度は寄せておりません。

永遠の0」とか「海賊とよばれた男」とか「アルキメデスの大戦」とか、何かと戦争を絡めたくて仕方のないあの監督が、とうとうゴジラでそれを描くわけで、過去作のように「お涙頂戴」っぽい話にするのではなく、「-1.0」と銘打ってるわけですから、徹底的に「未曽有の危機」を描いてほしいと願っております。

 

早速鑑賞してまいりました!!

 

 

作品情報

2024年に70周年となる、日本が世界に誇る怪獣映画「ゴジラ」。その記念すべき第30作目にあたる作品を、「ALWAYS 三丁目の夕日」、「永遠の0」など、古き良き昭和時代の姿や、戦争の生々しさを、VFX技術を用いて描き続ける山崎貴監督の手によって映画化。

 

第二次世界大戦によって焼け野原と化した日本を舞台に、ゴジラの襲来により、戦争の惨禍を生き抜いた人々に、再び絶望と恐怖を与えるゴジラの圧倒的な力を容赦なく映し出すと共に、それでも生きて抗う術を模索する人々の姿を惜しみなく描く。

 

本作の監督・脚本・VFXを担当する山崎貴は、自身の作品に「ゴジラ」を登場させたり、西武園ゆうえんちのアトラクション「ゴジラ・ザ・ライド」の映像監督を務めるほどのゴジラファン。

そんな彼が得意のVFX技術を駆使して、人々を「0からマイナス」へと叩き落すゴジラを圧倒的画力で見せつける。

 

キャスト陣には、「ゴーストブック おばけずかん」や「ジュブナイル」など、監督作品と縁のある神木隆之介や、「シン・仮面ライダー」、「アルキメデスの大戦」など特撮大作モノや監督作品にも出演経験のある浜辺美波、「キングダム 運命の炎」や「東京リベンジャーズ」など話題作に引っ張りだこの山田裕貴、「BAD LANDS/バッドランズ」や「怪物」などの演技が記憶に新しい安藤サクラや、「ALWAYS」シリーズの吉岡秀隆などが名を連ねた。

 

核爆弾や戦争などを含めた破壊の象徴でありながら、近年ではその圧倒する力故「神」とも称され描かれることも増えたゴジラ。

なぜゴジラは戦争によって辛い思いをしながら生き抜いた人間たちに、更なる恐怖と絶望を与えるのか。

その答えは、生き抜くことでしか見いだせない。

 

 

 

 

あらすじ

 

戦後、焦土と化した日本。敷島浩一(神木隆之介)は戦争から生還するも家族を失い、荒廃した町で同じく両親を亡くした大石典子(浜辺美波)と出会う。

 

そんななか、謎の巨大生物が上陸。

ゴジラと名付けられたその生物は、戦争で傷ついた日本をさらに破壊し尽くそうとする。

残された名もなき人々に、生きて抗う術はあるのか。(MovieWalkerより抜粋)

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登場人物紹介

  • 敷島浩一 / 神木隆之介…戦争から生還するも、両親を失い、荒廃した日本で、典子と出会う。
  • 大石典子 / 浜辺美波…焼け野原の戦後日本を単身で強く生きる女性。戦争帰りの敷島と出会う。
  • 水島四郎 / 山田裕貴…戦後処理の特殊任務を請け負う船・「新生丸」に乗り込む見習い
  • 橘 宗作 / 青木崇高…戦時中、海軍航空隊の整備部にいた人物
  • 野田健治 / 吉岡秀隆…戦時中、海軍工廠で兵器の開発に携わっていた人物
  • 太田澄子 / 安藤サクラ…敷島の家の隣人。戦争で子どもを失くしている
  • 秋津淸治 / 佐々木蔵之介…戦後処理の特殊任務を請け負う船・「新生丸」の艇長

(以上HPより)

 

 

 

 

 

 

 

絶望の先に希望は見えるのか。

正直普段の生活でこれ以上苦しみたくない僕に、ゴジラは何をもたらすのか。

ここから観賞後の感想です!!

 

感想

再び訪れた災難を相手にぶつける「生きる覚悟」。

ゴジラの生体や誕生理由などには一切触れず、戦後を生きた者たちにのみフォーカスを当てたシンプルな映画。

ALWAYSであり永遠の0である本作は、監督の集大成といえる。

以下、ネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

 

特攻を逃げた男のけじめ

まずはざっくりあらすじといきましょう。

 

特攻隊を命じられた主人公敷島は、大戸島にある整備場で整備部の橘と共にゴジラに遭遇。

戦闘機に搭載された爆弾を放てば皆助かると分かっていたものの、特攻から逃げた身である敷島は、ゴジラの恐ろしさに慄き発射できずにいた。

 

そのため整備部の仲間は全員命を落とし、橘はその怒りを敷島に向けたのだった。

 

帰国後、家を訪ねると辺り一面焼け野原。

隣人の太田から「この恥知らず!」と生きてノコノコ帰ってきた敷島に向けて怒りをぶつける。

 

ある日、赤ん坊を抱きかかえながら逃げる女性を制止した敷島は、赤ん坊を強引に預けられたことをきっかけに、典子と、戦時中に託された赤ん坊アキコと共に暮らすことに。

このままでは栄養失調になってしまうかもしれない赤ん坊のため、敷島は2人の面倒を見ると共に、機雷除去の仕事に就く。

 

船長の秋津、その見習の水島、そして教授である野田と共に、米軍が仕掛けた機雷を手際よく除去していく敷島。

溜めたお金で家を改築し、典子もアキコとも楽しく暮らしていった。

 

ある仕事を頼まれた新生丸の一行は、駆逐された米軍の戦艦を発見。

あまりの被害ぶりと深海魚の死骸が多数浮いていた大戸島での一件と状況が一致したことから「これはゴジラの仕業ではないか」と敷島は推測。

 

その予感は的中。

海中から、おおきな背びれを覗かせたゴジラが、新生丸を襲おうと追いかけてきた。

始めこそ意気揚々と対決に挑もうとしていた船長だったが、あまりの大きさに打ちひしがれ逃げることを決意。

回収した機雷と機関銃で応戦する一同は、命からがら撤退に成功する。

 

意識を戻した敷島は、ゴジラが東京に向かっていることを知る。

情報統制を計っている政府の計らいによって、何も知らない国民たちに避難することを促そうと訴えるも、何もできないでいる敷島は、銀座で仕事を始めた典への心配をしはじめる。

 

やがてゴジラは日本に上陸、銀座へと向かっていた。

市街地にいる人たちは、ゴジラの暴走によって次々と命を落としていく。

実況敷いていたラジオ局の人間もまた、ゴジラの餌食に遭うのだった。

 

何とか典子を発見し、共に逃げる敷島だったが、ゴジラが吐き出した放射熱線による突風によって、典子と離れてしまう。

被害に遭った場所は放射能によって汚染されており、典子を探すことができなかった敷島は、彼女が亡くなってしまったことを受け止め、徐々に表情を曇らせていく。

 

後日、教授の野田を指揮としたゴジラ壊滅作戦、通称「わだつみ作戦」の計画が発表された。

戦後間もないことや対ソ連を刺激させたくないことから武装解除されている日本は、軍事行動ができないため、民間でこの作戦を遂行しなくてはならないという障害があり、野田らは元海軍の人間と共に、確保できた戦艦4隻を使って「フロンガスを使ってゴジラを海底1500mに沈める」作戦を立てる。

 

ゴジラの生態はおろか弱点さえわからない状況で立てられた作戦に、絶対的な効果が保証されてない状況の中、敷島は「ゴジラにとどめを刺す」ため、そして「自らの戦争」を終わられるために、終戦間際まで開発されていた幻の戦闘機「震電」に搭乗し、元特攻隊員としてのけじめをつけようとしていた。

 

そのためには、かつて大戸島の一件によって、多くの仲間を失い、敷島への怒りを持っている橘の腕が必要不可欠だった。

何とかして連絡を取ることに成功した敷島は、橘らの協力によって無事震電を完成。

再び現れたゴジラとの戦いに挑む。

 

果たして敷島は、そして野田らを始めとする民間の者たちは、果てしなく成功率の低い作戦で勝利を導くことができるのか。

 

・・・というのがざっくりしたあらすじです。

 

 

山崎貴らしいゴジラ

命を軽んじられた戦争の中、特攻隊員として命じられながらもその命を惜しみ、逃げ出した主人公。

その躊躇によって仲間や親を失ったことから「自らの戦争」に決着をつけられないでいた主人公が、ゴジラという戦争以上の災難を目の当たりにし再び怖気づくも、かけがえのない人を失ったことで再び「戦い」に、「自らの戦争」に身を投じていく姿をドラマチックに描いた本作。

 

山崎監督はどこか「昭和時代」しかり「戦地で戦った人を」美化するかのような思想を過去作で描いているせいか、終盤で「特攻する」ことを決意する描写が出た時点で、「あ~あ」と気持ちがトーンダウンしてしまった部分はあったのですが、その決意はあくまで「てめえでやってしまった落とし前はてめえでつける」ということに執着して決断した答えに留めたので、ある意味ギリギリセーフだったなっぁというのが本作の中での感想の一つ。

 

実際中身も、赤の他人の面倒を見ることになる茶川龍之介を意識したかのような敷島の優しさだったり、お前のせいで家族を失ったんだよバカ野郎と罵っておきながら世話好きとして変貌する隣人の太田、野田や船長秋津、見習の水島らと共に、屈託のない笑顔を浮かべる彼らを見ていると、「あの頃は大変だったけどみんなで力合わせて街の復興も人間の復興もしてたもんだ」というALWAYSさながらの風景が本作にはありました。

 

それと同時に、特攻隊員を扱った設定に関しても「永遠の0」を彷彿とさせる内容だったり、荒波に飲まれようとしながらもダイナミックな航海を見せる「ゆきかぜ」や巡視艦の登場、果ては秘密裏に開発されていた最終兵器の戦闘機を、本当の最終兵器として登場させるあたりも、山崎監督の趣味が満載だった作品だったと言えるでしょう。

 

 

正直「こんなゴジラで良いのか」という部分は多々あります。

本作は「復興間もない日本に、絶望を与えることで、0からマイナスへ」という内容の下製作された作品。

戦後から徐々に復興していく姿は、確かに辛かった戦争を引きずって入るものの、それでも前へ進もうとする民衆たちの姿はあったけれども、直接的な映像表現て描かれてないんですよね。

 

具体的に言うと、あくまで復興の光景を見せたのは敷島が見る周囲数m程度なんですよ。

最初こそ焼け野原だった自宅で、寒さをしのぎながら暖を取ったり飯を喰らう姿が映し出され、後に屋台が連なるまでになり、そして危険な仕事で貯めたお金で家を新しくした。

皆を招いてすき焼きまで食べられるようになった。

 

それは良いんです。

でも、そこまで元の暮らしになった彼らを再びどん底へ叩き落す「絶望」を見せるには、やっぱり町の人たちがどうだったかを見せることが必要だったのではないかと思うんです。

 

劇中、突如銀座に現れたゴジラは、次々と街を踏みつぶしたり大きく尻尾を振って、日生劇場や時計台を始めとした建造物を破壊してきます。

電車を投げ飛ばしたり嚙み千切ったりする描写は、VFX技術によって精巧に表現されたゴジラの怖い顔も相まってなかなかのものでした。

実際典子は電車に乗っており、ミッションインポッシブルデッドレコニングのイーサンの如く車両ごとゴジラに宙づりにされるというドキドキのシーンもありました。

 

そう、何が言いたいかというと、壊したモノがどうやって復興しながら建設されていったのかを、街の人たちと共に見せた方が、より絶望を突きつけることができたのではと思ったのです。

 

子供の頃無我夢中になって公園で作った砂のお城、プラモデル、レゴで作った街。

仕事でも時間を費やして進めた企画。

そんなものを他者の物理的な力だったり、圧力によっていとも簡単に壊されたり、なかったことにさせられた時の絶望感たらありゃしないじゃないですか。

 

それって自分がやってきたから、または自分の目で過程を見てきたから受ける感情じゃないですか。

自分でやってもない、作ってもないモノが壊されたとしても何も「絶望」しないんですよ。

本作にはそれがない。

気がついたら銀座が復興してるんです。

そんなものをゴジラに壊されても全然「絶望」に思えません。

 

確かに敷島の視点なり生活を見ていればそう思えなくもありませんが、その姿を通じて周辺の復興過程をALWAYSっぽく見せていたら、こちら側の受け取り方も変わると思うんです。

そこで「何のために東京にやってきたのか」さえわからない巨大生物に、どういう理由でかもわからないまま破壊していくゴジラを見せるからこそ、本当の「絶望」を与えることができると思うんです。

そこをやってないのが非常に勿体なく感じました。

 

ゴジラは圧巻

細かい部分でも文句はあるのですが、一番大きな不満はそこにありました。

 

とはいうものの、本作のゴジラはハリウッド版と見ても全く見劣りしないずんぐりむっくり感、重量感のあるゴジラでしたね。

ノシノシと歩く姿、市街地を歩いても地面が隆起するほどの重さ、尻尾を振れば周囲の建造物はズタボロになっていく。

そんな描写を惜しむことなく描いていたゴジラだったと思います。

 

正直冒頭でまだ未成長の段階のゴジラを見せるとは思いませんでしたね。

しかも真下から見下ろしてくるアングルまであるなんて大サービスだったんじゃないでしょうか。

さすがにあの大きさで暴れまわられると「ジュラシックワールド」っぽく見えてしまうわけですが、ゴジラシリーズの中でもああいうシーンて早々なかったのでは。

 

 

また本作でのゴジラは海中での戦いが多かったのも見ごたえあるシーンの一つ。

新生丸との追いかけっこは迫力満点でしたね。

なんせ船のすぐ後ろでデカい口開けてこっち向かってくるゴジラが、半分顔を覗かせて泳いでくるわけですからw

一瞬可愛くも見えるんだけど、やっぱり怖いってあれw

 

その後も立ち上がってからの、背びれを段階的に青く光らせて放つ放射熱線の迫力も素晴らしい。

あの昭和時代の中でちょっとテクノロジーを感じさせるんですよね、あの段階的な光らせ方が。

多分監督の要望だとは思いますが、あれはかっこいいです。

 

機雷を口の中に放り込んで機関銃で爆破させたときの、口元の痛々しさも生々しい。

めちゃくちゃジュクジュクしてましたよね~w

あれも妙にリアルでしたし、戦闘機で口の中に突っ込んで爆破させた時の損傷具合もまた痛々しい描写でしたね。

個人的には歩行状態や放射熱線時のゴジラよりも、泳いでるときや被弾した時のゴジラの方が魅力的でしたね。

 

 

最後に

あくまで本作は第二次世界大戦時にあった「失うための戦い」ではなく、それを経験したうえで「生きていくための戦い」をしようという、今後どういう道を進んでいくかわからない世界の中で、我々が心がけなくてはならない意志を伝える作品だったと解釈しています。

そう、未知の災難はいつ何時訪れるかわからないし、かけがえのない人がいつ何時目の前から消えてしまうかもわからない。

だからこそ、生きるための覚悟と決断が必要だと。

 

非常にオーソドックスな物語で普通に楽しいことに変わりないんですけど、やはりドラマパートはどうにかならんかったかとは思ってます。

そんな台詞ふつう言うか?とかけっこうありましたよ。

例えばボロボロの軍艦を前にして一同に驚く新生丸の人たちだったけど、急に野田が「実は今回こういう仕事頼まれてました」みたいなセリフを言うんです。

コイツ事実を隠してみんなをこんな危険な場所へ連れてきたのか?アホか、とw

 

あとはもう敷島ですよ。

典子とずっとあんなところで他人として暮らすの変だろ。

気持ちは察するとして、一回は寝るだろ。生きることへの執着として性欲は生まれるだろ。

よく我慢できたな、何年も。

そういう人間の生々しさは一切なかったですよね、これ戦争映画ですよ一応。

 

こういうのはいくつもあるんですがこの辺にしておきますw

 

あとはラストですけど、病室にいた典子の首筋、なんか模様が浮かんでませんでしたか?あれただの髪の毛ですかね?

ゴジラの放射能を受けた印とも読み取れるかなぁと。

で、あのラストカットでしょ?ゴジラ死んでないっていう。

どういうことなんでしょうね。

続編はあるの…か?

というわけで以上!あざっしたっ!!

満足度☆☆☆☆☆★★★★★5/10